3 情報求む、トトリちゃん!
それから、何度も何度も、咲音ちゃんは帰ってきては、遊んでくれて、また帰ってきては、遊んでくれます。
ノアールが来たのは、あの日だけでした。
他の日は、動物の気配さえありません。
いつもだったら、一週間に一回、大人の女性がやってきて咲音ちゃんにピアノを教えてくれますが、その人たちさえも来ません。
何だったら、咲音ちゃんのご両親さえも来ません。
楽しい日々。
楽しい生活。
けれど、咲音ちゃんと遊んで、すごく楽しい時間を過ごしてるときに限って、ノアールの真っすぐな瞳が頭をよぎるのです。
そのたびに、ひざが痛んで。
そのたびに、違和感の正体を探ろうとして。
そのたびに、ノイズが訪れます。
そしてまた、咲音ちゃんが帰ってきてくれるのです。
嬉しい。
その気持ちは間違っていません。咲音ちゃんとずっと一緒に遊びたいと願っていたのは事実です。辛いとき、寂しい時、身体が冷たくなって怖くて泣きだしそうなとき、あの子と共にいたい、あの子の温もりに触れたいと、ピーちゃんはずっとずっと願っていました。
……けれど。
本当に、これでいいのでしょうか。
季節は流れず、冬のまま。寒いまま、咲音ちゃんが鳥かごを開けてくれます。
「ただいま、ピーちゃん。お利口にしていた?」
彼女は微笑みます。
いつまでも、同じ笑顔を。
『本当に、それでいいの?』
誰かが呼びかけてきました。
目を閉じると、浮かび上がってきたのは一羽のクジャクです。
『何度も聞く。何度も尋ねる。……君は、それでいいの?』
「……」
ピーちゃんは、クジャクを見つめます。彼女の瞳はノアールのように真っ黒で澄んでいました。彼女が何者なのか、分かりません。僕には分かりません。
だけど、ピーちゃんは、答えました。
「……だめ、だよ。こんなの、駄目だよ」
その声は、咲音ちゃんに褒めてもらった、清らかな声ではありません。咲音ちゃんと同じような人間の声。男子の声でした。
その声の正体に気づいたとき、彼は、はたと気づきました。
「あ、あれ……? 僕、どうして鳥になってるの!?」
自分が鳥になっていることを。
そして、自分の正体を。
そう、彼は赤野劉生君。この作品の主人公だったのです。
「ど、どうしてだろう……」
記憶を一生懸命探ってみます。
「えーっと、リオンに乗せてもらって、トリドリツリーに着いたんだよね。だけど見えない壁にぶつかったから、こうなったら力任せで突撃だ! って思って、『ドラゴンソード』で壊して、中に入って……」
そこからの記憶が、ぶつ切りになっていて、どう頭をひねっても思い出せません。
「うっー。あ、そうだ!」
劉生君は先ほど頭の中にクジャクの姿を見たことを思い出します。
クジャクの羽を身にまとった灰色の鳥。あれはトリドリツリーの魔王、トトリに違いありません。
「トトリさーん!助けてー!僕、どうなっちゃってるの!!」
しかし、いくら呼び掛けてもトトリは出てきません。
「あれ……?おかしいなあ、さっきの声は確かにトトリだったはずなんだけど……」
首をかしげていると、扉が開いて、いつも通り咲音ちゃんが入ってきました。
いつも通りの可愛らしい笑顔を浮かべて、いつも通りの台詞を口にしようとします。
その前に、劉生君は叫びます。
「咲音ちゃんっ!やっと会えた!一緒に帰ろう!!」
しかし、咲音ちゃんはふふっと、笑うばかり。
「そんなに焦らなくても、外に出してあげるよ」
鳥かごを開けて「どうぞ」と声をかけてきます。
「ちょっと!無視しないで!!」
劉生君はぷんぷんと怒り、羽をバサバサさせます。
「僕はカゴの中から出たいんじゃないの!ミラクルランドから出たいの!」
「あら。今日は機嫌が悪いのね」
咲音ちゃんは困ったように眉をヘの字にして、学習机の椅子に座ります。
「遊びたいなあって思ったら、出てきていいからね」
「いやいや、そうじゃなくてさ!」
いくら訴えても、咲音ちゃんは返事を返してくれません。
「もしかして、僕の声が聞こえてないのかな?」
試しに、『勇気ヒーロードラゴンジャー』の素晴らしさを事細かに伝えてみます。『勇気ヒーロードラゴンファイブ』を代表する神回、「炎に燃えよ!サイバーZ!」回の起承転結も話してみましたが、咲音ちゃんは感動するしぐさ一つもみせません。
「これはもしかして、本当に聞こえてないのかも……!」
『そんな判断基準でいいの?』
頭の中で呆れたような声が響きました。
「あれ、この声はトトリ!トトリだね!やっぱりいたんだ!トトリはいたんだ!」
『小さき子ならともかく、お前と話す気はなかったからな』
「えっ!?ひどい!」
ちなみに、トトリは先ほど劉生君が自分のことを呼んでいたのを気づいていました。気づいていましたが、無視しました。なぜなら劉生君と話したくなかったからです。
「って、そうだ、トトリ!ここってどこなの?咲音ちゃんに僕の声が届いてないんだけど?あと、僕、鳥なんだけど!」
脳内トトリはうんうんと微笑みながら頷きます。
『なるほどねえ。咲音ちゃんを倒してないのに、どうしてワタシがお前の脳内で出てきているのかを知りたいんだ』
「そんなこと聞いてないよ!?ひとかけらも聞いてないよ!?」
『仕方ない。面倒だけど、教えてあげるよ』
「別にいいよそれは!」
劉生君の言葉に聞く耳を一切持たず、トトリは話し始めます。
『ここはあの子、咲音ちゃんの願いによって生まれた世界。だから、実態を持たないワタシのような存在も逝き続けることができる』
「ね、願い……?」
『そう、願い。別の言い方をすると、夢の世界、幻の世界、虚構の世界』
「つまり、僕の声が咲音ちゃんに聞こえないのも、咲音ちゃんが願ってないからってこと?」
『そうかもしれないね』
「そっか……」
落ち込んだのは一瞬。すぐに劉生君は気を取り直します。
「でも、僕は咲音ちゃんがどんなに嫌がっても連れて帰るって決めたんだもん!僕、頑張る!」
『本当にお前は自分勝手な子供だね』
冷たい言葉を投げ掛けつつも、彼を見る眼差しはどこか優しげです。
『ここを出るためには、あの子の願いを壊す必要がある』
唐突に、トトリは劉生君が一番求めたかった答えを口にしました。
『言葉は届かない。なぜならお前はあの子から人間と認識されていない。だから、お前はあくまで鳥として、あの子の願いを挫け』
方法は自分で考えろ、と言い捨て、彼女は飛び立ちました。声も聞こえなくなり、彼女の気配もなくなりました。
もしかしたらどこかで劉生君のことを見ているのかもしれません。けれど、もう話しかけても答えてくれないんだろうな、と劉生君は察しました。
「急に出てきて、急にいなくなるなんて、トトリの方が自分勝手だよ」
ブーブー文句を言いながらも、彼の頭は、どうやって咲音ちゃんを助けようかと懸命に考えていました。