6 誰の真似でもなく、自分の力で
劉生君は、ハッと目を覚ましました。
長い時間、記憶の中を旅していた気がしましたが、実時間はわずか数秒だったようです。
リンちゃんはバチバチと電気を出して、こちらを睨んでいますし、劉生君の体に新たな傷はできていません。
「……今のは、なんだったんだろう?」
劉生君の記憶だけではありません。リンちゃんが当時心に秘めていた感情や思いも、手に取るように感じました。
どうしてこの記憶が今、劉生君の頭に浮かんだのかは分かりません。
分かりませんが、忘れかけていた記憶を見せてくれたおかげで、劉生君はあることを思い出しました。
劉生君がヒーローになりたかった理由です。
てっきり、『勇気ヒーロードラゴンファイブ』 がきっかけだと、劉生君自身思い込んでいました。
しかし、実際は違いました。
一人で泣いている小さな女の子を慰めたい。その一心で、当時の劉生君はヒーローになりたいと思うようになったのです。
劉生君はじっとリンちゃんを、リンちゃんの顔を見ます。
いまのリンちゃんは、あのときのように涙をみせてはいません。むしろ笑みを見せています。
けれど、リンちゃんはもとの世界に暗闇しか見出だせず、ミラクルランドに留まってしまっています。
なら、劉生君はリンちゃんが明るくなれるように、戦わねばなりません。
『勇気ヒーロードラゴンファイブ』のファン、赤野劉生としてではなく、リンちゃんのヒーローとして、戦わねばなりません。
「……よし」
劉生君は、かけに出ることにしました。
新聞紙の剣を高く掲げ、魔力を剣に流し始めます。
火力を増す剣を見て、リンちゃんは次に来る技を推測します。
普通に考えると、彼の持つ一番強い技、<ファイアーバーニング>をしてくるでしょう。もしかしたら、さっき『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の技を使ってきたことを考えると、今回も新技を使って来るかもしれません。
リンちゃんは頭の中で素早く考えます。劉生君の『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の話を永遠と聞かされていましたので、彼の好きな技の一つや二つはすぐに検討がつきます。
劉生君が好きな技は、爆発系や火力ましまし系など、とにかく派手で大振りな技ばかりです。それなら、<リンちゃんの バリバリサンダーアタック>で一気に技と技の隙を潜り抜け、直接攻撃するのが無難でしょう。
両足に雷の力を蓄え、すぐに飛び出せるよう準備を整えます
劉生君は深く息を吸い、叫びます。
「いくよ、リンちゃんっ!」
劉生君は剣をぎゅっと握ると、
「えいっ!!!!」
なんと、思いっきり空に投げました。
「へ!?」
そんな技、『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』見たことありません。どんな技が来るのか検討もつかず、リンちゃんは思わず飛んだ剣を目で追ってしまいました。
しかし、その剣は劉生君が無意識に思いついた、単なる陽動でした。
リンちゃんが気をとられている間に、劉生君は足に力を込めて、思いきり地面を蹴り、走り出しました。
まるでロケットから炎が噴き出すかのように、劉生君は弾丸のように飛んでいきます。その速さは、<リンちゃんの バリバリサンダーアタック>と同列に並ぶほどの速さでした。
リンちゃんが劉生君の動きに気づいたときには、彼は目前まで迫っていました。
「なっ!」
身を引くリンちゃんでしたが、劉生君の素早い動きに対応できませんでした。
劉生君は掌を開きます。劉生雲の心の内を察したかのように、さっきまで宙を漂っていた『ドラゴンソード』が劉生君ンお手の内に戻ってきました。
「えいやっ!」
劉生君の剣は、真っすぐリンちゃんのロングブーツへと向かい、
靴ひもを、全て断ち切りました。
「そ、そんなっ」
「やったっ!」
リンちゃんの驚愕と、劉生君の歓喜が重なりました。
しかし、次の瞬間。
靴がまばゆい光をまといました。
「へ?」「なっ、」
劉生君も、リンちゃんですら驚く中で、靴はみるみるうちに魔力を高め、輝きをはなち、勢いよく爆発しました。
劉生君は吹き飛ばされ、コロシアムの壁まで飛ばされてしまいました。痛む足をさすり、劉生君は呆然とつぶやきます。
「……靴が爆発した……?」
驚いているのは劉生君だけではありません。リンちゃんもびっくりして、ロングブーツを見つめます。
「ば、爆発するなんて聞いてないわよ」
こんな細工をしたのは、橙花ちゃん以外の何者でもないでしょう。
紐すべてが切れたとき、切った相手(きっと、劉生君を想定していたのでしょう)に大ダメージを与えるため、トラップを用意していたのです。
「……蒼ちゃんめ。あたしに内緒でこんなことを……!」
リンちゃんは歯ぎしりします。
ありがたいとは、露とも思えません。リンちゃんはアンプヒビアンズのザクロほどではありませんが、正々堂々を良しとする、スポーツマンシップを持つ子です。
ロングブーツを履いて戦うことすら、リンちゃんにとっては嫌々でしたので、こんな不意打ちを仕掛けるなんて、例え橙花ちゃんでも許しがたい行いでした。
こんなことで劉生君に勝ったところで、リンちゃんは何も嬉しくはありません。
リンちゃんは橙花ちゃんへの苛立ちを目に宿しながら、劉生君を睨みます。
「劉生っ! さすがに倒れてないでしょうね!」
劉生君はよろよろと立ち上がります。結構なダメージが蓄積されて、ボロボロではありますが、それでも気力で踏ん張っています。
「まだまだいけるっ! 戦えるよっ!」
「でしょうね! そうだと思った」
リンちゃんは役目を失ったロングブーツを脱ぎ捨てます。先ほど劉生君に切り付けられたせいか、脛に切り傷が付いてしまっています。
「……」
傷から流れる血を指で拭い、リンちゃんは顔をあげます。
ロングブーツは魔力を増強させる道具でしたが、どうやら履いている本人の体力を代償にする道具でもあったようです。
あまり劉生君から攻撃を受けていないというのに、体力も気力も尽きていました。
ここからは、劉生君とリンちゃんも、対等に戦えます。
「ここからは小細工なしよ。……絶対、負けないんだから」
「僕だって、負けないよっ!」
決意の叫びと同時に、二人は走り出しました。
リンちゃんが右足で蹴れば、劉生君は新聞紙の剣で受け、劉生君が剣で切りかかれば、リンちゃんが一歩大きく後ろに下がってよけます。
右から来れば、左によけ、
上からの攻撃は、潜り抜けて下から攻撃を仕掛けます。
一進一退の攻撃、組み合いのような戦い。
打ちあいのたびに、戦いの中で、リンちゃんの心の中に、いえ、リンちゃんの記憶に、ある異変がおきました。
それは、ある記憶。
どうしてだか忘れていたある思い出が、鐘を鳴らすかのように、ぽんぽん、と蘇ってきたのです。
小さなころの、リンちゃんの思い出です。
父親が亡くなり、自分には合わない短距離走を懸命に練習して、結局どうにもならず、リンちゃんは一人、苦しみ藻掻いていました。
絶望の闇の中に、閉じ込められてしまっていました。
そこから、彼女はどう立ち直ったのか、彼女自身、覚えていませんでした。
いえ、元々覚えていなかったわけありません。
それほどまでに、リンちゃんにとって、大切な思い出だったのです。