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ほうかごヒーロー!~五時までの、異世界英雄伝~  作者: カメメ
9章-3 自分勝手な少年の、たった一つの願い事~レプチレス・コーポレーション編~
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4 自分勝手に、自分を信じて

 レプチレス・コーポレーションに来る前、魔王トトリがこう言いました。自分の中には、魔神の力がまだ残っている、と。


 本当は魔神の力を借りたくはありませんが、仕方ありません。劉生君は必死に願いました。


 お願いだから、魔神さんの力を使わせてください……!


 劉生君の頭の中で、誰かの声が聞こえました。声の主は、こう言いました。「鈍感なお前を導くために、嫌々ながら残っていたが、仕方ない。今回だけだからな」

 声が止むと、身体の奥底から力が湧き上がってきました。


「ぐっ……!」


 あまりにも巨大な力に、皮膚が切れそうなピリピリとした痛みが走ります。上げそうになる悲鳴を決死に飲み込んで、劉生君は新聞紙の剣を握って飛び上がりました。


「おりゃああああ!!!」


 持てる力と痛みを込めて、ティラノサウルスに剣をたたき込みます。すると、あんなに頑丈だった黒曜石の皮膚に傷がつき、ティラノは苦しそうに叫びました。


「これなら、戦える……! もう、一度……!!」


 足を踏み込もうとしますが、直後、劉生君は血反吐を吐いてしまいました。


「ぐっ……がっ……」


 新聞紙の剣でどうにか身体を支えます。頭がクラクラとして、今にも崩れ落ちてしまいそうです。


「……っ」


 劉生君の体力はもはや限界です。出来るだけ早く、スピーディに攻撃せねばなりません。


 懸命に劉生君は恐竜を見つめ、どこか隙はないかと探ります。宝石と宝石がつなぎあわされた恐竜の身体は想像以上に頑丈で、隙なんてものはないように思えます。


「うー、分からない、から、力の限り叩くしかないっ!」


 劉生君に出来ることは、これだけです。赤く輝く瞳を見開き、劉生君は何度も何度も剣を叩き込みます。


「おりゃおりゃおりゃ!!!」


 うまい具合に傷がついていきます。ティラノサウルスも苦しそうに身体を震わせます。が、しかし、致命傷になるほどのダメージは与えられていません。


 これでは、先に劉生君が倒れてしまいます。劉生君は冷や汗をたらりとたらします。それでも諦めず、必死に首元に、――宝石と宝石の合間あたりに剣を振るいます。


 すると、奥深くまで突き刺さる感覚が手を伝いました。恐竜も大きな悲鳴を上げます。


「おっ、……これは、もしかして、」


 宝石だらけのティラノサウルスは、宝石と宝石の継ぎ目が弱点のようです。


「じゃあ、そこを叩けばいいってことだね!」


 ティラノサウルスは、ギラリと目を光らせます。動物的な直感で、劉生君が自身の弱点を知ったと悟ったのでしょう。怒りのままに地面を蹴り、そのまま青い炎を放ちます。


 今までの炎とは違って火力が異常に高く、爪先でも触れてしまえば業火の炎に焼かれてしまうことでしょう。


「ぐーーにゃにゃ!!」


 劉生君、妙な声を出して青い炎を避けます。そのままティラノサウルスの尻尾に乗ると、勢いよく駆けあがります。


 狙うは、首筋です。


 力を凝縮させ、火を集め、炎は透明度を増していきます。剣を持つ劉生君でさえ熱を覚えるような魔力の塊を、思いきり、力強く、叩き込みます。


「くらえ、<ファイアーバーニング>!!」


 深く深く、剣が入りました。


 ティラノサウルスはつんざくような悲鳴を叫びます。劉生君を乗せたまま、ティラノサウルスは石のようにガラガラと崩れていき、動かなくなりました。


 宝石の中で、劉生君は荒く息をつきます。


「はあ、はあ、やっと、やっと勝てた。よかった、よかっ、た……」


 もう、限界でした。


 劉生君は、倒れます。目の前が血で真っ赤に染まって周りが見えませんし、もう力も入りません。


 そのせいで剣も手から離れ、どこかへ転がります。


 剣は何かに当たって、止まりました。


「すごいですね、赤野君は」


 彼、吉人君は新聞紙の剣を拾って、劉生君に近づきます。


「あのティラノサウルスは、レプチレス・コーポレーションに保存されていた最高級の宝石を惜しげもなく加工した恐竜なんですよ」


 吉人君は散らばった宝石を眺めます。


「あなたなら辛勝すると思ってはいましたが、ここまで圧倒的に勝利するとは思いませんでした。さすがですね」

「……」


 劉生君は、口を動かします。


「どうかしましたか? そうか、もう声すら出せないんですね。……これくらいなら、あなたも立てませんよね」


 吉人君は飴の杖を振り、<ギュ=ニュー>を唱えます。加減をしたからか、劉生君は喋られるレベルまで回復しましたが、それだけです。立つこともできず、何なら拳を握りしめることすらできません。


「さあ、何でしょうか。ちなみに、説得されて無駄ですからね。僕はもうミラクルランドに残ると決めたんですから」

「……吉人君は、僕を、信じてたんだね」

「……へ?」

「あの恐竜を、僕が倒せるって」


 劉生君はふるふると首を横に振ります。


「僕、絶対に勝てないって思ってた。自分を信じられなかったよ。だから、魔神の力を借りちゃったんだ。……本当は、僕の力で倒したかったのに」

「……何が言いたいんです?」

「……うん、とね」


 正直な話、特に何も考えていません。だからといって、素直にそう答えるのもどうかなあと思い、劉生君は疲れ切った頭で考えてみました。


「あのね、今、思いついたんだけどね。吉人君って、自分を信じられなくなったんだよね」

「……そうですね」

「ならさ、吉人君は自分を信じるんじゃなくて、他の人を信じてみるってのは、どうかな」

「他の人……ねえ。まさか、あなただって言いたいんですか」

「うーん、……うん。そうだ。僕を信じてよ」


 ふにゃりと劉生君は微笑みます。


「吉人君は、これから現実世界で暮らしていけないって思ってるんでしょ?」

「……」


 吉人君は無言です。


「でもね、僕は吉人君が向こうの世界でも生きていけるって信じてる。もしも、吉人君が自分を信じられないなら、代わりに僕を信じて、向こうで一緒に生きていこうよ」

「……なるほどね」


 眼鏡をくいっとあげて、吉人君は冷たい眼差しを向けます。


「そうやって、あなたはムラのみんなを、林さんや鳥谷さんを説得したんですね。よく分かりました。ですが、残念ながら僕には意味がありません」


 無表情で淡々と話します。


「ミラクルランドとは違って、現実世界は信じても何も変わりませんよ。ましてや、あなたはただの子供です。あなたを信じたところで、僕が勉強できるようになる訳ではありませんよね?」

「勉強は、できるようにならないと思う。だって、僕、勉強できないもん。僕のお母さんも、こう言ってたもん。劉生は中の下だって」


 くすくすと笑って、言葉を継ぎます。


「でもね、僕は信じてるもん。吉人君が立派な大人の人になるって」


 吉人君は荒々しくため息を付きます。


「何度言ったら分かるんですか? 赤野君の言葉には根拠がありません。勉強もできない僕は、両親にとってお荷物でしかありませんよ。そこはどう説明するつもりですか?」


 睨みつける吉人君ですが、劉生君は暢気に微笑み、こう言いました。


「勉強ができなくても、両親さんに嫌われちゃっても、吉人君は立派な人になれるよ。何だって、吉人君だもん」

「……あなたにとって、『立派な人』とは何ですか? 勉強ができる人なら、僕はそうはなれません。運動ができる人でもなれませんね。仕事ができる人、というカテゴリーなら、……諦めた方がよいでしょうね」


 一度、吉人君は両親の仕事を手伝ったことがあります。簡単な仕事でしたが、うまくできず、両親の職場で働いている事務員さんにかなりの迷惑をかけてしまいました。


 その思い出が頭をよぎり、吉人君は俯きます。それでも、劉生君はニコニコ笑顔のままです。


「んー、何でもいいよ。どれかできても、どれもできなくても、吉人君は立派な人になれるよ!」


 だって、と言って、劉生君は血まみれの顔で笑います。


「吉人君は、とっても優しくて、とってもいい人だもん。吉人君の両親さんの後を継がなくても、勉強できなくても、吉人君は立派な人になれるよ!」

「……」


 吉人君は眉間にしわを寄せ、黙り込みました。


 目の前の少年が、自分が思っているよりもあまりに我儘で、子供っぽいと憐れんでいるのです。


「僕のことを信じてくれているのは嬉しいですが、そんなの何の足しにもなりません

 赤野君が言う『立派な人』が、世間でいう本当の『立派な人』だとは思えません。それが理解できないあなたは、自分勝手としか思えませんね」

「……」


 彼の姿が、


 一人ベッドで悩み苦しんでいた自分の姿と重なりました。


「自分勝手でも、いいよ」


 考えるより先に、劉生君は口を開きます。


「吉人君が辛いなら、自分勝手でもいいんだよ」

「またあなたは何も考えずに口先だけで持論を述べる」

「えへへ、でもね、うんうん考えすぎたら、もっと勉強が嫌になっちゃうよ。……僕も、みんなのため、みんなのためって思ったら、ミラクルランドに行くのが怖くなったもん」


 橙花ちゃんからは拒否をされ、周りの人は気が狂っていると勘違いされ。劉生君は誰も信じられませんでした。怖くて怖くて仕方なくなりました。


 だけど、鏡の向こうで影はこう言いました。


 自分勝手でもいい、と。


「だから、吉人君も、自分勝手で、生きて、それで、前みたいに、勉強が好きになって……」


 劉生君は言葉を止めました。


 吉人君が視線を下に向けると、劉生君は目を閉じて気絶していました。もう限界だったのでしょう。細く細く息をするばかりです。


「……」


 吉人君は飴の杖を棒付きキャンディーに戻し、ポケットに入れます。代わりに、地面に落ちていた宝石の欠片を拾いました。


 しかし、欠片を振りかざすことはせず、ただただ、じっと見つめるばかりです。


 おそらく、何かのきっかけがなかったら、李火君はそのまま動かずに固まっていたことでしょう。


 そのきっかけを提供したのは、他でもない、劉生君でした。


「この餓鬼を殺さないのか?」


 中にいたのは、劉生君ではありませんでしたが。

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