2 魔王の根城とは……!? フィッシュアイランドを観光しましょ!
子供の記憶を消し、拠点に押し込める。
彼らが戦おうとしている敵は、思った以上に邪悪で姑息です。
敵の狂気に触れ、浮足立っていた子供たちは冷静になり、自然と空気が張り詰めました。
『はいはいどうもーこんにちはっ!』
緊張感のない声がしました。
一匹の魚がピョンピョン跳ねて、劉生君たちに近づいてきたのです。
『ようこそ! フィッシュアイランドへ! ワタシはここの案内人、トビウオのトビビです!』
妙にハイテンションです。
「なにこの魚……。え? 倒した方がいいの?」
リンちゃんたちがドン引きしていると、橙花ちゃんは肩をすくめます。
「多分大丈夫じゃないかな? 万が一襲ってきたとしてもかなり弱いよ」
『ええ! ワタシは弱いです! しかし、いいんですよ。子どもの安全を守り、子どもに楽しんでもらうことこそがワタシたちの生きがいですから』
トビビは誇らしげに跳ねます。
『さてさてっ! それでは遊園地を案内いたします! 最初にどちらへ行きたいですか?』
「どちらって……」
勿論、行きたい場所は魔王の住処です。
ですが、さすがに非戦闘位要員だとしても、いきなり『あんたのボスんとこ、案内してもらえる?』なんてお願いするのは少々危険な気がします。
そう思っていた彼らですが、なんと、橙花ちゃんは、
「魔王のところに案内してくれる? ボクら、魔王を倒したいんだよね」
言いました! 言ってしまいました!
橙花ちゃんらしくない蛮行に、三人がアワアワしてしまいます。
「ちょ、ちょっと蒼ちゃん!? それ言っちゃ駄目でしょ!?」
「違うんですよ、トビビさん! これはジョークのようなもので」
「そうそう! 僕ら魔王を倒したいだなんて思ってないよ! 全然! 全く! これっぽっちも!!」
必死になって言い訳をする三人ですが、トビビはキョトンとしています。
『よく分かりませんけど、魔王様にお会いしたいんですか? 遊園地ではなく?』
「うん」
『遊園地も楽しいですよ!! 遊んでみましょうよ!』
「いや、いい」
『……そうですか』
トビビは落ち込んでしまいました。
なんだか可愛そうです。
『……わかりました。、でも今すぐには難しいかもしれません。あの方はのんびりするのがお好きなので、今頃お昼寝しているかもしれません。お会いできるか確認しますっ! えーっと、タツノオトシゴちゃん!』
ちょうどそのとき、タツノオトシゴがのんびり泳いでいました。トビビの呼びかけに、タツノオトシゴはのんびりと振り返ります。
『なーーーーーーにーーーーー?』
『魔王様に伝言を頼みたいのっ! この方たちと会っていいですかって! あ、そうでした。お名前聞いていませんでしたね』
「蒼が来たっていえば伝わると思うよ」
『分かりました。それでは、お願いするね!』
『わかっーーーーーたーーーーー』
タツノオトシゴはのんびりと頷くと、のんびり歩いていきました。
まるで亀のようなゆっくりとした動きに、橙花ちゃんは目をぱちくりさせました。
「えっと、……結構な時間がかかりそうだね……?」
『仕方ないですよ。タツノオトシゴちゃんですもの! 泳ぎ遅いランキング上位ですもの!』
「他の魚に代えてもらったりできないの?」
『そんなの駄目ですよ』
トビビはパチパチとヒレを叩きます。
『魔王様に早くお伝えしてしまったら、この遊園地の案内ができないではないですかっ!』
「へ? 遊園地の案内?」
橙花ちゃんはきょとんとします。
「別にしなくてもいいんだけど……」
本心からの言葉でしたが、トビビはニコニコと微笑みます。
『いえいえ! させていただきますよ! なんていったって、ワタシはこの遊園地の案内役として、子どもたちの安全と喜びをお守りする使命がありますからっ!』
「いや、別にいいよ。大体ボクらはここを攻めてきているわけだし」
『攻めようが守ろうが関係ありませんよっ!』
トビビはぴょんぴょん跳ねます。
『なんていったって、ワタシはフィッシュアイランドの案内役! 遊園地の中を案内することこそ、ワタシの役目です!』
「……どうしよう。話が通じない……」
暖簾に腕押し状態です。どうしたものかと困っていると、リンちゃんがこっそりと橙花ちゃんに耳打ちします。
「ねえ、このトビウオの言う通りにしてさ、こっそり遊園地を見て回らない? あたしさ、テレビで見たことあるの。敵と戦うときにはちゃんと下調べしないと、どんなに強い人でも負けちゃうって。だからさ、ここでしっかりと見て回って下調べしようよ」
耳を立てていた吉人君も賛同します。
「いわゆる、天の時は地の利にしかず、ですね。いかにラッキーなことがあったとしても、地の利を得た敵には及びません。ここで地の利を獲得して、敵との戦闘で有利な立場になろう、ということですね。僕も道ノ崎さんの意見に賛成します」
「……」
橙花ちゃんは考え込みますが、小さく頷きます。
「分かった。ボクもここには何度か乗り込んではいたけど、全体は見て回ったことないからね。ちょうどいい機会だから、回ってみようか」
「やった!」
リンちゃんは思わずガッツポーズを取ってしまいました。橙花ちゃんの視線に気づき、バツが悪そうに頬をかきます。
「ごめん。蒼ちゃんにはああいったけど、あたしって遊園地行ったことないからはしゃいじゃった。で、でも安心してね。真面目に偵察もするからさ!」
「そうだね。敵がいつ襲ってくるか分からないから、警戒した方がいいよ」
「うん、分かった! それじゃあ、最初は何処から乗ろうか?」
分かったといいながらも、嬉しそうにキョロキョロ見渡しています。劉生君や吉人君はリンちゃんほどではありませんが、それでも目の前の楽しそうな空間に心を奪われてしまっています。
「僕はね、メリーゴーランドがいいな!」
「いえいえ、ここは紳士的に観覧車一択です」
「観覧車って紳士的なの? あたしはね、ゴーカートに乗りたい!」
『こちらのアトラクションもおすすめですよっ!』
三人とトビビはわきゃわきゃと行く場所を考えはじめました。
「全く。ここは恐ろしい魔王の根城だっていうのに、あんなにはしゃぐなんてね」
呆れてため息をつきますが、嬉しそうな三人を見ていると思わず顔がほころんでしまいます。
「……とにかく、ボクだけでも警戒しておかないとね」
泳ぐ速度が悲惨なほどに遅いタツノオトシゴに伝言を頼むなんて、何か裏があるに違いありません。こうして自分たちを泳がせている間に危害を加えるつもりなのでしょう。
例えば、ジェットコースターで一番高いところから一気に降りていくとき。そこに世界最大の魚であるジンベイザメが口を開けてまっていたとしたら、みんなまとめてジンベイザメの腹の中です。
例えばゴーカートでも、後ろから世界最速のカジキが追ってきたら、すぐに捕まってしまうことでしょう。
そんな危険をいかに回避しようか。橙花ちゃんは脳内で綿密なプランを立ててます。プランニングは決して無駄になることはないでしょう。
絶対に何かが起こる。そうに違いない。橙花ちゃんは確信めいたものを胸に感じました。
最初に行くアトラクションが決まったようです。どうみたってはしゃいでいる三人とは違い、彼女だけは冷静沈着に彼らについていきました。