1 楽しい楽しい、フィッシュアイランドにようこそ
フィッシュアイランドの中は、まるで地上のようでした。地面もさらっと乾いていて、口から泡がぶくぶく出てくることもありません。
しかし、水の中にいるのは間違いありません。見上げても空はなく、太陽の光を反射してキラキラ光る水が広がっています。
おそらく、この遊園地の周りに薄い膜のようなものを張ってあるのでしょう。
それだけでも中々不思議な光景ですが、劉生君たちはその不思議さに気づく余裕はありませんでした。なぜなら、別のことでびっくりしていたからです。
「……ねえ、蒼ちゃん」
リンちゃんはおそるおそる尋ねます
「ここって魔王の根城なんだよね?」
「うん、そうだよ」
「……なんか、想像してたのと違うわね」
リンちゃんの想像していたのは、おどろおどろしい遊園地です。幽霊が闊歩しゾンビが徘徊する、暗闇に閉ざされたイメージです。
ですが、その場所の空気は全く違っていました。
遊園地には暖かい光がさしていて、暗くすさんだ雰囲気は一切感じられません。
それに、闊歩しているのは幽霊でもゾンビでもありません。笑顔の子供たちと、色とりどりの魚たちです。
美しく舞い踊る金魚にうっとりとする女の子たちに、ピラニアと戦いごっこを繰り広げる男の子たち、たくさんのメダカと一緒にお散歩する小さな子どもだっています。
カクレクマノミと一緒にかくれんぼをする子もいますし、チンアナゴと一緒に小さな穴から顔を出す子だっています。
どこかで悲鳴のような声が聞こえます。はっとしてそちらをみると、船型のジェットコースターに乗っている子供たちの歓声でした。
吉人君は呆然と呟きます。
「何ですか、ここの遊園地。……あの魚、何なんですか? 魔物?」
魚たちは赤い目をしていて、赤黒いオーラを身にまとっています。ひれや背中に黄色の五角形が描かれているので、魔物であることは間違いありませんが、子供を襲うそぶりは一切ありません。
むしろ、子どもより低い視線で泳いで遊んでいます。
リンちゃんも違和感を覚えたのでしょう、気味が悪そうに魚を見ています。
「変なの! 中に人が入ってそう」
橙花ちゃんは苦笑します。
「そうだね、あの魔物たちは非戦闘員で、スタッフ兼子供のお世話をする魔物だから、着ぐるみっぽさを感じてしまうのかも」
「へー、魔物にも種類があるのね」
劉生君も、魔物と子供たちををまじまじと観察します。
スタッフが魚なところを除けば、ただの楽しそうな遊園地に見えてしまいます。魔王の根城っぽさはありません。
そんな疑問をぶつけると、橙花ちゃんはあいまいに頷きます。
「そう思っても仕方ないけど、ここは正真正銘、魔王の領域だよ」
「それじゃあ、ここにいる子供たちは全員誘拐されちゃった子?」
「いや、ここに囚われている子は五十三人だから、ほとんどの子は幻だよ。いわゆる、盛り上げ役として遊んでいるだけ。そうはいっても、それぞれ個性を持っているように振る舞っているけどね」
「へえ……」
子どもたちを見渡していたリンちゃんですが、突然、「あれ?」と声を上げました。
「あそこにいるのって、友之助君じゃない!?」
「あ、本当ですね!」
指さす先には、伊藤友之助君が歩いていました。
「友之助君!」
「待って、リンちゃん!」
橙花ちゃんが慌てて止めましたが、リンちゃんの耳には届きません。彼女は友之助君のもとへと走っていきました。
「無事だったのね! よかった! それじゃあ帰りましょう!」
リンちゃんは彼の腕をつかみました。が、友之助君はぎょっとして振りほどきました。
「何するんだよ、あんた!」
「え? あんたって、あたしよあたし。道ノ崎リンよ」
「知らねえよ!」
「へ? 知らない……?」
橙花ちゃんはリンちゃんと友之助君の間に割って入ります。
「リンちゃん、一旦ひこう。今の彼にはボクたちの言葉は届かない」
橙花ちゃんは友之助君に笑顔をみせます。
「ごめんね。ちょっと勘違いしちゃったみたい。気にしないで」
「……別にいいけど」
彼はぷいっとそっぽを向いて歩きだしてしまいました。
残されたリンちゃんは呆然とします。
「どうして……。あたしのことも、蒼ちゃんのことも分からないなんてっ!」
「仕方ないよ。今の彼にはボクのことも、リンちゃんのことも、吉人君のことだって分からない。……彼は記憶を失っているからね」
「記憶を!?」
劉生君と吉人君が、彼女たちの方に駆け寄ってきました。吉人君は友之助君が去ってしまった方を見つめます。
「一体何があったんですか。友之助君が向こうに行ってしまったようですが……」
「……あたしたちのことが分かっていないみたいだったの。それで、蒼ちゃんに聞いたら、……記憶を失っているって」
三人の視線が橙花ちゃんに集まります。橙花ちゃんはちらりと辺りを見渡します。
「ここの遊園地をみて、君たちはどう思った?」
「へ? あたしは、楽しそうだなあって思ったけど」と、リンちゃんが答えます。
「典型的な遊園地だと思いましたが……」と、吉人君も答えます。
「ヒーローショーがどこかでやってそうな匂いがするね」『勇気ヒーロードラゴンファイブ』の信者、劉生君は答えます。
「……そう。ぱっと見は普通の遊園地。遊園地のスタッフが魚なだけ。だけどね、違うんだ。ほら、あの子の首元を見て」
リンちゃんはハッと息をのみました。
「あれって、空に浮いている五角形じゃない!」
そこには、黄色の線で描かれた五角形の印がありました。
あの印が魔神の影響下にあるものの証であることくらい、彼らは理解しています。
橙花ちゃんは神妙に口を開きます。
「誘拐された子は全員あの印と、まがい物の記憶を植え付けられるんだ。それをされてしまったら、もう遊園地からは出られない。ここで永遠に楽しい時間を送るように強制されるんだ」
「「「……」」」
友之助君がリンちゃんのことを覚えていなかった理由が分かりました。
劉生君たちの周りには、依然子どもたちが楽しそうにはしゃいでいます。ですが、彼らは何も知らないのです。
自分たちが、見せかけだけ綺麗なおぞましい水槽に押し込められていることを。