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ほうかごヒーロー!~五時までの、異世界英雄伝~  作者: カメメ
9章-3 自分勝手な少年の、たった一つの願い事~レプチレス・コーポレーション編~
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5 吉人君の思い、彼の思い

 吉人君は血相を変えて、後ずさりました。


「あなたは……。魔神ですね」


 劉生君、いえ、魔神は口元を緩めます。


「そう警戒しなくてもいい。こいつの身体はバラバラだ。お前をどうこうできはしない」


 魔神の言葉は信用に値します。実際に、魔神は身体を起こすことができず、そのまま横になっています。


 吉人君も張り詰めていた緊張をわずかに緩め、探るように魔神を眺めます。


「あなたは劉生君の身体を乗っ取って、何をしたいんですか。暇つぶしですか? それとも、僕をあざ笑いに来たんですか?」

「いや。別にお前がどうなろうが興味ない。それよりも、どうするんだ。この餓鬼を殺すのか?」

「……僕は……」


 吉人君はレプチレス・コーポレーションを乗っ取った後、社長室のわきに、彼の研究室があったことに気づきました。


 書物の大部分は、吉人君の頭脳をもってしても、本の題名さえ理解できないものばかりでした。


 けれど、わずかですか、どうにか理解できそうな書物がいくつかありました。その中には、ミラクルランドと吉人君たちの世界の関係性の書物もありました。


 本には、こう書いてありました。


 現実世界の人間がミラクルランドで死したとしても、元の世界に戻るだけ。ただし、ミラクルランドに二度と来れなくなる、と。


 それが正しいのなら、今、ここで劉生君を殺しても、何ら問題はありません。


 けれど、大丈夫だと分かっていても、大切な友達を手にかけるのは抵抗を覚えてしまいます。


 ためらう吉人君を見て、魔神は、小さく笑います。


「ふっ、殺したくはないか。ならば、その役目、俺が引き取ってやろう」

「……え?」


 吉人君がぽかんとする中、魔神は落ちていた宝石を手にします。ためらいなく魔神は宝石を握りしめると、自分の首元に、――劉生君の首元に持っていきました。


「っ! 何をしているんですか!」


 吉人君が思わず叫ぶと、魔神は煩わしげに顔をあげます。


「首を掻っ切ろうとした。この餓鬼には期待していたが、駄目そうだからな。さっさと片付けようとしたんだ」

「片付けるなんて……! 蒼さんから聞いています。そもそも赤野君を強引にミラクルランドへ連れて行ったのは、あなただと!」

「ほう、蒼はそんなことを言ったのか。それとも、俺がこの餓鬼の中にいることを知って、そう仮説を立てたか。まあ、どちらでもいい」


 魔神はうすら笑みを浮かべます。


「それとも、本当はお前が止めをさしたいのか?こいつの生意気さに相当怒っていたようだが」

「……それは……」

「別に俺はやり方を問わない。こいつを始末するなら、お前でも、俺でも構わない。……それとも、」


 魔神は小馬鹿にするように鼻で笑います。


「お前もこの小僧に説得された口か?」

「そんなことはありません」


 吉人君はぶっきらぼうに否定します。


 そんな彼の様子を、魔神は面白くなさげに見ます。


「なるほど。それもそうだ。このガキはあまりに自己中すぎて、逆に尊敬するレベルだからな」


 ちらりと魔神は自分の手を見ます。


 宝石を力強く握ったせいか血がダラダラと滴っています。血が滑るせいで、いつの間にか宝石は手から溢れ落ちています。


 落ちた石を拾うほどの力は、魔神に残されていません。


 吉人君にばれぬよう、軽く舌打ちをします。


 自分で手を下せないなら、吉人君をどうにか動かして実行してもらわねばなりません。


 魔神は非常にめんどくさそうに吉人君を見上げます。


「あー、そこのお前も、こんな子供に執着されて大変だなな」

「……あなたにとやかく言われたくはありません」


 眉間にシワを寄せましたが、それだけです。歯向かってはきません。


 ならば、違う方法で煽るだけです。


「そうか。なら一つだけ言わせてもらおう」


 魔神は意地悪な笑みを作ります。


「俺はこの餓鬼は嫌いだが、こいつはお前よりも覚悟はあるな」

「……どういうことですか」

「どうもこうもない。そのままの意味だ。もし赤野劉生がお前と同じ立場だったら、迷わずこの子供の命を取っていただろうな」


 魔神は挑発するように目を細めます。


「所詮、お前の覚悟などその程度。だったら大人しく向こうに帰ってしまえ。どうせ、些末なことなんだから」

「っ!あなたに何がわかる!?」


 真面目で冷静な吉人君らしくもなく、声をあらげます。


「あなたは、赤野君の中で僕の思いを理解したはず。なのにっ」

「そう怒るな」


 怒鳴る吉人君に、魔神はクスクスと笑い、唐突とも思える問いを投げてきました。


「お前は、レプチレス・ミラクルランドのことを調べているとき、どう思った?」

「え……?ど、どうとは……?」


 思わず、吉人君も怒りを忘れて素で首を捻ります。


「喜怒哀楽でいい。喜びを感じたか、それとも怒りを感じたか」

「……それは、こんな面白い世界のことを知れて、楽しかった、と思いましたが……」

「楽しい。そう思ったわけだな。だったら、スランプも脱せるじゃないか」

「何を根拠に……!」

「勉強が嫌だったんだろ?だが、お前は学んで楽しいと思えた。そうだろ?」

「っ!」


 一ページ、一ページと。


 めくればめくるだけ、本は吉人君の知らない世界を教えてくれました。


 昔の吉人君も、そうでした。


 教科書をめくるたびに喜びを覚え、先生の言葉に耳を傾けていました。


 失ったと思っていた勉強することの楽しさを、吉人君はまだ大切に持っていたのです。


「けど、どうして……。だって、もとの世界にいたときの僕は、勉強が嫌になったはず……」

「自分のペースで、自分の好きなことができたからだろうな」


 大きくあくびをして、魔神は答えます。


「親だの先生だの社会だのって圧力がなかったから、楽しいと思えた。喜ばしいと思えた。違うか?」

「……圧力、なんかではありません」


 動揺を隠しきれず、吉人君はつっかえつっかえで、懸命に言葉を紡ぎます。


「僕の両親も、先生も、僕のためを思ってあえてきつく躾ているんです。圧力とは違います」

「圧力ってのは、かけられる相手がそう思えば、圧力と捉えてもいいだろ。勉強が嫌になった原因がそいつらなら、圧力だな」

「……」


 黙る李火君に、魔神は目をとろんとさせます。


「だから、戻って自分の好きなように勉強してみたらどうだ?それができないなら、さっさとこの餓鬼をばらせ」

「……あなたは、」


 吉人君は困惑して魔神を見つめます。


「あなたは、何をしたかったんですか?」

「ん……?」

「挑発させて、赤野君を殺したかったと思っていました。ですが、あなたは僕の悩みを解決しようとしているようでした」

「……そうか?俺はお前に殺してほしかったんだがな。できれば、俺の力が持つまでにはやってほしかったが、もう尽きるからな。仕方ない。じゃあな」


 彼は無邪気そうに微笑みます。


 まるで、いつもの劉生君みたいに。


 そのまま彼は目を閉じ、眠ってしまいました。


「……」


 魔神が劉生君の体から消えたところで、劉生君が目覚めるわけではありません。


 変わらず、意識を失っています。


 倒すなら、今でしょう。


 ですが、吉人君は手を下さず、一人、静かに考え込んでいました。


 吉人君は自分の状態について、こう思いました。


 もう勉強を楽しめる気力がない。だから、ミラクルランドからもとの世界に帰っても、仕方がない、と。


 だが、魔神は吉人君の考えを真っ向から否定しました。


「……」


 あのとき、レプチレス社長が残した書物をめくっているとき、吉人君は一心不乱に読み込んでいました。


 読み始めた当初の目的は、劉生君を倒すため、複雑怪奇なレプチレス・コーポレーションの全貌を把握するためでした。


 しかし、読んでいる最中、吉人君の頭の中に浮かんでいた思いは、たった一つだけ。


 好奇心。


 それだけでした。


 魔神の言うとおりです。気づかぬ間に、吉人君はスランプを脱していたのです。


 いや、そもそもスランプになんて嵌まってはいません。


 魔神の言葉通り、吉人君は両親や親、そして、未来の自分からの圧力に怯えていたのです。


 劉生君の言葉が甦ります。


「吉人君は、立派な大人になれる、そう信じている」


 魔神の言葉が甦ります。


「戻ってみればいいんじゃないか」


 吉人君は、小さくため息をつきます。


「赤野君は、本当に予想外のことばかりする」


 根拠のない信頼。


 それを、


 ――信じてみても、いいかもしれません。


 吉人君は、微笑みました。


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