4 知らないのなら、知りたいんだ
劉生君は黙ってしまいました。
クラスでの居心地があまり良くないと、みつる君がこぼしていたのは気づいていました。
けれど、元の世界に帰りたくないと頑なに拒否するほど苦しんでいるとは思いもしませんでした。
劉生君は、みつる君のことを何でも知っている、理解できていると勘違いしていました。
好きな料理や苦手な料理、口癖などなど。
みつる君のことは何でも知っていると思い込んでいました。
実際は、違いました。
何も分かっていなかったのです。
「……赤野っち。別にそんなに落ち込まなくていいんだよ」
みつる君は声色を柔らかくします。
「俺はマーマル城にいた魔王レオンみたいに、赤野っちをどうにかするつもりはないよ。帰ってくれればいい。それだけでいいから。そのせいで俺が死んじゃっても、仕方ないことだから」
仕方ないこと。
それなら、みんなが病院のベッドに並んでいたのも、仕方ないことなのでしょうか。
「……違う」
胸を切り裂くようなあの苦しみは、「仕方ないこと」で片付ける問題なのでしょうか。
「絶対に、違う。仕方がない、なんてことはない!!」
一瞬ビックリしたみつる君でしたが、すぐに顔を真っ赤にさせて怒鳴り返します。
「なんだよ! 俺のこと、何にも分からないくせに!!!」
「僕はみつる君のことは分からないかもしれない! だから、これから分かりたいんだ!」
「分かるわけないよ。赤野っちみたいな友達がたくさんいる子には分かるはずがないよ!!」
もしかしたら、いや、本当のところは、みつる君の言葉は正しいのでしょう。
劉生君は今まで虐められたことはありません。本当はわずかながら陰口を叩かれ、持ち物を隠されていた時期もありましたが、リンちゃんが瞬時に見つけて根絶させたので、実質、経験なしです。
一人ぼっちになることもなく、リンちゃんや、クラスで仲良くなった子と一緒に遊んでいました。
ですので、孤独の苦しみも、居心地の悪さも感じたことがありません。
みつる君の苦しみを本当の意味で理解することはできません。劉生君はそれが分かっていました。
けど、それでも。いや、それだからこそ。
劉生君は新聞紙の剣を振り回します。
ささくれたパンが身体を傷つけ、血がしたたり落ちます。
息をのむみつる君に、劉生君は吠えます。
「僕は分かりたい。みつる君が苦しんでいる気持ち、全部分からないかもしれない。でも、分かりたいの。だって、みつる君は僕の友達だもんっ!」
一気に剣が燃えます。火力のおかげか、劉生君の願いが剣に通じたおかげか、フランスパンの檻にヒビが生え、
織が破られました。
「なっ!」
みつる君は固まってしまい、対応が後手に回りました。何も出来ぬまま、劉生君はみつる君の目の前に飛び出して、剣を突きつけました。
「……」
みつる君は腰が抜けて、しゃがみこみます。
形勢逆転のチャンスを必死に探ってみますが、諦めたのでしょう。唇を噛み締めて、俯きます。
「……あはは、負けちゃったか。……そっか……」
ひどく残念そうに、ため息をつきます。
友之助君を倒したときとは違い、まだ未練を残しています。
「……みつる君……」
誰にどう非難されようとも、ミラクルランドからみんなを連れ戻したい、劉生君はそんな自分勝手ともいえる願いを胸に抱え、ここまで来ています。
みつる君が嫌がろうとも、引きずってでも連れて帰る覚悟はあります。
それでも、こんなに悲しげな彼を見ていると、わずかながら迷いが生じてしまいます。そのせいでしょう。城の異変を察することができませんでした。
どこかで何かが崩れる音がしました。
フィッシュアイランドでのアトラクションの崩壊が頭をよぎった、その時。
「……え?」
みつる君が立っていた場所が、崩れました。
「う、うわああ!」
足場となっていた床ともども、みつる君は下に落ちていきそうになりました。
「っ! みつる君!」
劉生君は、みつる君の手を取りました。
「ぐうっ……! みつる君、しっかり捕まってて!」
「あ、赤野っち……」
みつる君の頬に、ぽたりと血がしたたりました。みつる君の血液ではありません。降ってきたのは上から、劉生君の身体からです。
みつる君は劉生君を見上げ、目を大きく見開きます。
足は焼けただれ、痛々しそうに腫れています。体中は切り傷だらけで、そこから血がぽたり、ぽたりと滴っていました。
みつる君を引っ張っているだけでも、相当腕に負担をかかっているに違いありません。現に、劉生君は顔を歪ませています。
みつる君は気づきました。劉生君は、自分が思っているよりも傷ついて、苦しんでいるのだと。
「……赤野っち。手を離しなよ。現実世界ならともかく、ここはミラクルランドだよ。下に落ちたからって、死んじゃうことはないよ」
笑いながら下を見て、みつる君は固まってしまいました。
「なぅ、あ、あれって」
ちょうど下にあったのは、熱々のチョコレートフォンデュの噴水でした。
落ちたら「痛い」だけではすみません。
それでも、みつる君は強がってこう言います。
「あ、赤野っち。手を離して。別にいいから。痛い思いも、我慢するから」
「嫌だ」
劉生君は即答します。
「僕は、もうみつる君に苦しい思いをさせたくない。痛い思いをさせたくない。絶対に!! だって、友達だもん!」
「……大切な友達……」
みつる君は、信じられないとばかりに表情を歪めます。
「俺のことを友達と思ってくれて、ありがとう。でも、赤野っちにとっては俺はただの友達の一人でしょ。そんな奴のために、身体を張る必要なんてな」
「嫌だ」
劉生君は、真っすぐみつる君を見つめます。
「みつる君は、ただの友達なんかじゃない。大切な友達だよ。だから、みつる君が嫌だっていっても、僕は絶対に離さない。絶対に、絶対にね!!」
「……」
「それで、一緒に帰る! それから、一緒に遊ぶ!! 決定事項なんだからね!!!」
「……決定事項、か」
みつる君は、思わず微笑んでしまいました。
その真っすぐな眼差しは心地よくて、暖かくて、全てを委ねたくなるような、そんな気持ちになったのです。
劉生君の懸命な努力で、みつる君を引っ張り上げることができました。
「ふう、ふう、よかった、怪我はない?」
「……赤野っちと比べたら、そんなに酷くないよ」
みつる君は思わず視線を反らします。
「……ごめん。俺、赤野っちのこと、酷いことばっかり言っていたね」
「ひどいこと?」
「……俺のこと、本当の意味で分かってないって。俺も、赤野っちがどれだけ傷ついているのか分かってなかった」
「そうなの? 別にいいよ! そんなに痛くないから!」
それに、といって、劉生君はうつむきます。
「……僕だって、みつる君が本当は苦しいって気持ち、わからなかった。……ごめん」
それでも、と劉生君はみつる君を不安げに見つめます。
「……僕の友達でいてくれる……?」
みつる君は、肩の力を緩めます。
みつる君は、ずっと、こう思っていました。
自分の苦楽を全て理解できるような子が自分の友達だと。
けど、劉生君がどんなに必死になって自分を助けようとしていたのか、どれだけ痛い思いをしてここまでたどり着いたのか、みつる君は分かっていませんでした。
それなのに、劉生君は自分に手を差し伸ばしてくれます。
「……」
全てを理解しあうこと。それは別に友達になる条件ではないのではないか、とみつる君は思い始めました。
「……俺でいいの?」
おそるおそる聞き返すみつる君に、劉生君は満面の笑みで返します。
「こちらこそ!」
みつる君は劉生君と手を繋ぎました、
劉生君に剣を突きつけたときとは違う、柔らかい笑みでした。