4 形勢逆転……? やっぱり強いねリンちゃん!
「なっ、は、離しなさいよ!!」
ブンブン足を上下に振り、電気まで流されますが、劉生君は右足にしがみつきます。
痛みに堪えながら、劉生君はロングブーツへと手を伸ばし、
ぷちり、と、一本の紐を切りました。
これで、あと四本です。
「よしっ!」
やっとの思いで切り取りましたので、ついつい劉生君はほっとして笑顔になります。
けれど、まだバトルは始まったばかり。紐も一本しか切れていませんし、リンちゃんもまだ戦える気力も体力も、魔力だって残っています。
安心するのは、早すぎました。
現に、リンちゃんは劉生君の横っ腹に蹴りを入れ、拘束から逃れてしまいました。
劉生君と距離をとり、リンちゃんは苛立ち、右足でトントンと地面を叩きます。
「ヨッシーめ。劉生にこの靴のことを話したわね」
舌打ちをして、リンちゃんは自分の足を見下ろします。
劉生君が紐を切るときに、勢いあまって引っ掻いたのでしょう、足には一筋の切り傷がついていました。
どろりと血が流れ、ほんのわずかに痛みが走ります。
今までの魔王との戦いを考えると、この程度の傷はもはやついてないのも同然、誤差の範囲と称してもよいでしょう。
リンちゃんも、内心ではそう思っていました。
けれど、いくら大丈夫、大丈夫と自分自身を説得しても、体は小刻みに震え、恐怖が押し寄せて、胸にしこりができたように息苦しくて仕方ありません。
「……」
なんとかリンちゃんは発破をかけ、劉生君を決死の思いで睨み付けます。
「……本当はあまり遣いたくなかったけど、『ピンチになったら使いなさい』って蒼ちゃんに言われたし、やっちゃうか……」
リンちゃんは右足に意識を集中させます。ブーツが鈍い光を放つと、リンちゃんに魔力が供給されました。
「<リンちゃんの ゴロゴロサンダーボール>っ!」
大小さまざまな電気のボールが生まれました。ボールは明確な意志を持ってくっついていきます。
ボールは、一匹の動物の姿になりました。
鋭い牙に、分厚い爪。太い手足や大きな身体には、雷が走るような模様がついています。
劉生君は息をのみます。
「と、トラ! トラだ!」
「雷といったら、トラだもんね」
まるで生きているかのように、トラは低く呻ります。サイズこそ、動物園でよく見るトラの姿ですが、だとしても、劉生君くらいの子供なら、一噛みで倒してしまうことでしょう。
リンちゃんは鋭い声で指示を出します。
「トラちゃん、劉生を倒しちゃって!」
トラは歯をむき出しにして、劉生君に襲い掛かりました。リンちゃんの魔法が付与されているせいか、スピードが段違いに早く、あっという間に接近されていました。
「ひやっ!」
何とか横に転がって避けます。
「うう……。マーマル王国のリオンよりは早くないけど、それでもトンデモなく早いよ。な、ならこれで! <ファイアウォール>、地面バージョン!」
地面に炎の壁が広がります。
「これなら、どんなに早く動いても攻撃が届く!」
これぞ名案! と思った劉生君ですが、残念ながら劉生君の想定内の動きでした。リンちゃんは慌てず、冷静に命令を下します。
「トラちゃん、劉生の<ファイアウォール>なんて、ジャンプで飛び越えなさい!」
多少ダメージは受けますが、所詮、リンちゃんの技で作った、ただの電気の塊です。<ファイアウォール>程度の痛みなぞ無視をしてピョンピョンと軽やかに飛びます。
「あう、駄目だった!」
劉生君は<ファイアウォール>を止め、代わりに<ファイアースプラッシュ>でトラの行く手を阻みます。
けれど、トラは足を止めることもなく、火の粉に突っ込み、劉生君に噛みついてきました。
「いっ……! この……!」
炎をまとった剣でトラを真っ二つに切ります。トラは情けない声をあげて、口を開きます。
しかし、割けた身体はすぐにくっついて、元に戻ってしまいました。戦意を失った様子もなく、トラは劉生君を睨みつけます。
「むう、強すぎるよっ! 僕はトラちゃんと戦っている暇はないのにっ……!」
トラは多少傷を受けても、自分で治してしまうようです。
それならば、トラに構うより、先にリンちゃんのブーツの紐を断ち切る方を優先すべきでしょう。
劉生君は攻撃の矛先をリンちゃんに向けることにしました。
「リンちゃんがそんなすごい技を使うなら、リンちゃんよりもすごい技を使うまでっ! すごい技、すごい技、すごい技といったら、やっぱり『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』蒼井陽さんの技だよね!」
『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』のレッド、蒼井陽さんの技といったら、やっぱりあれに違いありません。
劉生君は新聞紙の剣に魔力をそそぎ込みます。
新聞紙の剣は炎に包まれると、一匹のドラゴンのような形になりました。これこそ、蒼井陽さんの必殺技、ドラゴンソードです。
「いっけー!!! 僕の新技、<ドラゴンソード>!」
これをきめて、リンちゃんを連れて帰る、そんな願いを宿し、劉生君は剣を振りました。
劉生君の渾身の新技を見て、リンちゃんはポツリと呟きました。
「ここまで予想通りだと、呆れちゃうわね。――トラちゃん、力を貸してあげる。<リンちゃんの ゴロゴロサンダーボール>っ!」
電気のボールを生み出すと、トラに吸収させました。トラはびくりと身体を痙攣させると、どんどんと大きくなり、劉生君を一飲みできるサイズへと成長しました。
トラは劉生君の新技にして『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』蒼井陽さんの技、<ドラゴンソード>をあっさりと受け止めると、口から電気の弾を吐き出しました。
「っ!」
避けないといけません。劉生君はすぐに動こうとしますが、トラが劉生君の剣をつかんで離してくれません。
すぐに剣から手を離して走り出しましたが、一歩遅く、攻撃を食らってしまいました。
「があっ!」
全身が感電し、その場に倒れてしまいます。
「うっ……」
これまで受けたダメージも身体に重くのしかかり、劉生君は苦痛に顔を歪めます。剣を掴む手に力が入らず、剣の先が地面についてしまいます。
リンちゃんは汗を拭い、安堵のため息をつきます。
「あともう少しね」
「……ぐぬぬ……!」
否定したいのは山々ですが、あまりにも強いリンちゃんにコテンパンにやられてしまった現状では、うめき声をあげることしかできません。
特に、劉生君は『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の技を実際に繰り出してみたというのに、技を見抜かれ、倒されてしまっています。
劉生君は落胆と焦りを隠しきれません。頭の中では、「どうやってリンちゃんを倒せばいいのか」と悩んでいます。
「うう、ともかく戦いにいった方がいいかな? けど、あのトラちゃんをどうにかしないと、またビリビリになっちゃうよ」
劉生君自身でも分かっている通り、彼はあまり考えて行動するタイプではありません。そう簡単に浮かぶことはありません。
「どうしよう、蒼井陽さんが使っていた他の技で戦ってみよっかな……」
何がいいか、あれがいいか、しかしあれもあれで防がれてしまいそうな気がする、と、劉生君は弱気になっていると、
「――、」
「……え?」
どこからか、声が聞こえてきました。聞こえたといっても、耳から聞こえた声ではありませんでした。頭の中で、響く声です。
不思議な声に意識を向けると、唐突に、ある映像が頭の中に流れました。