17 フィッシュランドをあとにして、目指すはマーマル王国
可愛いらしい笑顔マークが、真っ白なお腹に描かれている魚、ギョエイが劉生君たちを加えて飛んでいました。
劉生君は悲鳴を上げて暴れます。
「ぎゃあ!ギョエイ!?どうして!倒したはずじゃ!?」
李火君は必死で劉生君の動きをおさえます。
「頼むから暴れるな!落ちるぞ!!」
「けどっ!」
パニックになる劉生君たちとは違い、ギョエイはのんびりと答えます。
『おや、蒼から聞いていないのかな?ボクたちは一度倒されても時がたてば復活するんだよ』
「そうなの!?……言われてみれば、確かにそんなこと言ってたかも」
ちょうど劉生君も思い出しました。ならば、なおのこと疑問が残りますが、それよりも、他の子達のことです。
友之助君は不安げに地上に残った子達を探そうとします。彼の視線に気づいたのか、ギョエイは『心配しなくていいよ』と優しく声をかけます。
『子供達は全員ボクの部下が助けたよ。ほら、あそこにトビビがいる』
ギョエイがヒレで指します。
その先には、トビビを始め、たくさんの魚が子供を連れて上へ上へと泳ぎ、観覧車に巻き込まれないほど高い位置まで避難していました。
友之助君は肩の力を抜いて、安堵のため息をつきます
ギョエイはキョロキョロを辺りを見渡して、少し高くなっている石の上にみんなを下ろしました。
『この石は、元々自然にあるものだから、崩れる心配もないよ』
幸路君は不思議そうに首を傾げます。
「崩れる? どういうことだ……ってあれ!?」
幸路君は下に広がる光景を見て、ビックリ仰天します。
「ふぃ、フィッシュアイランドが滅茶苦茶になってる!?」
観覧車だけではありません。メリーゴーランドやジェットコースター、お化け屋敷にまで、横に倒れ潰れ、残骸をまき散らしています。
みんなが呆然とする中、李火君は正気に戻り、ギョエイを睨みました。
「もしかして、あなたがたがフィッシュアイランドのアトラクションを潰したの?」
『え? ち、違うよ! そんなことはないよ!』
ギョエイは必死にふるふると首を横に振ります。
『これはボクらは一切関与してないよ。友之助君が劉生君に負けたのが理由だね』
李火君は冷たい眼差しを向け、信じられないとばかりに鼻を鳴らします。
「友之助君ごときが負けたせいでこうなった? 言い訳ならもう少し内容考えてくれる?」
『言い訳じゃないよ。本当なんだ』
「ふうん。嘘にしか思えないけど。ねえ、みお」
みおちゃんは強く頷きます。
「うん! 嘘だよ! この魚は嘘をついてる!」「ほら、みおもこう言ってる」
『う、嘘じゃないよ。本当なんだって。信じてよ……』
「どうしょうかねえ、李火」「どうようかなあ、みお」
『そんな……』
友之助君が二人を制止します。
「虐めるのは止めてやれ。話が進まない」
聖菜ちゃんもうんうんと頷きます。
「……李火は、ギョエイさんを虐めすぎ。……昔から、そうだった」
幸路君も懐かしそうに目を細めます。
「それなあ。それで蒼が止めに行く流れだったな。みおもプラスされて、そーじょー効果になっててすごいぜ!」
『うん、そうだね……』
ギョエイは怒られてしゅんとしています。
劉生君はついついギョエイを怖がってしまいましたが、その姿を見ていると、もしかして今のギョエイは悪い人ならぬ悪い魚ではないのかもしれないと思うようになりました。
「あの、ギョエイさん……」
少し落ち込みながら、劉生君を見ます。
そこで、劉生君はあることに気づきました。劉生君と戦っていた時は赤い目に赤いオーラをまとっていました。けれど、今のギョエイは黒い目ですし、オーラも何もまとっていません。
「雰囲気変わったね。目も黒くなってるし……」
『ああ、うん。そもそも、赤ノ君がいたせいで赤くなっていたからね。劉生君が赤ノ君を倒したから、元に戻ったんだ。こっちのほうがいいよね?』
くるりと回転します。水族館で見るごく普通のエイにみえます。
「うーん。そうだね。そっちの方が怖くなくていいと思う!」
『そっかそっか。ならよかった』
ちなみに、他の魔物たちも赤くなくなっていた理由も、赤ノ君がいなくなったからでした。小さな疑問を解決したところで、李火君は最初に劉生君が投げかけた質問を再度投げかけます。
「それで、どうして魔王ギョエイが目覚めたの? 蒼の力で封印していたはずだけど」
『ああ。それはね、友之助君たちを劉生君が倒したからだね。それでボクの封印が解けたんだ。ちなみに、アトラクションが壊れたも同じ理由。劉生君が友之助君に勝ったからだよ』
「またそんなことを言って……」
『いや、でも、事実だから……』
ギョエイはしどろもどろになりながらも、言葉を継ぎます。
『ボクが蒼に倒されてから、フィッシュアイランドを自由にする権利がボクから蒼に移ったんだ。空の五角形が青色になったでしょ? それがその証拠だよ。それからのやり取りは憶測だけど、蒼はここの管理を友之助君たちに託したんだよね?』
友之助君が複雑そうに頷きます。劉生君に勝てなかった負い目からでしょう。ギョエイは彼を励ますように『大丈夫、責めている訳じゃないから』と微笑みます。
『そして、劉生君が友之助君に勝った。そのおかげで蒼が握っていた主導権が解除されて、ボクに戻ったんだ。まあ、そのせいで君たちが願って作ったアトラクションが跡形もなく崩れちゃったんだけどね』
「……なるほどね」
李火君は空を見上げます。
「道理で、青い五角形の一角が黄色くなっているんだね」
「またまた、李火ったら適当なことを言うなって本当だ! 黄色くなってる!?」
「さっきも聞いた気がするそんな会話」
既視感を抱く幸路君の言葉はひとまず置いておき、空に描かれた五角形を見てみましょう。
橙花ちゃんが魔王たちを倒してから、五角形は黄色から青色に変わっていました。
赤色は魔王たちの色、青色は橙花ちゃんの色ですので、劉生君が青の五角形を見た当初、「これでミラクルランドも魔王の恐怖に怖がらなくてすむ」と安心していました。
そんな青色の五角形ですが、一角だけ黄色になっていたのです。
「でも、どうして黄色なの?」
劉生君が尋ねると、ギョエイが答えるより先にみおちゃんが元気よく答えました。
「あのね、最初に戻ったんだと思うよ! だって、元々そうだったもん!」
「最初? けど、最初は赤色だったような」
『その前の話だよ』
ギョエイは小さく首を横に振り、空を見上げ、懐かしそうに目を細めます。
『諸刃ノ君がボクらの上に立つ前、ミラクルランドは黄色の五角形が浮かんでいたんだ。黄色はボクらの色だからね。やっぱ、こっちの方がいいな。ねえ、劉生君』
「うーん、赤の方がよかった!」
『そ、そうなんだ……』
若干落ち込むギョエイですが、『それはともかく』と気をとりなおし、劉生君をじっと見つめます。
『これから君は、蒼と戦うつもりなんだよね』
「出来れば戦わないで一緒に帰りたいけど」
『それは無理かな』
ギョエイは小さくため息をつきます。
『あの子は、一度こうと決めたら変えない子だから』
友之助君をはじめ、ムラの子供たちは強く頷きました。
『だから、蒼を君たちの世界に戻したいのなら、彼女と戦わないといけない。けれど、今のままでは、彼女に勝つことはできない』
「そんなことないよ!僕が頑張れば橙花ちゃんだって、」
『いや。絶対に無理なんだ』
ギョエイは悲しげに首を横に振ります。
『さっきも言った通り、蒼はミラクルランド全土の支配権を握っている。今のままでは、絶対に勝てない。かといって、君は絶対に負けを認めないでしょ』
「当然!!!」
『うん、そうだよね』
ふっと優しく微笑みます。
『だから、君にアドバイス。蒼と挑む前に、まずは他の国の支配権を奪い返してみて。そしたら、ボクや他の王が蒼にも負けないよう力を貸すことができるんだ』
「えー、僕、そんなことしたくないよ。橙花ちゃんだけじゃなくて、リンちゃんや吉人君、みつる君、咲音ちゃんにも会わなくちゃいけないのに」
「そんな君に朗報」李火君はウインクをします。
「実はね、君の友達はそれぞれの国でトップを張っているよ」
「そうなの!?」
「そうそう」
みおちゃんはピョンピョン跳ねます。
「いま思い出した!みつるお兄ちゃんはマーマル王国にいるよ!コックさんだからかな?」
聖菜ちゃんは思い出すように顎に手を当てます。
「……咲音ちゃんは、トリドリツリーにいったよ」
李火君はさらりと言います。
「吉人君はレプチレス・コーポレーションだよ。前の社長よりもきちんとした経営をしているらしいよ。まあ、俺は会社勤めなんてしたくないから、顔出してないけど」
幸路君は頬を膨らませます。
「リンはあれだぞ、アンプヒビアンズだぞ。けど、性格悪くなってる気がするぞ。俺が戦いたいーって言ったのに。『あんたはフィッシュアイランドに行ってなさい』って言ってきたし」
ギョエイは遠くの方を、他の国々がある方向をちらりと見ます。
『蒼はあの子達にそれぞれの国を任せた。つまり、あの子達を倒せば、ボクたち王が解放されるってこと』
「……よく分からないけど、僕はみんなに会いに行けばいいってこと?」
『そう。蒼は最後に回せばいい。そうすれば、蒼に勝てる可能性が生まれる』
「それならいいよ!」
魔王を解放することに抵抗がないといったら、嘘になります。
ギョエイは元々優しそうな魔王でしたが、他の魔王が本当に協力してくれるのかは分かりません。正直、自信がありません。
けれど、リンちゃんたちを救うためならば、どんなことだってすると決めたのです。他の魔王を解放して、もしも戦うことになったとしても。
『……そっか』
ギョエイはパタパタとヒレを上下して、優しい眼差しを向けます。
『君が強い理由は諸刃ノ君のせいかと思ったけど、ボクの思い違いだったみたいだね』
「……?」
『君の願いは他の子よりも清らかで光輝いている。……だから君は強いんだね』
「うーん、よく分からないけど、ありがとう!」
ひとまずお礼をいうと、ギョエイは『どういたしまして』と言い、くるりと回転します。
『頑張る君に、一つ手助け。次に行きたい国へ運んであげるよ』
「わあ!ほんと!嬉しいな!ありがとう!」
『それで、次はどこに行きたい?』
「う、うーん。次かあ……」
フィッシュアイランドに訪れたのも橙花ちゃんに吹き飛ばされた勢いでしたので、次どこへ行こうか全く何も決めていません。
「どこがいいかな……」
『悩んでいるなら、君たちが行った順番で回ってみたらどうかな?』
「それだと次は……。トリドリツリー?」
友之助君が苦笑して首を横に振ります。
「いや、フィッシュアイランドの次に行ったのはマーマル王国だったろ。みつると咲音を連れてきたのも、そのタイミングだったな」
「あー、そういえばフィッシュアイランドのときにはみつる君も咲音ちゃんもいなかったね」
みおちゃんを攻略する方法を探すなかで、料理クラブのみつる君・咲音ちゃんの力が必要だと思い、ここ、ミラクルランドに付いてきてもらったのでした。
「うん、ならそうするよ!次はマーマル王国に行く!」
『オッケー!』
ギョエイは友之助君たちへの配慮も忘れていません。
『君達は他の魚に頼んで、安全な場所に連れていってあげるから、心配しないでね。……さあ、劉生君。ボクの背中に乗って』
「うん!」
ひょいとギョエイの背中に乗ります。
「それじゃあ、みんな。行ってくるねっ!」
みおちゃんは全身を使って手を振ります。
「泣き虫お兄ちゃん、どっかでわんわん泣いちゃダメだからね!」
聖奈ちゃんはにこにこ微笑んで、小さく手を振ります。
声は届きませんが、「頑張ってね」と口を動かしています。
李火君はまだ負けたのを引きずっているのか、むすっとしています。
そんな彼の肩をぽんぽんと乱暴に叩き、幸路君は満面の笑みで「後で決闘しようぜ!」と叫んでいます。
友之助くんは、劉生君をじっと見て、小さな声で呟きます。
きっと、普通でしたら、みおちゃんと幸路君の声でかき消されていて、聞こえなかったことでしょう。
しかし、友之助君の願いは、劉生君に伝わりました。
友之助君は、こう言いました。
「蒼を、頼んだぞ」、と。
劉生君は、みおちゃんに、聖奈ちゃんに、李火君に、幸路君に、友之助君に向かって、剣を片手にニコリと笑います。
「うん!任せて!!」
魔王ギョエイに乗り、次に向かうのはマーマル王国。
そこはお菓子の城があり、食べ物で溢れる国。
そして。
みつる君がいる国です。