6 夢からさめて、次なる場所へ!
最初に視界に飛び込んできたのは、青く青くすみわたった空でした。
劉生君たちが立っていたのは、切り株の上です。切り株にいるのは、劉生君や咲音ちゃんだけではありません。何十人もの子供たちが目をこすりながら不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡しています。
「ここって……。えーっと、トリドリツリーの頂上だったよね?ねえねえ、咲音ちゃん。どうしてここにいるのかな?」
問いかけてみますが、咲音ちゃんはボーッとしていて、劉生君の質問が耳に届いていないようです。
その代わりに答えてくれたのは、意外な人でした。
『最上階はワタシの魔力が残っているからな。子供たちの願いを叶えるために、ここに吸い寄せられたのだろうね』
「そ、その声は……!僕を二度も見捨てた魔王、トトリ!!」
『そうだったか?』
颯爽とやってきたのは、トリドリツリーのお姫様、トトリです。
「ってあれ?どうしてここにいるの?咲音ちゃんを倒していないのに」
『お前はバカか』
「な、なんだって!!」
率直な否定に、劉生君はプンプン怒ります。けれど、トトリは劉生君の怒りに反応せず、気だるげに空を見上げます。
『ほれ、見てみろ』
「もう!何!普通に青空でしょ……ってあれ!?」
トリドリツリーから上空へ飛んでいた青い光は、いつの間にやら黄色の光になっていたのです。
驚く劉生君に、トトリは深くため息をつきます。
『お前は本質を理解していない。咲音ちゃんの願いを浄化した時点で、あの子に勝利したんだ。だから、ワタシがこうしてのんびりと日向ぼっこができている、というわけだ』
ふわあとあくびをして、うつらうつらし始めました。
「そっかあ。僕、勝ったんだ……。けど、あまり勝てた気がしないなあ。だって、咲音ちゃんを説得したのは僕じゃなくてピーちゃんだったもん」
ねえ、咲音ちゃん、と劉生君は再び話しかけます。
そこでようやく、咲音ちゃんはこちらを向いてくれました。 とはいえ、劉生君の方を見ていません。トトリの方を見ています。
「あの世界は、私の願いの世界なんですよね」
『ふむ、そうだな』
「だったら、やっぱり……」
『だが、あの小さな子は本物だよ』
トトリは薄く目を開けます。細く開かれた瞳には、理知的な光が宿っていました。
『あの子には、君の魔力も、そこの赤野劉生の魔力も感じなかったからな』
「け、けど、ここはミラクルランドで、あの世界は私が作った世界ではなかったんですか」
『その通り。だが、こうは考えられないか?』
トトリは片方の羽だけ軽く広げます。
『君の願いに、あの子が反応して、ミラクルランドに来た、と』
「……そんなことがあるんですか……?」
『聞いたことはないな。だが、ここはミラクルランド。何でもありの世界だ。死したものが遊びに行く程度ならあり得るだろうな』
「……そうですか」
咲音ちゃんはぎゅっと両手を握ります。
「なら、あのビーちゃんは、本当のピーちゃんだったんですね」
そう言う彼女は、不安が拭いさられて、柔らかい笑顔を見せてくれました。
劉生君も釣られて満面の笑みです。
「僕もピーちゃんのなかにいたから分かるけどね、ピーちゃんはね、咲音ちゃんのことがすっっっごく好きなんだって!」
『それはお前に言われなくてもわかるだろ』
「僕に対してだけ厳しくない……?」
トトリには冷たくあしらわれましたが、劉生君はニコニコご機嫌です。
なぜなら、咲音ちゃんと戦わずにトリドリツリーを攻略できたのですから。
「……ん?」
劉生君はピタリと固まりました。あることを思い出したのです。
フィッシュアイランドでも、マーマル王国でも、そのときのボスを倒したあと、色んなものが滅茶苦茶に崩れていきました。
……トリドリツリーでも、そうならない訳がありません。
「み、みんな!!は、早く逃げないと!!滅茶苦茶のズタズタのごっちゃごちゃなるよ!!」
みんなと一緒に安全な場所に逃げなくては! けど、どこに逃げればいいんだと慌てふためた劉生君ですが、トトリは小馬鹿にするように鼻で笑います。
『何を言うか。崩れるわけがないだろ』
「そうなの? でも……」
『周りを見てみよ。トリドリツリーには子供たちの願いで作った建築物はないだろ? だから崩れることはない』
確かに、フィッシュアイランドやマーマル王国は、子供たちが新たに作った建物がたくさんありました。
しかし、トリドリツリーにはこれがありません。
みんな、各々の夢の世界に引きこもったので、わざわざ新しい建物を作る必要がなかったのです。
「そっか。それならよかった」
劉生君はほっと肩を下ろします。
「咲音ちゃんと戦わずにすんだし、トリドリツリーは崩れなかったし! ようし、あと残ってるのは、吉人君とリンちゃん、それから橙花ちゃんだけだ!」
『中々なメンバーが残っているな』
トトリは吉人君がいる場所レプチレス・コーポレーションと、リンちゃんがいる場所アンプヒビアンズの方角に視線をやります。
『蒼は言わずもがな、鐘沢吉人と道ノ崎リンからも莫大な魔力を感じる。それほどまでにここ、ミラクルランドに固執しているんだろうね』
「……そっか……」
吉人君は向こうの世界で勉強を押し付けられ、プレッシャーに押しつぶされていました。
リンちゃんは片足を失い、夢を挫かれ藻掻き苦しんでいました。
橙花ちゃんの事情は、劉生君には分かりません。友之助君や聖菜ちゃんのように、子供たちを救うためにミラクルランドに残っているのかもしれませんし、もしかしたら誰にもあかせない過去があるのかもしれません。
どちらにしても、橙花ちゃんとの闘いも一筋縄ではいかないでしょう。少なくとも、咲音ちゃんのように戦わず解決はできないに決まっています。
それでも、劉生君は諦めません。
より一層やる気満々で、にこりと笑います。
「僕ならできる! リンちゃんも吉人君も、橙花ちゃんだって助ける!! そう決めたんだもん!」
『……そうか』
トトリはうーんっと伸びをします。
『正直お前のことは今でも嫌いだ。そもそもお前の魔力は好きになれない上に、まだあの薄気味悪い赤ノ君の力も残っている』
「へえ、僕のなかにまだ魔神の力が残ってるんだ」
ペタペタと体の上から触ってみます。なんの違和感もありません。けれど、魔力だったら王様随一なトトリが言うのですから、正しいのでしょう。
トトリも小さく頷き、言葉を継ぎます。
『だが、蒼を助ける手助けはしてやろう。非常に面倒だが、次に行く場所まで案内してやろう。非常に面倒だが。……やっぱり面倒だな。やめようかな。自力で行ってくれる?』
「え! 連れてってよ!」
『ふわあー。眠いー』
なんと、本当に地面に寝転がり、穏やかな寝息をたて始めました。
「そ、そんな……。あのリオンでさえ連れて行ってくれたのに!」
ぶーぶーと文句をいう劉生君。普段だったら無視してスヤスヤなトトリですが、「リオン」の名を出すと、かっと目を見開き、劉生君をまじまじと眺めます。
『なるほど。あのじいさんを乗り物代わりに使ったのか。ふうん。お前にそんな技量があるとは思わなかったがな』
煩わしそうな表情から一変、興味津々とばかりに目を輝かせます。
『こんな小さな子供にねえ。ふふっ、滑稽だな。想像するだけで面白い』
ひとしきり笑ってから、トトリは大きく伸びをして立ち上がります。
『よし、乗せていってやろう』
「本当!」
『ああ。どこまで行くか?』
「次はね、レプチレス・コーポレーション!」
レプチレス・コーポレーションには、吉人君がいます。
「よーし、吉人君、待っててね! 絶対に倒すから!」
劉生君は新聞紙の剣を高くあげ、高らかに宣言しました。