6 出会ったのは、真っ赤な真っ赤なあの人
コツ、コツ、コツ。
劉生君の足音だけが反響します。ランタンの光は弱く、劉生君の足元までは照らしますが、道の全ては照らすことができません。
劉生君は壁に手をついて、慎重に、一歩ずつ歩きます。
道の終わりは、思った以上に唐突でした。
ランタンの数が少なくなり、どうしたのだろうかと辺りをキョロキョロと見渡してみると、一気にパッとランタンに火が点りました。
どうやら、いつの間にか広間にいたようです。
特別な装飾はありません。さっきのトンネルのように、天井も床も壁も黒い石で出来ています。
見渡すばかり黒ですが、たった一ヶ所だけ、違う色があります。
ちょうど広間の真ん中に、赤黒い血が飛び散っていました。
「ひ、ひい!?」
劉生君は叫び、ずっこけました。
「ち、血!? ま、まさか……」
小さい頃に親に連れられて行った、お化け屋敷を思い出します。
かなり本格的なお化け屋敷で、驚かすギミックは勿論、後ろから追いかける、いつの間にか前にいるなどなど、凝ったつくりでした。
ひたすらに怖くて怖くて、劉生君はわーわーと泣き叫んでいました。
その思い出が久しぶりに蘇り、劉生君はガタガタと震えます。
「ゆ、幽霊の仕業かな……! それか悪魔、お、鬼とか!?」
「三択のどれか選べというなら、幽霊だろうな」
誰かの声がしました。
「ひ、ひい!」
赤黒い血のシミから、にゅっと人影が出てきました。
その人影は、頭の先からつま先まで全身が赤黒く、まるで血を被っているかのようでした。頭には牛のような角が生えており、顔の辺りには、赤い瞳が怪しく光っています。
劉生君は、その人影に見覚えがありました。
トリドリツリーで、トトリと戦っている最中、真っ黒な空間でゴミの分別を手伝ってくれた人影。
そして、ミラクルランドに来るとき、鏡に映っていた人影。
「……魔神、さん?」
またの名を、赤ノ君。破壊神と呼ぶ人もいます。
魔神は、馬鹿にするように鼻で笑います。
「まだ気づかないのか。本当にお前は馬鹿だな」
「なっ! 馬鹿!? ば、馬鹿って言ったら、自分が馬鹿なんだよ!」
「餓鬼か、お前は。……いや、そうだったな。その年の頃は、鈍感で、察しの悪い、能天気な『餓鬼』だったな。気づかなくても無理はないか」
せせら笑うと、魔神は淡く赤い光に包まれていきました。光が収まると、人影は真の姿を見せました。
着ている服は相変わらず赤黒く、まるで血が大量にしみ込んでいるかのようで、不気味でした。
しかし、さっきは掌まで真っ黒でしたが、今は、手や足などは肌色で、普通の人間のような姿をしています。
顔もそうです。
赤い角、赤い目は変わりませんが、それ以外は普通の人間と同じです。
口調からして男性であろうと劉生君たちは検討をつけていましたが、それは正しいようです。目元は意外に幼く、けれど子供でもない、中高生くらいの年齢でしょう。
彼は、冷たい目で劉生君を見下ろしました。
「これで、分かっただろ?」
「……っ、」
そうです。
彼の姿に、劉生君は見覚えがありました。細かい部分は違いますが、顔立ちや雰囲気を含め、ほとんど瓜二つなのです。
自分が毎朝、毎晩、時には昼間も見ている顔と。
「ま、まさか、お前は……!!」
劉生君は、叫びました。
「僕のお父さん!?」
「……は?」
「そうに違いない! だって、お父さんの若いころの写真とすごく似てるもん!!」
お父さんが「昔の俺はかっこよかったんだぞ?」といって、よくアルバムの写真を見せてきていました。
その写真に写っていた、若かりし頃のお父さんに、彼はそっくりなのです。
こうして眺めると、どことなくお父さんっぽい顔立ちや雰囲気があります。
「そっかあ、魔神の正体はお父さんだったんだ! そっかそっか。これぞ、灯台下暗しってのだね!!!」
「……」
魔神は頭を抱えます。
「……この頃って、こんなにバカだったか? もう少し賢かったような気がしたんだが」
「え? 違うの? ……なら、僕の生き別れの兄弟!?」
「アニメの見すぎだ」
「違うとしたら……。あとは……」
「もういい」
苛立ちを込めてため息をつき、魔神は劉生君を睨む。
「教えてやる。俺はな、未来のお前だ」
「……」
劉生君はあんぐりと口を開け、キョトンとした顔で魔神を見上げます。
「未来の僕?」
「ああ」
「魔神が?」
「その通り」
魔神が重々しく頷きますが、劉生君の受け止め方はまるで軽いもので、噴き出して爆笑しはじめます。
「なにそれ! ないない! だって、ありえないもん! あははは、魔神さんって面白いね!」
「………………」
怒りのあまり、魔神はわなわなと肩を震わせます。そんな魔神の様子なんて気にしない、気づかない劉生君は、ニヤニヤしながら魔神の肩を叩きます。
「そんなジョーク言わなくても大丈夫だよ! 魔神さんは僕の生き別れの兄弟の従弟の甥のおばさんの近所の人の」
「お前は見たはずだ」
魔神は劉生君の言葉を断ち切ります。目には冷たい光を帯びています。
「俺を倒したときに、見ただろ? たくさんのベッドに、子供たちが眠っている、あの異質な病室の光景を。リンちゃんや吉人君、みつる君や咲音ちゃんがベッドで寝ている姿を」
劉生君はハッとして息をのみました。
魔神を倒して、劉生君は気を失ってしまいました。その時に、劉生君はみんなが眠っている、あの地獄のような病室を目の当たりにしました。
あれを見せたのは、やはり魔神だったのです。
それ自体は分かっていたことですので驚きはありませんが、それよりも、劉生君はあることに耳を疑いました。
「魔神さん、どうしてリンちゃんたちのことを知ってるの?」
劉生君と橙花ちゃんは魔神と何度か戦いましたが、他の子たちは、魔神と戦っていません。ですので、リンちゃんたちの名前を知っているわけがないのです。
「だから、言っただろ」
魔神は冷たい目で劉生君を見下ろします。
「お前は、俺だ。大切な友達のことを忘れるわけがない」
彼の声色は、寂しく、迷子の子供の様に呟きます。
嘘を浮いているようには思えません。劉生君には、もう笑うこともできず、固まってしまいました。
「……で、でも、どうして、未来の僕が、魔神に……?」
かろうじて漏れた質問に、魔神は待ってましたと言わんばかりに口端をあげて喜びます。