4 ピーピー! 説得説得っ!
「うーーーーーーん」
劉生君(鳥)は、必死に考えました。
何度も同じシーンを繰り返し、たまに咲音ちゃんと遊んで、おやつをもらって、飛ぶってこんな気分なんだ!と感動しながらも、悩み続けました。
鳥としてどう動けば咲音ちゃんの願いを崩すことができるのか、こうかな、ああかな、と悩んで悩んで、ついには、
「うん、分からない!!!」
諦めました。
そもそも、劉生君は頭で考えるのはあまり得意ではありません。そういうのは吉人君の得意分野です。
劉生君の得意分野はリンちゃんと同じ、ひとまず動け、です。
ちょうど、咲音ちゃんが帰ってきました。
いつも通りの台詞を繰り返し、鳥かごを開けてくれます。
咲音ちゃんが指を差し出してくれて、止まるよう促してくれました。
いつもなら止まったり、鳥かごの中に引きこもったりしましたが、今回は違う行動をとりました。
「せいや!」
バサバサと飛び、窓のそばに降りました。
「外に行こうよ!外に!一緒に帰ろう!!」
こつこつと窓をつつきます。
「ピーちゃん、どうかしたの?」
咲音ちゃんは窓の外をみます。
窓の外は、昼間の町とは思えないほどに人通りもなく、車も通りません。
まるで写真のような町並みですが、
鳩の一羽も枝についた落ち葉が冷たい風に揺られ、今にも地面に落ちそうでした。
「……」
咲音ちゃんは黙りこみました。
どうしたのかと劉生君(鳥)が顔をあげると、咲音ちゃんの顔色が段々と悪くなっていくではありませんか。
「さ、咲音ちゃん……?大丈夫?」
届かないとわかってはいましたが、思わず心配して声をかけます。
すると、咲音ちゃんはハッとして劉生君に視線を落とします。
目を大きく見開き、食い入るように見つめます。今までビーちゃんにみせていたような表情ではありません。
劉生君はもしかして、と思いながら、期待に満ちた目で咲音ちゃんを見上げます。
「僕の声、聞こえたの!僕だよ、赤野劉生だよ!」
ぴょんぴょん反復横飛びして自己主張します。けれど、咲音ちゃんは顔をこわばらせて、首を何度も横に振ります。
「そんなわけない、そんなわけないよね。疲れているだけだよね」
咲音ちゃんは劉生君を両手で優しく包みこみ、 鳥籠に戻します。
「ちょっと待って、咲音ちゃん!まだ話は終わって、」
「これからは、ずっと一緒だからね」
咲音ちゃんは劉生君の言葉を遮り、微笑みます。
途端に、視界いっぱいにノイズが押し寄せてきました。劉生君は驚いて後ずさりますが、逃げることはできません。
砂嵐のような喧しい音が鳴り、劉生君は耳をふさいでうずくまります。
終わったのは、はじまりと同じく、唐突でした。
急に音が止まりました。
「ん……?」
目を開くとノイズがなくなり、咲音ちゃんの部屋に戻っていました。
しかし、部屋の様子や雰囲気は、何十回も繰り返した咲音ちゃんの部屋とは決定的に違っていました。
まずひとつ。既に咲音ちゃんがソファに座っていました。
少女漫画の雑誌をめくり、時折カゴの中にいる劉生君を見て微笑んでいます。
そして、もうひとつの違和感。
それは物音です。咲音ちゃんの家はたくさんのペットを飼っています。ですので、彼女の家にいると、どこだっていつだって動物の気配がします。
犬の鳴き声、鯉が跳ねる音、トカゲを暖めるヒーターの音。
しかし、今は何も聞こえません。虫一匹さえもいないほどに静まり返っています。
「どうかしたの?」
人影が落ちます。あわてて振り返ると、咲音ちゃんが鳥かごをのぞきこんでいました
「ふふっ、キョロキョロしちゃって、どうかしたの?」
咲音ちゃんは優しくカゴを撫でます。
「心配しなくてもいいからね。ずっと、一緒にいてあげるから」
「……咲音ちゃん……」
ここは咲音ちゃんの願いの世界。理想の世界です。
つまり、咲音ちゃんは動物たちを消してまでも、ピーちゃんと一緒にいたかったということになります。
ここまでの強い願いを挫くなんて、鳥の身のままの劉生君では到底できません。
「うー、トトリからは鳥の姿でどうにかしなさいって言われたけど、これじゃ無理だよ……」
この場所がどこであれ、ミラクルランドの世界の中にあることには変わりありません。
ですので、咲音ちゃんの願いを上回る願いをぶつければ、人間の姿に戻れるはずです。
「僕ならできる!おりゃあ!!!」
バサバサと羽を羽ばたかせて気合いを入れてから、声に魔法を乗せて叫びます。
「咲音ちゃん!」
「わっ!」
咲音ちゃんにようやく声が届きました。びっくりして目を丸くする咲音ちゃんに、劉生君は気合いを入れて言葉を続けます。
「僕と一緒に帰ろう!!ここにいちゃいけない!死んじゃうんだよ!!」
「りゅ、劉生さん……?どうしてピーちゃんから劉生さんの声が……?」
咲音ちゃんの目が虚ろになり、ふらふらと後退りします。
「そう、だった。ここは、本当の世界じゃない。本当は、ピーちゃんは、もう……」
目の前がまた揺らぎます。
大きく風景が変わることはありません。また咲音ちゃんの部屋です。
また繰り返してしまったのかと思う劉生君でしたが、どうやら違うようです。
劉生君の目の前には、白くて可愛らしい小さな鳥と、咲音ちゃんがいました。咲音ちゃんはピアノを弾くと、小鳥は嬉しそうにメロディを歌います。
場面がまた変わりました。
鳥かごにいた小鳥は、咲音ちゃんの手の中にいました。小さく震える鳥に、咲音ちゃんは不安そうに、怯えたように鳥を撫でています。
また風景が変わります。
小鳥はカゴの中にいます。羽が萎れていて、目を開けるのもやっとな様子です。
けれど、必死になって小鳥は身体を起こします。
「ただいま!」
咲音ちゃんの声がしました。
続けて、家にいる動物たちが騒ぎはじめます。遠くの方で、咲音ちゃんが動物たちを宥める声がわずかに聞こえます。
その間も、小鳥は一心に扉を見つめます。
目を閉じそうになりながらも、ずっと見つめます。
待って、待って、待ち続けて。
ようやく、扉は開きました。
「ピーちゃん!」
咲音ちゃんは不安そうに、わずかな期待をこめて鳥かごをのぞきます
しかし、咲音ちゃんの願いは叶いませんでした。
鳥かごの中にいる小鳥は、既に動かなくなっていました。咲音ちゃんが悲鳴をあげて小鳥を包みます。ほのかに暖かく、まだ命の残り火を感じます。
それが、余計に咲音ちゃんの傷を広めました。
もし、先生から頼まれた用事を拒否して、家に帰っていたら。
もし、学校を早退していたら。
……もし、もし、もし。
後悔の記憶が咲音ちゃんの身体と心を縛り付けます。
けれど、忘れてはいけない。忘れてはいけないのです。忘れてしまっては、ピーちゃんの存在をなかったことにするようなものですから。