4 ようやく!? 魔王のもとへ、レッツゴー!
結局、観覧車の中でも特に何も起こることなく、地上に戻ることが出来ました。
橙花ちゃんはため息をつきます。警戒していた気疲れと、劉生君に振り回された疲労から来るため息でした。一方の劉生君はご機嫌でゴンドラをおります。
リンちゃんと吉人君は先に待っていました。結構楽しかったようで、鼻唄まじりです。
「いやー、なんやかんや観覧車も楽しかった! ここの遊園地って絶叫系ばっかで正直疲れちゃったから、いい気分転換になった」
なんて話をしていると、案内役のトビビぴょんぴょん跳ねながら近づいてきました。
『やあやあ皆さま! 観覧車はどうでしたか?』
「そうですねえ。最初の押し込めが最悪でしたねえ」
吉人君の冷たい返しに、トビビはびっくりして後ろに宙がえりします。
『ええ!? そ、そんな……! ただでさえ遊園地に飽きてしまう子が増えているのに! 後学のために教えてください。ワタシの何がいけなかったんでしょうか!』
「人の心を読まなかったことですかね」
吉人君は冷酷にトビビを切り捨てました。トビビは泣いています。
『人間の心、難しい……!』
本気で悔んでいます。
リンちゃんがぽそりと呟きます。
「一生懸命なのは分かるけど、なんかこう、ちょっとあれよね。うっとおしいというか、なんというか……」
一方の劉生君は、トビビにちょっとした疑問を投げかけていました。
「ねえねえ、トビビさん。遊園地に飽きてる子たちって、例えばあそこに座ってる子たちのことだよね?」
劉生君は、観覧車近くで退屈そうにたむろっている子供を指さします。
トビビは項垂れるように頷きます。
『はい……。最初は楽しんでくれるんですけど、長くいればいるほど飽きてきてしまうみたいで……。どうにかしたいと思っているんですけど……』
リンちゃんは「ふーん」といって、ベンチの子たちを眺めます。
「飽きるねえ。あたしでも飽きるのかなあ。飽きるっていうより、ちょっと疲れてきそうだけど」
『疲れる? それなら、休憩所をもっと増やしてみましょう! そうすれば飽きてしまう子もいなくなりますね! 魔王様にもそう連絡しとかないと!』
「そういう問題?」
リンちゃんは首を傾げています。
すると、今まで黙っていた橙花ちゃんが口を開きました。
「それで、その魔王からの返事はきたの?」
『え? あっ! そうですそうですっ! 来てましたよ!』
「……もしかして、本当はもっと早く返事を受け取っていたけど、ボクらを案内するのに熱中してて伝え忘れてた、なんてことはないよね?」
『い、いえいえ、そ、そんなことは、そんなことはありませんってばよ!』
「語尾おかしくなってるよ」
橙花ちゃんの猜疑心溢れる視線に、トビビは縮こまります。
『と、ともかく伝言ですよね! 魔王様は、あなた方を是非とも自分の元にお連れしてまいれ、とのことです! ちょうど全てのアトラクションに乗り終わったところですし、今から案内いたしますね!』
トビビはあわあわしながら、ぴょんぴょん飛び跳ねつつ先に進みます。
トビビが案内した先は、遊園地の入り口付近でした。小さい魚や子供たちで賑わう中を通り抜け、彼らがたどり着いたのは噴水広場です。
『少々お待ちくださいね。門を開けさせていただきますっ!』
トビビは噴水の中に飛び込んでいきました。すると、噴水の水が引いていって、下り階段が現れました。劉生君は「わあっ!」と歓声を上げます。
「すごい! RPGみたい!」
一方、橙花ちゃんは渋い表情をします。
「……ここにあるなら、五時間も遊園地をめぐる必要はなかったんじゃないのかな」
階段の先で、『こっちですよ!』と、トビビの声が響きます。一同は橙花ちゃんを先頭に、階段を下りていきました。
チョウチンアンコウ型のライトは心許なく、足元の階段さえも見えません。水が元々たまっていたせいか、空気はじめじめとしています。
『足元滑りやすくなっておりますので、注意してくださいね!』
トビビの言う通り、手すりをつたって慎重に階段を下ります。
こっちは緊張しながら黙って階段を下りているというのに、トビビは空気を読まずにぺちゃくちゃお喋りをします。
『皆さんは魔王様にお会いしたことがありますか? 魔王様って素晴らしい方なんですよ! ワタシたちには厳しいですけど子供たちには優しいですし。遊園地の主としての誇りがどっぷりたっぷりわっさりしているんです!』
「……」
確かに遊園地は楽しかったですが、だからといって子どもたちの記憶を改ざんしてここに閉じ込めることはいいことではありません。ですので四人は黙りこんでいました。
魔王がプロフェッショナルで妥協を許さない素晴らしい方だなんだと、トビビの魔王自慢が永遠と響く中、ようやく階段のおわりがみえました。
少し進むと、突き当りに出てしまいました。劉生君は一瞬戸惑ってしまいますが、すぐに自分の思い違いであることに気が付きます。よくよく見てみると、右側に道がありました。
トビビは迷わず右に曲がりましたので、劉生君たちもそのままトビビについて角を曲がりました。
その途端、彼らの目の前に広がった光景に、思わず息をのみました。
「わあ、すごい、綺麗……」
呟くと、口からぶくぶくと泡が出てきました。遊園地の中のような地上ではありません。いつのまにか、遊園地外と同じように水の中にいました。彼らが歩く地面には海藻が波にゆられてゆらゆらと揺らぎ、側には桃色のサンゴがきらきらと輝いていました。
そして彼らの上空で彼らが見たものは、何万匹もの魚が優雅に泳ぐ姿でした。
星のように輝く何百もの魚の群れに、大きな尾びれをゆったりと揺らして泳ぐ魚たち、白黒のしまもようの魚はちょろちょろと大海原をかけています。後ろから追いかけているのは、色鮮やかな黄色の魚です。サンゴや石からひょっこり青い魚や淡い赤の魚が顔をのぞかせています。
吉人君は魚たちをまじまじと見つめます。
「熱帯魚から淡水魚まで、いろんな種類の魚が泳いでいますね」
「見てみてリューリュー! 大きいサメがいるよ!」
劉生君が真上を見ると、ちょうどサメが通りかかるところでした。ゆっくり動いたかと思えば、他の魚を追っかけまわしています。食べるわけではないようで、しばらく追い回すとまたのんびり泳ぎだします。
ついつい三人は足を止めて眺めていると、みんなが付いてこないことに気づいたのでしょう、トビビが跳ねながら戻ってきました。
『あらみなさん。ここの海が気に入ったんですか?』
劉生君は頷きます。
「うん。すごくきれい」
正直に答えましたが、トビビは納得がいなかいようです。不思議そうに首を傾げています。
『ワタシたちからすると普通の風景ですけどねえ。ここで泳いでいるのはお休み中の魚たちですよ。ここでのんびりした後、それぞれの仕事に戻るんです』
「へえ、休憩所なんだ」
『ええ。そうなんですけど、……これが綺麗だと思われるんですねえ。地上にもたくさんの魚がいたではありませんか。あっちも綺麗だって感じてくださったんですか?』
「あっちはおもしろいなあって思ったけど、こっちは綺麗だなあって思ったよ」
『それはまたどうしてです?』
「え? どうしてって……。うーん、地上にいたお魚さんたちはなんだか偽物っぽくて、こっちは本物っぽいからかな?」
『? どっちも本物ですよ?』
「そうなんだけど。うーん……」
地上で子供と遊んでいた魚たちは遊園地にいる着ぐるみのように感じましたが、ここにいる魚は活き活きとしていて、自由かつありのままに泳いでいます。それが本物の魚っぽく感じましたし、綺麗だなあと思ったのです。
そんな感情を抱きつつも、劉生君はうまく言葉に出来ずに困り果ててしまいます。困った挙句、近くにいた橙花ちゃんに助けを求めます。
しかし、ボスとの決戦を目の前にした橙花ちゃんはピリピリした様子であたりを警戒していました。助言してくれる雰囲気ではないですし、そもそもこんな会話をしている場合ではなかったな、と劉生君は気づきました。
「それよりも、魔王のところにいこっか。ごめんね、急に止まっちゃって」
『……別にいいですけど……』
トビビはなおも知りたそうにしていましたが、劉生君に再度促されたので諦めました。
『分かりました。魔王様はこちらで御待ちですよ』
しばらく歩くと、水槽トンネルの最終地点にたどり着きました。そこには小さな扉がついています。トビビが体当たりすると、扉が開きました。
『どうぞ、魔王様が御待ちです。中にお入りください』
「……」
橙花ちゃんは劉生君たちを振り返ります。
「奇襲をしてくるかもしれないから、気を付けて。いつでも反撃できる準備はしておいてね」
綺麗な光景にふわふわしていた劉生君たちも、ようやく現実に戻ってきました。彼らは頷き、それぞれ武器に手をかけます。
「……それじゃあ、入るよ」
橙花ちゃんは一歩、その部屋に足を踏み入れました。