10 劉生君に乗って? いざ、橙花ちゃんのもとへ!
「よかったよかった! これで倒したね、みんなってふぇえ!?」
王たちが劉生君を囲み、殺気を込めて睨んでいるのです。
「ちょ、ちょ、ちょ! 落ち着いて落ち着いてみんな! 僕だよ僕、 劉生だよ! 赤野劉生!!」
リンちゃんも思わず加勢します。
「そうそう! こんな怖い姿しているけど、普通にリューリューよ! あたしが証明する!」
「リンちゃん……! ありがとう……!」
けれど、みんなは戦闘態勢のままです。リオンはガルルと呻り、前足を軽く蹴ります。
『赤野劉生? いいや、違うな。お前は諸刃ノ君だろ。あいつの力を感じる』
「諸刃……。ああ、魔神さんの名前だっけ。違う違う! そりゃあ、魔神さんから力をもらったけど、僕は劉生だよ! 正真正銘!」
がんばって訴えても、信じてはくれません。
ギョエイさんは戸惑うように劉生君を見上げていますので、もしかしたら少しは信じてくれているのかもしれませんが、リオンはあんな感じですし、レプチレス社長もギョエイさんのかげに隠れつつ、警戒するように劉生君を見ています。
トトリもトトリで、少しでも不審な動きをすれば魔法を出せるよう、準備しているようです。
そして、ザクロは……。
『やっと会えましたね、赤ノ君!!!』
歓喜の声をあげて、劉生君の足元にしがみつき、頬ずりしてきました。
『ああ、素晴らしい。素晴らしい!! みなぎる殺気はまるで風のよう! 凝縮された魔力はまるで林のよう! 悍ましい火を放ち、山の様に巨体! ああ、これぞまさに風林火山!』
みつる君は思わず苦笑します。
「風林火山って、こっちの世界にもあるんだね……」
吉人君が、さらりと情報を付け足します。
「僕らの世界の風林火山とは違いますけどね」
こちらの世界の風林火山は、「風の様に早く動いて、林の様に静かに構え、火の様に激しく動き、山の様にどっしり構える」、という意味ですので、殺気だの、火を放つだのは関係ありません。
ちなみに、レプチレス社長が『あんなことわざ、ワタシは知らないぞ』と言っていましたので、ザクロがノリと勢いで言った、適当な言葉だったのでしょう。
社長の冷たい視線を意に介さず、ザクロは賛美の眼差しで劉生君を見上げます。
『是非、是非、ワタシと一戦まじえてください!!お願いします!!』
「そんなこと言われても……。僕、橙花ちゃんのところにいかなちゃいけないし」
『そこをなんとか!』
戸惑う劉生君をみかねて、ギョエイさんがザクロを引き剥がしてくれました。
『まあまあ、落ち着いて。まずは彼の話を聞こう』
『嫌だ、戦う!』
『まあまあ、まあまあ』
子供のようにジタバタするザクロを宥めつつ、ギョエイは複雑そうにドラゴンと化した劉生君を眺めます。
『確かに魔力は諸刃ノ君だけど、意識はちゃんと赤野劉生君みたいだね。どうしてそんな姿になったのか、ボクらに教えてくれる?』
「うん!いいよ!あのね、」
たまに脱線しながらも、劉生君は穴から落ちたあとのことを説明します。
魔神に招待されて謎の黒い広間にやって来たこと。
魔神は実は未来の自分であること。
彼はリンちゃんたちを助けようとしており、同時に橙花ちゃんを倒そうとしていること。
劉生君にも橙花ちゃんを倒せと強いてきたが、断り、力も譲り受けたこと。
全て話し終えてから、劉生君は憮然とした態度でプリプリ怒ります。
「リンちゃんたちの名前は覚えていたのに、橙花ちゃんの名前は忘れてたんだよ!ひどいよね!本当に未来の僕なのかな?って思っちゃったよ!」
みんなに賛同を求めますが、リンちゃん含めみんなは黙りこんでしまいました。ドラゴンな劉生君はきょとんと不思議そうに首をかしげます。
「みんな、どうしちゃったの?」
「……あたしからするとね、リューリュー。その魔神、すごいリューリューっぽいわよ」
リンちゃんはうつむきます。ほんのりと、目が潤んでいます。
吉人君も腕組みをして、難しい顔をしています。
「実はレプチレス・コーポレーションで赤野君に勝った後、魔神と話をしたんです」
「ええっ!?そうなの!?初耳!!」
「言っていませんでしたからね」
吉人君、悪びれもなくあっさりと言います。
「その時の魔神は、なぜか優しかったんです。蒼さん相手にはあんなに残酷でしたから驚いていましたが、まさか、そういう理由があったとは……」
リンちゃんと吉人君は、劉生君の言葉を噛み締めます。
咲音ちゃんも、「魔神さん、そんな過去があったんですね……」とおいおい泣いています。
そんな中、みつる君がおそるおそる手をあげました。
「えーっと、ちょっといいかな。俺、魔神は魔王たちを束ねる人だと思っていたんだけど、未来の劉生君ってことはちが」
『はあ!?』
みつる君の言葉を遮って、リオンが怒鳴り声をあげました。
『あいつが???オレらのリーダー???誰だそんなこといった奴!!』
レプチレス社長も目をつり上げて、シューシュー舌を出し、尻尾をバタンバタンと振ります。
『ふうん。奴がワタシたちの上司ねえ。もしそれが本当なら、どうしてワタシたちがあいつを封印しなくてはならないんだろうねえ。どう思う?』
二人から圧をかけられ、みつる君はタジタジです。
「い、いや、俺は聞いただけだもん!えーっと、そうだ、蒼っちだよ!蒼っちなら聞いたんだよ!」
リオンは喉の奥からうなり声を出します。
『誰だ!そんなこと吹き込んだのは!お前かトトリ!』
トトリは面倒くさそうに翼を畳みます。
『赤ノ君がミラクルランドに乗り込んできたのは、蒼がワタシたちと疎遠になってからでしょ?その後、蒼とはろくに話できていないからね。意外とリオンじゃない?』
『オレが?言うわけないだろ!』
ギョエイが慌てて二人の間に入ります。
『二人とも、喧嘩はダメだよ。リオンさんもトトリさんも、蒼にそんな誤解をさせるようなことは言わないのは、二人ともわかっているでしょ?』
『なら、誰がやったんだ』
レプチレス社長は自然と候補から外れました。さっき怒っていましたし、違いそうです。
ならば、残るは一人だけ。
王たち、そして子供達までも、アンプヒビアンズの王、ザクロをみました。
ザクロはみんなの視線を一身に受け、照れるように頬をかきます。
『うむ!ワタシが教えたぞ!!赤ノ君はワタシたちよりも、さらに上だ、素晴らしい人だって!!』
『『お前かー!!!』』
リオンとレプチレス社長が叫び、トトリはだるそうに深くため息をつきます。
『思った通りだよ』
『あ、あはは……』
つまり、ザクロの言葉を信じてしまった橙花ちゃんを会して、(ザクロ以外の) 王たちにとって不愉快な情報が広まってしまったようです。
疑問点が解消されたものの、劉生君にとっては魔神と魔王の関係性やらなんやらの話は、あまり興味がありません。それよりも、橙花ちゃんを早く助けたい、そんな気持ちで、ダンダンと地団駄を踏みます。
「それより!早く橙花ちゃんのところにいこっ!」
普通の子供がじたばたしているだけなら、「あら、可愛いわね」「あたしの子供も、ああいう時代があったわ」とウフフ微笑み、暖かい目で眺めるだけで終わります。
しかし、いまの劉生君はドラゴン。存在自体が危険生物です。
劉生君が足踏みをするだけで地面が揺れ、子供や王たちが上下に揺れます。
「うわわわわ!!」「きゃあ!」
『暴れるな!』『迷惑!迷惑!!』
背中に乗るリンちゃんが劉生君を強く叩きます。
「リューリュー!危ないでしょ!!ストップ!!!」
「うっ、ごめんなさい……」
劉生君はシュンっと沈みます。可愛そうに思ったか、ギョエイが優しい声色でなだめます。
『まあまあ、そんなに落ち込まないで。赤野劉生君の言うとおり、早くすませないと、なにか仕掛けてくるかもしれないからね』
ギョエイはうなずき、時計塔を見上げます。
例の「理をねじ曲げる技」を出してくれようとしているのか、他の王に視線を送ります。ですが、残念ながら、そう簡単には、いってくれないようです。
突然、地面がぐらぐらと揺れました。
リオンがギロリと劉生君を睨みます。
『またお前か! 暴れるな!』
「へ!? いや、僕じゃないよ」
劉生君は嘘をついていないようです。その場から動いていません。リンちゃんも、「リューリューじゃないわよ」と首を横に振ります。
トトリは戸惑うように地面を見下ろします。
『なら、一体何が……っ、まさか!』
彼女が何か気づいた、その時です。地面が揺れ始めたのです。地震、なんてレベルではありません。地面が波打っています。荒波に出くわしてしまった小舟のように、子供たちはひっくり返ってしまいます。
「きゃあ!」
咲音ちゃんが吹き飛ばされそうになり、慌てて劉生君が空を飛んでキャッチします。
空なら安全かと考え、トトリは空に飛びます。他の王も空に逃げますが、飛んだら飛んだで、衝撃波に襲われ、劉生君以外の王は飛ぶのさえ難しい状態です。
ギョエイの背中にしがみつきながら、吉人君は叫びます。
「な、なんですかこれは!? 超常現象ですか!?」
『蒼だよ、蒼がボクらを邪魔しているんだ。ともかく、赤野劉生君に飛び移ってっ!』
ギョエイは吉人君をはじめとして、咲音ちゃんやみつる君も劉生君に乗せるように他の王に促します。
『ここにいては、何か事故が起こってしまいかねない。子供たちは時計塔の中に入れようっ! みんな、いくよっ!』
『分かったっ!』『了解っ!』
リオンとトトリが即座に対応し、時計塔を睨みます。
『やれやれ、ゆっくりしていられないね』『今度の敵はミラクルランド自身! すばらしいな!』
レプチレス社長は愚痴を呟きつつ、ザクロはワクワクしながら、時計塔に相対します。最初の掛け声は、ギョエイから発せられました。
『せーのっ、』
『『『『『セロカラウト!!』』』』』
日本語ではないような綴りの呪文を唱え、王たちは魔力を時計塔にぶつけました。
時計塔に接触する寸前、塔は青いシールドをはり、王たちの攻撃を防御しようとしますが、魔力の塊がシールドに触れた瞬間、薄い氷が割れるような音が響き、バラバラと崩れました。
そのまま時計塔にぶつかると、低い轟音と共に、時計塔に巨大な穴が空きました。穴の中は、真っ白な光で満ちていて、どうなっているか分かりません。
ギョエイは、叫びます。
『赤野劉生君、早く中にっ!』
「っ!」
迷っている暇はありません。
「みんな、捕まっててね!」
背中に乗るリンちゃん吉人君、みつる君に咲音ちゃんに呼びかけてから、尻尾と翼で位置を調整し、空を蹴って穴に突っ込みました。