7 夢と、思い出。どっちも大事だから
そう、あれは桜が散る季節。動いていれば暖かいですが、あの時のリンちゃんのように、川辺で一人いると、身体が凍えてしまうような日のことでした。
ある少年が、彼女に話しかけてきたのです。
隣に住んでいる男の子だとは分かりましたが、仲良くしたいわけでもありませんし、おしゃべりしたい気持ちもありません。
ですのでリンちゃんは、無視していました。
けれど、少年はずっと話しかけてきました。
挙句の果てには、自分は君のヒーローになるだのなんだのと、訳の分からない話を永遠と語り掛けてきたのです。
その底抜けの明るさに、リンちゃんは思わず噴き出してしまいました。
ついつい綻んだ笑みをみて、その子は満面の笑みになって、こう言いました。
「泣いているより、笑ってる方がいいよ! そっちの方が可愛いし!」
何も考えずに、無遠慮に言った彼の言葉に、リンちゃんは思わず赤面します。心がきゅっと握られたような、ポカポカするような、味わったことがない思いが胸にあふれてきます。
リンちゃんは訳の分からない気持ちに戸惑います。
そのせいでしょう、少年の問いかけに、リンちゃんは母親にも妹弟にも、先生にも打ち明けてこなかった悩み事を素直に答えていました。
短距離走が苦手だけど、父親の思いを引き継ぎたいから頑張っていると話すと、彼はきょとんとした表情でこう言いました。
「リンちゃんは、長く走る方が好きなんでしょ? だったら、そっちを頑張ればいいんじゃないのかな?」
「そうはいかないわよ。あたしの話聞いてたの?」
あきれるリンちゃんですが、彼はニコニコ笑顔でうんうんと頷きます。
「聞いてたけど、リンちゃんが嫌だと思うなら、辞めちゃっても大丈夫だよ! それでお父さんが嫌そうにしてきたら、僕が話してあげる! リンちゃんには、長距離の方がいいって説得してあげるよ! なんだって、僕はリンちゃんのヒーローなんだからね!」
説得なんて、ヒーローらしくはありあせん。
リンちゃんは呆れてしまいますが、同時に、笑顔も浮かんでいました。
不思議と、心が軽くなっています。そっくりそのままの気持ちをさらけ出すのも恥ずかしかったので、リンちゃんはそっぽを向いて呟きます。
「……まあ、あんたがそこまで言うなら、マラソン選手になってみても、いいかもしれない」
「頑張ってね! 僕、リンちゃんの給水係になるから!」
彼は、劉生君は、無邪気に笑いました。
〇〇〇
「……」
面前の劉生君と戦いながら、リンちゃんは思い出した記憶の一つ一つを噛み締めます。
リンちゃんは大切に大切に、この記憶を胸に秘めていました。
しかし、足が傷つき、歩けなくなったショックで、大切な思い出を、立ち直って、また走ってみようと思ったきっかけを、忘れてしまっていたのです。
攻撃の最中、劉生君の身体がよろめきました。足が滑ったか、それとも受けてきたダメージが今になって効いてきたのかもしれません。
確実に、隙が生まれました。
しかし、リンちゃんは隙をつくことはしませんでした。
腕を引き、リンちゃんは足を止めました。
「今だっ!」
劉生君はリンちゃんに切りかかってきました。
劉生君の攻撃を、
リンちゃんは、防ぐことなく、受け入れました。
勝敗は、ここに決しました。