3 使えるものは何でも使って、いざみつる君のところへ!
劉生君は牛の魔物に乗っていました。
「頑張れ!牛さん!ファイト!」
『ひどいモー!パワハラだモー!』
劉生君はニコニコ笑顔で牛に乗り、牛はピーピー喚きながら階段を登っていきます。
「牛さん、そんな泣かないで。僕は悪い人じゃないよ!」
『そんなこと言われても困るモー!怖いモー!』
ちなみに、劉生君は別に牛を脅迫したわけではありません。「上に行きたいんだけど、乗せていって!」とお願いしただけです。
しかし、牛からすると、相手は一度とならず二度も魔物に襲ってきた人間です。背丈こそ小さいですが、牛の目で見れば悪魔か闇の化身にしか見えません。
そんな恐ろしい存在相手からの「お願い」を拒否するなんて、到底できません。無理です。放牧されるに決まっています。
ですので、牛は涙目、劉生君はニコニコしている、というわけです。
怯えきってはいますが、腐っても牛、泣き虫とはいえ魔物です。
城内部の魔物しか知らない階段を登って登って、
そして、
最上階へとたどり着きました。
○○○
王がいる間の内装も、城の外装同様、よくいえば身近、悪くいえばチープな食べ物で作られていました。
食べ物の種類も何もバラバラですが、どこかでこんなラインナップを見たことがあるような気がします。
首をかしげていると、懐かしい声が聞こえてきました。
「赤野っち。前の方がよかったなって思ってるでしょ」
玉座の前に立つ男の子は、劉生君に背を向けたまま呟きます。
彼の声色はどこか寂しげで、苦しそうでした。
劉生君は彼の背中をじっと見つめて、彼の名を呼びます。
「……みつる君……」
みつる君が振り返ります。彼の表情はとても悲しげで、疲れきっています。劉生君と戦わなくてはならないから、という心労のせいでもありますが、それ以外のストレスも抱えているようです。
せっかく奇跡の世界、ミラクルランドに来たというのに、苦しそうです。
思わず、新聞紙の剣を下に下ろしてしまいます。
「みつる君、大丈夫……?」
すると、みつる君は微笑しました。
「これから戦う相手を気遣うなんて、赤野っちらしいよ。だからといって、手加減しないからね」
みつる君はフライパンを手にします。
「<クッキング=アンセーフ>」
フライパンを軽く振ると、金色の光を放ち、白いお餅が出てきました。
足止めさせる気でしょう。ピンときた劉生君は、小籠包と同じ方法、「火力を高めて燃やしてしまおう」の策に打って出ました。
「焼き餅になっちゃえ!<ファイアーバーニング>!」
お餅の表面に焦げ目がつき、固くなりました。これで伸びることもありません。劉生君に当たってコロコロと転がります。
「ならこれで!<クッキング=アンセーフ>!」
フライパンから飛び出したのは、肉団子や白菜、豆腐などなど、たくさんの具材が入った料理、鍋です。
熱々ですので、少しでも触れてしまえば火傷するでしょう。
けれど、劉生君は慌てることなく、手慣れた様子で<ファイアーウォール>を放ちます。
炎の壁に触れ、鍋の汁具は液体個体かかわらず蒸発しました。
「やっぱり、赤野っちには効かないか……」
みつる君は攻撃の手を緩めます。
この隙を逃すまいと、劉生君はみつる君に呼び掛けます。
「みつる君!ここにいても死んじゃうだけだよ!向こうに帰ろう!そりゃあ、ミラクルランドも楽しいけど、もとの世界だって楽しいよ!」
「……楽しい……?」
みつる君の空気が一変しました。
「俺のことを何にも知らない癖に、知った口聞かないでよ!!」
みつる君は激昂し、フライパンを振ります。
「<クッキング=アンセーフ>!」
黄金の光と共に現れたのは細かく砕いた氷、巨大なかき氷です。
かき氷はゆっくり傾くと、劉生君の頭上に降り注ぎました。
「わあ!ふぁ、<ファイアー」
しかし、劉生君の技は間に合いませんでした。かき氷を頭からかぶってしまいます。
「あぶぶぶぶ、冷たい!」
ここで、皆様に問題です。
暑い夏には是非とも食べたい、美味しいかき氷ですが、食べることにより弊害も生じます。一体、どんな弊害でしょうか。
答えは、頭がキーンとする、です。
ここ、ミラクルランドのかき氷は、どうやら食べずして頭が痛くなるようです。劉生君は身体をふらつかせて、頭を抱えます。
「ううっ、目の前がクラクラする……」
これでは攻撃どころではありません。
ふらつく劉生君を、ここぞとばかりにみつる君は追撃します。
「<クッキング=アンセーフ>!」
出したのは網目状に編まれたフランスパンの檻です。劉生君をがっつりと拘束します。
「ぎゃあ! 捕まっちゃった!?」
頑張って逃げようと、剣を振り回し、噛みついてみましたが、檻は緩みません。
何せ、檻はフランスパンで作られています。ただでさえ歯が欠けそうなほどに固いパンを、丁寧に編み込んでいますので、ヒビ一つつきません。
むしろ、中途半端に攻撃をしたせいでフランスパンの欠片がささくれ立ち、劉生君の身体に傷をつけます。
「うっ、動けない……」
「まあね。そうしたんだから」
檻のそばまでみつる君が近づいてきます。やっぱり顔色が悪く、どこか疲れています。
「ねえ、赤野っち」
みつる君はちらりと部屋の内装に目をやります。まるで劉生君が王の間に入っていた時のように、悲しげな表情を浮かべています。
「マーマル城、こんな風にかっこ悪くなったのは、どうしてだと思う?」
唐突な質問に、劉生君はキョトンとしました。とはいえ、せっかく会話になりそうな場面が来たのです。さっきはよく分からないまま怒られてしまったこともあり、追及せず、必死に答えを考えてみます。
「えっと、えっと、あ、そうだ。みつる君の願いが反映してるって、ギョエイが言っていたよ」
「うん。俺の願いのせい。正確に言うと、俺がずっと心の底で気になっちゃっている思いのせいで、こんな不格好な姿になったんだと思ってる」
「……? どういうこと?」
話が見えてきません。劉生君が問いかけると、みつる君はゆっくりと瞬きをして、劉生君を見ます。
「今のマーマル城はね、学校の給食に出てきたメニューで出来てるんだ。その理由はね、赤野っち。給食の時間だけが、学校生活の中でほっとできる時間だった。食べることに集中すればいいからね。それ以外の時間は、……苦痛だったんだ」
劉生君はハッとします。
同時に、劉生君の脳裏に浮かんだのは、みつる君が一人寂しく教室の席に座る姿でした。
「みつる君、あの」
「言わなくてもいいよ」
みつる君は首を横に振ります。
「先生に相談するほど、ひどくはない。けど、学校に行くのは辛くなるような時間がずっと続いたんだ」
ぎゅっと手を握りしめます。話すのも辛そう、だけどもう止めることもできず、傷つきながら言葉を紡ぎます。
「もちろん、家に帰ると好きな料理を作れるし、クラブがある日は聖菜っちと一緒にご飯作れる。最近はみんなと遊べて、すごく楽しかった。でも、教室にいる時間はしんどくてね」
気が付くと、みつる君は涙目になっています。声も震えています。
「もうすぐでクラス替えで、赤野っちたちと同じクラスになれたら、こんな苦しくなくなるかもしれない。でも、もし違ったら? 友達が一人もいないクラスになったら? そう思うと辛くて辛くて、仕方なかった」
目をこすり、大きく息を吸って吐きます。
「だから、俺はミラクルランドに残る。……そう決めたんだ」