2 リンちゃんの新たな武器は、諸刃の剣のようです
レプチレス・コーポレーションで吉人君とお喋りしているときでした。
吉人君はレプチレス社長と事務的な会話(レプチレス・コーポレーションの引き継ぎが主でした)を話し終わった後、言いづらそうに口を開きました。
「赤野君。道ノ崎さんと戦う上で、お伝えしたいことがあります」
「伝えたいこと?」
「……蒼さんや道ノ崎さんからは秘密にするよう指示されていましたが、僕は赤野君に負けてしまったことですし、構わないでしょう」
「えー、なんだろ!気になるー!」
ワクワクと目を輝かせる劉生君ですが、吉人君は沈痛げに目を伏せます。
「……あまり、あなたにとってよい知らせではありませんよ」
吉人君は二つの情報をくれました。
一つ。
リンちゃんの命を奪うようなことは止めること。
「赤野君は道ノ崎さんを倒してまでも彼女を救いたいと思っていますよね」
「うん」
迷いのない返事です。
思わずレプチレス社長は首をすくねて苦笑してしまいました。
『友達が相手でも、堂々と手を下すのか。諸刃ノ君が中に入っていただけあって、過激な男だ』
感嘆のため息をつくレプチレス社長は一旦おいておき、吉人君は言葉を継ぎます。
「もう一度結論を繰り返しますが、 例え道ノ崎さんを倒せる覚悟があったとしても、絶対に止めをささないでください」
彼の言葉だけを聞くと、単にリンちゃんを庇っているだけのように思えます。
しかし、吉人君の声色から推測するに、また違う理由で反対しているように思えます。
「理由を聞いてもいい?どうしてなの?」
吉人君は深く息を吸い込み、気持ちを落ち着かせてから、話し始めました。
「ミラクルランドで死亡すると、現実世界に戻る。ですよね、レプチレス社長」
頷く代わりに、尻尾を軽く振ります。
「その事実が判明したとき、僕はすぐに道ノ崎さんと蒼さんに共有しました。蒼さんはもうご存知だったようで、あまり驚いてはいませんでした」
『だろうね』
レプチレス社長は忌々しげに舌打ちします。
「橙花ちゃんは物知りだもんね!」
劉生君はいつも通り、斜め上の理解です。
「それで、リンちゃんはなんて言ってたの?」
「……道ノ崎さんは、こう言いました」
吉人君は、冷静に、――冷静に振る舞おうと努力しながら、彼は言いました。
「もしミラクルランドで死んじゃって、二度とこっちの世界に来れなくなったら、自分の手であの世界からにげだす、と」
「……それって……」
劉生君の胸中に浮かんだ考えを、レプチレス社長が代弁してくれました。
『つまり、自死ってことだろうな。時計塔ノ君しかり、道ノ崎リンしかり、命を軽く扱いすぎてないか?全く、今時の子供は……』
王のなかで最高齢なだけに、レプチレス社長は面倒なおじさんのようなことをいっています。
「今時の子供がどう考えているかはさておき、道ノ崎さんはそこまで思い詰めています。ですので、彼女を倒して、もとの世界に戻す策はとらない方が良いと思います」
「……けど、それ以外に方法はあるのかな。リンちゃんは絶対に譲らないよ」
「さすが赤野君。幼馴染みだからこその理解でしょうか、それとも似た者同士だから、ですかね?」
「僕よりリンちゃんの方がすごいよ!」
「さすがの道ノ崎さんでも、友達を救うために異世界へ単身飛び出したりはしませんよ」
方法は一つだけある、と吉人君は言いました。
「これが、赤野君にお伝えしたかった二つ目の情報です。道ノ崎さんはさらなるパワーアップのため、蒼さんに頼んで、武器を強化したのです」
「リンちゃんの武器って、黄色いクマのぬいぐるみリュックだよね」
ミラクルランドに来る前に、劉生君たちは最近オープンした駄菓子屋へ遊びにいきました。
駄菓子屋さんでは、豪華景品が当たるくじ引きキャンペーンをしていました。
そこで劉生君が引き当てたのが、黄色いクマのぬいぐるみリュックだったのです。
劉生君はクマのぬいぐるみをリンちゃんにあげ、自分はぬいぐるみの包装紙だった新聞紙で剣を作りました。
前者のぬいぐるみはリンちゃんの武器となり、後者の剣は劉生君の武器、『ドラゴンソード』となりました。
「武器の強化って、どうやるの?ぬいぐるみをかっこよくするの?サングラスつけるとか?」
「いえ、道ノ崎さんは別の武器を追加でつけることにしましたね。蒼さんが持ってきたロングブーツを右足に履いていました」
ロングブーツとは、ひざ下まで長い丈がある靴です。保温性には適していますが、運動には適していません。
女性ものシューズには詳しくない劉生君も、それくらいは理解していました。不思議そうに首を傾げていると、吉人君が「まあそこはミラクルランドですから」と肩をすくねます。
「むしろ、魔力が強くなったおかげで、とんでもなく早く動いてましたよ。力も強くなっていました。おそらく、ブーツを履いた状態の道ノ崎さんだったら、魔神をも倒せるかもしれません」
「わわっ、すごい、そんなに!?」
「ええ。ですから、道ノ崎さんを倒すためには、まずブーツを壊さなくてはいけません」
「うん、分かった! 頑張る!」
ブーツ相手に攻撃すればいいだけです。リンちゃん自身と戦うよりは楽そうに感じます。
腕まくりする劉生君ですが、吉人君は難しい表情を維持したままです。
「……そこが、難しい問題なんです。おそらく、赤野君にとっては、道ノ崎さんと普通に戦うよりも困難を感じることでしょう」
「ん……? なんで?」
「ブーツを攻撃する、ということは、道ノ崎さんの足を攻撃しなくてはいけません。しかも、道ノ崎さんが失くしてしまった、右足を」
「……っ!」
劉生君の頭には、あるシーンが蘇りました。
救急車のサイレンの音。
先生たちの緊迫した声。
地面にのたうち回っている、幼馴染、リンちゃん。
攻撃する対象は、あくまでもブーツです。
しかし、足を一切傷つけず、靴だけを攻撃できる余裕はないことでしょう。もしうまくいって、足に怪我をつけなかったとしても、あの時の思い出が蘇ってしまうかもしれません。
ただ単にリンちゃんを倒すよりも、リンちゃんにとって、苦しい思いを強いてしまいます。
黙ってしまった劉生君に、吉人君は、不安そうに問いかけます。
「赤野君。それでもあなたは、道ノ崎さんを倒せますか」