1 またひとつ、大人になる劉生君
バシャン、と豪快な水音を立てて、ギョエイはぐんぐんと空を飛んでいきます。
「えっ、空飛べるの!?」
『おや、君たちの世界では、魚は飛ばないのかい?』
「うん、あっ、トビウオは飛ぶよ。けど、水面をピョンって飛ぶだけだよ」
『へえ、そうなんだ。それは不便だ』
「不便なのかな?どうなんだろう。魚たちはそうは思ってないよ」
『ふふっ、確かに。ボクらもミラクルランドの外に出たいとは思わないように、魚たちも空を飛びたいとは思わないのかな?』
ギョエイは楽しげに笑います。
前に戦いあった相手とは思えないほどの和やかな空気です。
だからこそ、劉生君には聞きたいことがありました。
「……ねえ、ギョエイさん。ギョエイさんが僕らをフィッシュアイランドに閉じ込めようとしてたのってさ、そうしないと僕らが死んじゃってたから、なの?」
『まあ、うん。そうだね』
ギョエイは複雑そうに首を縦に振ります。
『本当は、もう少し穏当なやり方を取りたかったけど、蒼もボクの声に耳を貸さないし、他の王たちはどんな手段を使っても蒼を倒そうとしていたから、なりふり構っていられなかったんだ』
劉生君はうつむきます。
「……ごめんね。僕、知らなかったよ」
『ううん。ボクがもっとしっかり説明しておけばよかっただけだから、君が責任を感じる必要はないよ』
ギョエイはパチリとウインクをします。
『君はみつる君を倒すことに集中すればいいさ』
「うっ、そうだね。……みつる君と戦わないといけないのかな」
『うん。辛いかもしれないけど、戦いになるのは避けられないね』
「……」
胸が締め付けられるように苦しくなって、劉生君は顔を上げます。
遠くでかすんでいたお菓子の城は、気づけば輪郭がはっきりと見えるようになっていました。
マーマル王国へと続く、大きな門の前までたどり着きました。さすがに門は固く閉まっていて、気軽に入れる様子はありません。
ギョエイは速度を落とし、地上に降りました。
『思ったよりも強い結界が張ってるね』
苦しげな声色です。その時になって、ようやくギョエイの顔が歪んでいるのに気が付きました。
「だ、大丈夫? どうかしたの?」
『そっか。ボクたち限定の結界か。実はね、目には見えないシールドが張られていて、他の国のものは入れないようになってるみたいなんだ。……正直、ここにいるだけでも結構しんどいかな』
ギョエイは違和感に耐えるように吐息します。実際、並みの魔物では尾びれを巻いて逃げてもおかしくはない苦痛がギョエイを襲っています。
これも橙花ちゃんの力です。もしも何らかの支障が生じ、魔物が反旗を翻しても、対策できるよう考えていたのです。
彼女の周到さにギョエイは舌を巻き、その一方で、彼女に挑もうと戦意に燃える劉生君の温度を背中に感じました。
『……だけど、ボクは君を全力でサポートしたい。だから、劉生君。しっかり捕まっていて』
「へ?」
ギョエイの身体から黄色の光がほとばしります。
「わっ、わっ、わっ! まぶしい!」
『害はないから、安心して』
小さく笑うと、ギョエイは鋭く言い放ちます。
『<離岸流>っ!』
ここで、読者の皆様と、ギョエイの技について復習しましょう。
ギョエイの技は全部で三種類あります。そのどれも水害関係の名称を使っていましたね。
では、離岸流はどのような技でしたでしょうか。
答えは簡単。ものすごい勢いの水流を生み出す力です。
そのものすごい水流を門にぶつけました。あんなに強固に閉まっていた門はあっけなく壊れ、中に入れるようになりました。
『この勢いで、いくよ!』
「へ? うわあっ!」
流れに乗って、ギョエイはそのままマーマル王国の門をくぐりました。その早さはまるでジェットコースターのよう! 劉生君は悲鳴をあげてギョエイにしがみつきます。
「ひええ! もう少し、もう少しゆっくり!」
『ごめん、あまりのんびり出来ないんだっ!』
暗い道を抜けて、二つ目の門をくぐり、ギョエイと劉生君はマーマル王国へと飛んで入っていきました。
中にいた魔物や子供たちはビックリ仰天し、慌てふためきます。
「なんだなんだ!」『ぎょ、ギョエイだ!』「や、やっつけないと!」
子供たちや魔物たちの何人か、何匹かはギョエイに挑んできました。劉生君が新聞紙の剣を構えようとしますが、ギョエイはヒレでそれを制します。
『ボクが抑える。君は力を温存させていて』
ぱちりとウインクをして、ギョエイは再び黄色のオーラを発します。
『<リサーキュレーション>
っ!』
<リサーキュレーション>
。渦巻く水球をうみ出す、かなり強力な技です。この技を使って、まずは魔物を葬ります。子供相手には、また別の技をかけます。
『<フットエントラップメント>っ!』
フットエントラップメント。足を固定して、水圧で下に叩きつける技です。けれど、前に劉生君たちにかけたほど水圧は弱く設定しています。痛くはありませんが、一歩も足が動かすことができません。
魔物たちはギョエイの技から逃げながら、恨めしげに叫びます。
『畜生、ギョエイの奴めっ! 子供相手にはあんなに優しい癖に、オレらには容赦ねえ!』『あの子供好きがっ!』
ギョエイはむっとして、ヒレを上下させます。
『みんな誤解しているけど、ボクは子供好きってほどではないよ。ただ子供たちは小さくて弱いから、大切にしないといけないだけだって。まあ、劉生君や蒼は強いけど、けど、小さいからね。大切にしないといけないよ! うん!』
一人で納得しながら、ギョエイは子供たちよりも小さなイタチやネズミを容赦なく倒していきます。
「……」
劉生君は突っ込みたい気持ちを抱きながら、口を閉ざしました。言いたいことを我慢するのは、劉生君の人生でこれが最初かもしれません。劉生君はまた一歩、大人に近づきました。