7 魔神の目的
「俺はな、リンちゃんたちを助けに来たんだ」
「……助けに……」
「俺の世界のリンちゃんたちは、みんな死んでしまった」
淡々と、魔神は告げます。
「俺は、何もできなかった。ミラクルランドに残ると言ったみんなを、説得できなかった。そもそも、ミラクルランドに行けなかったんだ。いくら願っても、エレベーターは反応してくれなかった」
劉生君の頭によぎったのは、リンちゃんたちを助けようとミラクルランドに行こうとしたのに、エレベーターが連れてってくれなかった、あの時のことでした。
あの時の驚愕と、怒り、絶望は、忘れることができません。苦しい思い出に胸が痛み、唇を噛み締めます。
魔神はちらりと劉生君の様子を見て、話を続けます。
「お前のときは、俺の手助けもあって、ミラクルランドに来れるようになった」
「……あっ、鏡に映ったのって、魔神さんだったんだ」
自分のことでいっぱいいっぱいで、しっかりと鏡を見ていませんでしたが、今にして思えばミラクルランドに来る前、鏡に映っていた人影にどことなく似ていたような気がします。
「ああ、そうだ。だが、俺は誰の助けもなかった。何度繰り返しても、ミラクルランドに行けなかった。そのせいで、……みんな死んでしまった」
魔神はぎゅっと手を握ります。俯いていますが、涙をこらえているような、そんな雰囲気がしました。
けれど、それも勘違いかもしれません。顔をあげると、つくり物のような無表情でしたから。
「だが、俺はそれでもミラクルランドへ行こうとした。もしかしたら、ミラクルランドにいけば、リンちゃんたちを助け出せると思ったんだ」
魔神は肩をすくね、自嘲の笑みをこぼす。
「実際には、俺は過去に遡ってしまった。理由はわからないが、リンちゃんたちを救いたいという願いを、ミラクルランドなりに叶えたんだろう」
「……それじゃあ、過去を変えて、リンちゃんたちを助けようって思ったの?」
「ああ、そうだ。そのために、俺はお前をここに導いた」
「へ? そうなの」
「ああ。どうやら苦戦しているようだったからな。あの魔物の乱暴な攻撃を利用させてもらった。あのままやられてしまったら、目的を果たせない。特別に、お前に力を与えてやろう」
「ええ! いいの!? ありがとう!」
魔神に乗っ取られていた劉生君は、彼の力がどれほど強いのかは身に染みて理解しています。
あの力があるなら、あの魔物たちも一網打尽です。無邪気に喜ぶ劉生君に、魔神は「だが条件がある」と釘をさします。
「お前がしっかりと役目を果たせると誓うなら、力を与えてやる」
「役目って、リンちゃんを助けることでしょ? なら問題ないよ! やるやる!」
「それだけではない。お前の役目は二つ。リンちゃんや吉人君、みつる君や咲音ちゃんを助けること。そして、もう一つ」
魔神は怒りを目に宿し、こう言いました。
「蒼を、殺せ」
たった一言ですが、彼の言葉には、底知れぬ憎悪と剥げ激しい憎悪が込められていました。
「あいつさえいなければ、お前の友達みんな助けられる。いいか。あいつを殺せ。蒼を殺せ」
まだ十歳になっていない小さな子供だった魔神は、大切な友人を四人も失ってしまいました。
彼は自責の念に襲われます。
あのとき、リンちゃんを止められていたら。
あのとき、吉人君を説得できていたら。
あのとき、みつる君を分かってあげていたら。
あのとき、咲音ちゃんに寄り添えていたら。
それと同時に、魔神はある思いを抱きます。
なぜ、あの子は、片角のあの子は、みんなを死に導くような真似をしたのか。あの子なら、みんなをミラクルランドから返すこともできたのに。
どうして。
どうして。
どうして。
裏切られた、という思いは、いつしか、憎しみに代わっていました。
あの子さえいなければ、みんなは死ななかった。
あの子さえいなければ、みんなは幸せになれた。
あの子さえいなければ。
あの子さえいなければ。
魔神は、深く昏い、真っ赤な目で劉生君を睨みます。
「蒼を、殺せ」
彼の条件に、劉生君は、こう答えました。
「嫌だよ」
悩むそぶりもありません。
あっさりと、返事をしました。
あまりにも澄んだ答えに、魔神は呆然と立ち尽くします。劉生君の言葉の意味を理解した途端、彼は怒りのあまり顔をゆでだこの様に赤くしました。
「何を言っているっ! お前、あいつが何をしたのか忘れたのか!」
「んー、まあ、喧嘩はしちゃったし、まだ仲直りはできてないけど、それでも、友達だからなあ」
「……だったら、俺はお前に力を与えない。あの魔物たちはかなり強い。俺の力なしではは、確実に負ける。それでもいいのか」
呻るように言いますが、劉生君はこくりと頷きます。
「いいよ。だって、僕はみんなを元の世界に連れて帰りたいから、ミラクルランドに来たんだもん」
「……」
「なら、話は終わったてことで、早く上に戻してよ。あの魔物たちと戦わないといけないからね! それとも、もしかして上にいくつもり? だったら、僕が止めるよっ!」
劉生君は新聞紙の剣を構えます。ここからバトル開始ですと、もしかしたら上の戦いに間に合わないかもしれません。
するなら早く戦おうよ、と目で訴えます。
ところが、魔神は動きません。戦う体勢も整えず、頭を抱えます。