1 ぴょこんと飛び出た角ったら角
穴の中は、障害物も、砂粒一つもない、ただただ真っ白な空間でした。
この空間に、劉生君は覚えがありました。いえ、リンちゃんや吉人君、みつる君や咲音ちゃんにも覚えがありました。
エレベーターからミラクルランドに行くとき、ほんの一瞬、一回の瞬き程度ですが、まず真っ白な世界を経由するのです。
そう、まるで古いゲームの場面転換時、ローディングを行うかのように。
その世界と、同じ空気を感じます。
違うとしたら、ミラクルランドに行くときよりも、ここにいる時間が長いことでしょうか。
しかし、それでも、時間としたら、わずかですみました。
何か見えない膜のようなものを突き破ると、真っ白だった世界から、絵の具の青をめちゃくちゃに塗りたくったような、歪な空間にたどり着きました。
青い気味が悪い空間に浮かぶのは、大量の時計です。
アラビア数字の時計、漢字の時計、水のように溶ける時計などなど、現実ではありえない時計が、ふわふわと雲のように漂っています。
劉生君以外の子供たちは「なんだここは」と言わんばかりに、辺りを見渡します。けれど、すぐにそんなこと気にならなくなりました。
中に入った衝撃か、それとも時計塔の魔力のせいか、劉生君はドラゴンの変化がとけてしまったのです。
「わ、わあ!?」
落ちる……!
そう思って、おびえる劉生君たちでしたが、劉生君含め、背中に乗っていた子たちは、そのまま落ちてしまいはしませんでした。まるでパラシュートでもついているかのように、優しく落ちていったのです。
「よ、よかったあ」
ほっと一安心してから、劉生君はペタペタと身体を触ります。怪我はありませんが、普通の姿になってしまい、ちょっと残念そうです。
「解けちゃったよ。橙花ちゃんにも見せたかったのに……」
不満そうに唇を尖らせて、みんなの方を見ます。
すると、どうしたのでしょうか。リンちゃんたちはぽかんと口を開け、劉生君を、正確にいうと劉生君の頭を凝視していました。
「……?」
後ろを見てみました。
時計塔にあいた穴は、徐々にふさがっていっています。王の技といえども、ずっと開いてくれるようではありません。
とはいえ、橙花ちゃんを説得するまで、戻る気はありません。
「ふさがっちゃったけど、これもこれ! えーと、こういうのなんて言うんだっけ。灯台下暗し? じゃないな。はい、はい、排水溝? 排水溝の陣? なんだっけなあ。まあ、そんな感じだからね!」
いまいち締まりは悪いですが、劉生君自身は、かっこいい言葉を言えたなあと自己満足に浸っていました。
けれど、みんなは何の反応もしてくれません。
「……??」
どうやら違うようです。
なら、一体どうしたのでしょうか。
劉生君はおそるおそる尋ねてみました。
「えっと、みんな、何を見ているの?」
教えてくれたのは、みつる君でした。
「あのね、赤野っち。……慌てないで、冷静になって聞いてくれる?」
「うん」
「……角が生えているの」
「角? どこに?」
「……赤野っちの、頭に」
「僕の頭に? そんなわけないじゃん! 角なんて、生えているわけが……」
咲音ちゃんにそっと手鏡を見せてもらいました。
「あれ!? 生えている!!! 生えているよ!!!???」
生えていました。しっかり生えていました。二本も生えていました。
頭の上には、牛の角が生えていました。魔神に生えていたものと同じ角ですが、魔神の角と比べると小さく、よく見ないと見逃してしまいそうです。
橙花ちゃんの鹿の角と同じく、角は実体がなく半透明なものですので、劉生君がいくら触ろうとしても、取ろうとしても、すっ、と手をすりぬけてしまいます。
「うー、なんだろう、これ。魔神さんに力を貸してもらったときに、角もついちゃったのかな……。それなら、もう少し大きい角が良かったなあ」
劉生君は大きくため息をつきました。
それもいいじゃん、かっこいいよ、とリンちゃんたちが慰めようとしましたが、彼女たちが言葉を発する前に、誰かの声がしました。
「ここまで来るとは思わなかったよ。さすがだね、劉生君」
久々に聞く声です。