3 吉人君は強敵ですっ!
白い石には、こう書いてありました。
『あるところに、小学校四年生の男の子がいました。
彼は勉強が大好きでした。新しいことを知ると、心の奥底からワクワクできます。
たくさん勉強していたおかげで、テストではいつも満点。先生や親からも絶賛の嵐でした。
しかし、最近どうもうまくいきません。テストも点数がとれず、成績は落ちるばかり。それでも他の子供達のなかでは優秀な方ですが、先生も心配し、親は説教する始末。
彼は先生や親からの信頼を取り戻そうと、今まで以上に勉強に励みました。
大切な友達と遊ぶ時間を削って、懸命に勉強しました。
けれど、成果は上がりません。
彼は悩みました。
悩んで悩んで。
そのうち、自分が本当に勉強が好きだっのか、信じられなくなってしまいました』
察しの悪い劉生君も、さすがにここまで丁寧に書いてあれば、この文章の主人公が吉人君だと理解できました。
「……吉人君……」
吉人君とは仲良くなってまだ一年も経っていませんが、吉人君の心に寄り添っていると思い込んでいました。
けれど、劉生君は吉人君の苦しみを感じることができず、助けることもできませんでした。
みつる君のときや咲音ちゃんのときと同じです。
「……あとで謝らないと」
そのためには、このクイズを答えねばなりません。
劉生君は問題文を見てみます。
問題は、こう出題されていました。
『男の子の気持ちを要約し、彼の取るべき解決策を選びなさい』
選びなさい、と書いてある以上、選択肢がないわけがありません。
劉生君もそう思い、選択肢を見てみました。
「……あ、あれ?」
なんとなんと、選択肢は一字一句同じ文章でした。選ばせる気はありません。絶対に正解できます。しかし、劉生君はその回答を選ぶことはできませんでした。
選択肢は、こう書いてありました。
『環境を変えるため、現実世界を捨ててミラクルランドにとどまるべきだ』、と。
「……」
劉生君は一瞬黙り、それから顔を上げました。どこかで見ているであろう吉人君に向かって、劉生君は叫びました。
「この男の子は、自分を信じられるまで大切な友達と元気に遊ぶ!もしこの子のお父さんお母さんが怒ってきたら、友達も一緒になって頑張って説得する!だから、ミラクルランドにいなくてもいい!!これが正解だよ!!!」
劉生君、心からの叫びをぶつけてみます。
吉人君に届け、届いてほしいと願い、劉生君は白い石を見上げます。
けれど、石は淡々と写っていた文章を消し、淡々とバツ印を写します。
どこからか、『不正解です』と声が流れました。
もちろん、悔しい気持ちは一切ありません。むしろ、いつもよりスッキリした顔をしています。
「さあ、どこからでもかかってこい!タライか!水か!イカスミか!!」
新聞紙の剣を構えて、注意深く周りを警戒します。
これまでは、当たっているであろうと慢心していたので、対策する前に何かしらの罰が降ってきましたが、今回は間違ってると覚悟していたので、準備ができました。
しかし、いつになってもタライも水も、何ならイカスミも降ってきません。
「ん……?」
首をかしげていると、再度どこからともなくアナウンスが入ります。
『赤野劉生、不合格!補習授業を行います』
「ほしゅー?何するんだろう?漢字ドリル?計算ドリル?」
劉生君は呑気に考えていましたが、当然ながらそんな平和的で地味な補習授業の訳がありません。
劉生君のすぐ目の前で、異変が起こりました。
卵形の巨大な宝石に、一本のヒビが入ります。ヒビはどんどん、どんどん増えていき、ついには、カラが吹き飛び、中から卵よりも大きな生き物がのっそりと立ち上がりました。
「あ、あれは……。恐竜!?」
見た目はティラノサウルスですが、ただのティラノではありません。爪はダイヤモンド、肌は黒曜石、目はサファイア、牙はルビーで出来た、宝石のティラノサウルスです。
ティラノはぎろりと劉生君を見下ろし、その巨大な手を振りかざしました。大きい図体ですが、攻撃はやけに早く、劉生君も避けるのがギリギリでした。
しかも、劉生君が体勢を整える前に、ティラノは再度攻撃を仕掛けてきました。これでは、逃げる暇はありません。劉生君は新聞紙の剣を握ります。
「<ファイアーウォール>!」
炎の壁で、恐竜の攻撃を受け止めようとします。しかし、劉生君はじりじりと後ずさりをしてしまいます。
「うぐぐ、お、重い……!」
ついには、炎の壁にヒビが入り、散り散りになってしまいました。
「あ、あれ!? わあ!? ふぁ、<ファイアーバーニング>!」
どうにかこうにか、恐竜の攻撃を受け流して横に飛んで避けます。それでも完全には避けきれず、服が軽く切れました。
「ぐうっ……! <ファイアーバーニング>でも敵わないの……!」
宝石のティラノサウルスが強いせいもありますが、それだけではありません。劉生君の魔力が妙に弱くなっているのです。
その訳は、今までのクイズで失敗して、罰として水やタライ、イカ墨などなどをかけられたせいでした。
あのときにかけられた水やイカ墨は、ミラクルランド特製のもので、触った人の魔力を削る優れものなのです。
さらに、タライによって劉生君の体力が削られてしまいました。ゲームでいうと、ハチャメチャに強いボスとの闘いに、体力魔力ともにギリギリで挑むようなものです。
現に、たった二回攻撃されただけなのに、劉生君はハアハアと荒く息を吐いています。
「くっ……。なら、こっちから攻撃しよう! いけ! <ファイアーバーニング>!!」
渾身の力を振り絞って、ティラノを斬りました。が、しかし、全く手ごたえがなく、逆に固い皮膚のせいで弾かれました。
「なっ、なんだって! 僕の『ドラゴンソード』じゃ傷もつかないって!?」
ティラノ的には痛くも痒くもなかったようです。ふんっと鼻で笑うと、そのまま尻尾を振り回してきました。
接近していた劉生君は、ティラノサウルスの尻尾をもろに受けます。
「があっ……!」
そのまま劉生君は展示物を巻き込んで。壁に叩きつけられました。あまりの痛みに、劉生君は血を吐いてしまい、その場に崩れ落ちてしまいました。
「そん、な……。こんなに強いなんて……」
たった一発とは思えないほどのダメージです。魔神の攻撃もとんでもなく強烈でしたが、それを上回るくらいの力です。
しかも、ティラノはただただ邪魔だから、尻尾で押してどかしただけで、劉生君のように本気で戦ったわけではありません。
ティラノにとっては、ここからが本当の『補習授業』です。
ティラノは倒れた劉生君を見下ろし、大きく息を吸い込みました。口元には、青く澄んだ炎が囂々と燃えはじめます。
「……っ!」
逃げようと、劉生君は足に力を入れます。
しかし、身体は思うように動かなくて。
劉生君は、吐き出される青い炎を、見つめることしかできませんでした。
「があああああ!!!」
あまりの熱さに劉生君はのたうち回り、悲鳴をあげます。
恐竜は、さらに追撃をしてきました。
その大きな手を持ち上げ、劉生君を切りつけたのです。
「っーー!!」
血が飛びちり、博物館の床を汚します。飛びそうな意識をどうにかつなぎ止め、顔をあげます。
劉生君はこんなにもボロボロなのに、ティラノサウルスには何一つ傷もつけられていません。
さすがの劉生君も、こう思ってしまいました。
この恐竜には敵わないかもしれない、と。
吉人君をミラクルランドから連れ出したいと思う気持ちは変わりません。にもかかわらず、負けを受け入れてしまいそうになるほど、敵が圧倒的に強すぎました。
「はあ、はあ……」
どうすれば、
……どうすれば、勝てるのでしょう。
もはや自分の実力も信じられません。何か、誰かが助けてくれれば、もしかしたら勝てるかもしれませんが……。
そのとき、劉生君はあることを思い出しました。