2 お久しぶりです、橙花ちゃん
劉生君たちは顔を上げて、声の方を見ました。
劉生君と同じ背丈、顔立ちも幼く、子供らしい姿をしていますが、実際は中学校二年生、劉生君たちよりもずっと年上です。
ゲームでしか見たことがない真っ白なローブを身にまとい、格式ありそうな木の杖を手に持っています。
目の色は青く輝いており、同じように、右側にだけ生える角も、爛々と輝いています。
角はたくさん枝割れしていて立派な角ですが、一本だけしか生えていませんので、どこかバランスが悪く、見ているだけでどうにも言えない違和感を抱いてしまいます。
彼女、蒼井橙花ちゃんは、劉生君を睨みました。
散々戦いに明け暮れていたためか、劉生君が着ていた服は泥や血がにじみ、黒く薄汚れていました。
頭には二本の赤い角がはえていて、目の色も、角度によっては、赤く輝いています。
その姿は、まるで、
「……魔物みたいだね、劉生君」
実際、橙花ちゃんにとって、劉生君は橙花ちゃんの幸せで平穏な空間を脅かす、魔物なのかもしれません。
杖を握る橙花ちゃんに、リンちゃんが食ってかかりました。
「リューリューを魔物だなんだって言える立場なの? あたしの靴に変な細工しておいて!」
続けて吉人君も加勢します。
「それに、魔物を作って、子供たちを誘拐していましたよね? その件については、どうお説明を?」
そういえば、子供たちも時計塔の中にいるはずです。咲音ちゃんはキョロキョロ探してみます。
「子供たちはどちらにいらっしゃるんですか? また他のお部屋がある、とかですか?」
「ううん、違うよ」
橙花ちゃんは上を見ます。
「ほら、あそこ。見てみて」
つられて上を見て、劉生君たちは息をのみました。
いつの間にか、競技場の観客席が劉生君たちをぐるりと囲んでいました。席には、子どもたちがずらりと並んでいます。
友之助君やみおちゃん、李火君や幸路君もいます。みな、一様に無表情で、ぼうっと劉生君たちを見下ろしていました。
その異常な光景に、みつる君と咲音ちゃんはおびえてしまいます。リンちゃん吉人君の気性が荒いタイプの二人は、目を吊り上げ、きっと橙花ちゃんを睨みます。
「あんた、あの子たちになにをしたのよ」
リンちゃんが噛みつくようにいい、吉人君も腕組みをして言葉を付け足します。
「あの子たちは、もはや正気とは思えませんね。時計塔の力を使って、あの子たちの心を操っておられるのですか」
二人ともかなり殺気だっているというのに、橙花ちゃんはいつも通り、優しい声色で答えてくれました。
「何もしていないよ。みんなが劉生君たちの戦いをみたいって言うから、見せてあげているだけ」
「あんた、そんな言い訳が通じるとでも思っているの!?」
「うーん、言い訳ではないけど……。それに、ボクはあの子たちを誘拐はしていないよ。あの子たちがボクに付いていきたいって願ってくれたんだよ」
吉人君はふん、と鼻を鳴らします。
「そんな訳ありませんよ。友之助君たちが、本当にあなたに付いていくことを望んでいるわけがありません」
ここで、ようやく橙花ちゃんの表情が暗くなりました。
「……そうだね。友之助君たちは嫌がっていたよ」
けどね、といって、橙花ちゃんは優しく微笑みます。
「ほかの子たちは、結構喜んでくれたんだ。元の世界に戻っても、楽しいことはない。ミラクルランドでずっと一緒に遊ぼう、ってね。そしたら、友之助君たち以外のみんなはボクの元にきてくれたんだ」
友之助君たちは、フィッシュアイランドで劉生君が必死になって訴えたおかげで、ミラクルランドへの思いは断ち切り、元の世界に帰ろうと決意してくれました。
しかし、他の子供たちは説得しきれていません。そもそも、フィッシュランドをはじめ、他の国でも、他の子供たちとはあまり言葉を交わせていません。友達の死を迫られた劉生君は、そこまで気を回すことができなかったのです。
子供たちは、友之助君たちとは違い、魔力は強くありません。けれど、ミラクルランドに残りたい、元の世界に戻りたくない、そんな願いを抱いていました。
だからこそ、抵抗もなく、むしろ進んで橙花ちゃんに着いていったのです。
「……けどさ、蒼っち」
みつる君はちらりと観客席にいる子供たちを見ます。
「あの子たちは、どうしてあんな抜け殻みたいになってるの」
「疲れているだけだよ。長旅だったからね」
「……それだけとは思えないよ」
ここで、吉人君が鋭い口調で切り付けてきます。
「蒼さん。子供たちを塔の中に招いたことはありますか?」
「あまりないかな」
「では、こういう仮説はいかがでしょうか。レプチレス・コーポレーションで聞きましたが、この時計は人の思いを取り込む力がありますよね? でしたら、子供たちは時計に思いを吸い取られすぎてしまったせいで、あんな無気力になってしまったのでは?」
吉人君の推理は、もっともな気がします。少なくとも、橙花ちゃんがいうような「疲れているだけ」よりは説得力があります。
けれど、橙花ちゃんは薄く笑います。
「そうかもしれない。それでも、時計塔の外には連れていけない。魔王たちがうろうろしているからね。大丈夫。君たちを倒して、魔王も倒したら、すぐに外に出すから」
戦う前から、劉生君たちを倒す気満々です。
もちろん、素直に倒されてあげるような子たちではありません。みんなは一斉に武器を構え、橙花ちゃんを睨みます。
敵意満々な五人を見て、橙花ちゃんは、寂しそうに微笑みます。
「……本当なら、戦いたくなかったけど、仕方ない。みんなの楽園を守るために、君たちには犠牲になってもらうよ」
劉生君、新聞紙の剣を握り、叫びました。
「望むところだ!」
望んでは駄目だろうと、聖菜ちゃんとみつる君は思いましたが、突っ込む余裕はありませんでした。
なぜなら、橙花ちゃんが攻撃を仕掛けてきたからです。
橙花ちゃんは杖の先に青い光をためると、劉生君たちに放ちました。
「う、うわあ!」
突然の攻撃に、みつる君は悲鳴を上げ、咲音ちゃんは固まります。
二人を守ろうと、リンちゃんが立ちはだかります。
「急に技を出すなんて、卑怯もの!こんな技、あたしの電気でぶっ飛ばしてあげるわ!<リンちゃんの>……!」
軽く足蹴りでもすれば、橙花ちゃんの技も帳消しにできると、リンちゃんは考えていたのです。
しかし、劉生君は違いました。
技を目にしただけで、肌で魔法を感じ取っただけで、劉生君の脳裏にサイレンが鳴り響いたのです。
本能の赴くまま、劉生君は叫びました。
「リンちゃん、危ない!!」
リンちゃんをぎゅっと抱き締め、『ドラゴンソード』で橙花ちゃんの技を切りつけました。
技は真っ二つになると、みつる君、咲音ちゃんの両脇に着地しました。
地面に技が触れた途端。
耳をつんざくような爆音と共に、技の片割れ二つが破裂したのです。
「うわっ!」「きゃあ!」
半分になったというのに、凄まじい爆発です。その場から逃げないと、怪我どころではありません。
ですから、劉生君はリンちゃんを抱き締めたまま、『ドラゴンソード』を地面に突き刺します。
「<ファイアーウォール>!」
前までの<ファイアーウォール>でしたら、爆発に耐えられず、壊れてしまったことでしょう。
しかし、今の劉生君は、魔神の力を、未来の劉生君の力を得ています。
劉生君の<ファイアーウォール>は、見事、橙花ちゃんの技を耐え抜きました。
劉生君は、ふう、と安堵のため息をつきます。
「よかった……。ギリギリだったかも?リンちゃん、大丈夫?
「……」
「……? リンちゃん、どうしたの? 顔、真っ赤だけど」
「な、なんでもない、なんでもないわよ」
リンちゃんはふるふると首を横に振ります。頬が紅潮しています。
頬をパンパンと張り、胸の奥から沸き上がる妙な気持ちを抑えてから、リンちゃんは橙花ちゃんを睨みます。
「なんなのよ、あの技は。あんなのが出来るなら、魔王討伐のときに出しておきなさいよ!」
「ああ。この技はね、時計塔の中でしか使えないから、魔王たちを倒すときは使えなかったんだ。どうして時計塔の中だけ使えるのかは分からないけどね」
橙花ちゃんの説明は、推測でしかありません。しかし、彼女の言葉を聞いた劉生君は、唐突に、ある考えが頭に飛び込んできました。
劉生君は操られたかのように、口を開きました。