11 聖菜ちゃんVS李火君! 非戦闘員同士の戦い!
劉生君は剣を振るい、友之助君はブドウ銃を連射し、みおちゃんは折り紙を放ち、幸路君は槍を握っています。
ではでは、聖奈ちゃん李火君はどうしているでしょうか。
二人は他の四人とは違い、熾烈な戦いを繰り広げてはいませんでした。
ただただ、見つめあっています。
「聖奈、戦わないの?」
「……だって、私、武器持ってないから」
「さっきのジンベエサメを操って戦えば?体当たりでもさせれば、いい勝負できそうよ?」
「……あの子は、友達。戦わせられない。私は、李火とは違う、から」
聖奈ちゃんは、キッと李火君を睨みます。
「……李火。魔物たちをいじめすぎ。……魔物を強引に操るなんて、だめ。絶対に」
「いいじゃないか。魔王を倒した今、俺らが魔物の王様になったんだ。どう扱おうが、俺ら次第だよ」
「……それは、違う。魔物も、心がある。……李火は、分かってるはず。……李火は、昔からいるから」
李火君がミラクルランドに来たとき、聖奈ちゃんがミラクルランドに来た当初、魔物と子供たちは仲良く楽しくミラクルランドで遊び回っていました。
橙花ちゃんの記憶の世界のように、みんなが笑いあい、誰も傷つかない、優しい世界でした。
それが仮初めの暖かさだと魔王が気づき、子供たちを守るために捕まえはじめてから、平穏な空気は壊れてしまいました。
それでも、聖奈ちゃんはあの時の思い出を大切に持ち続けていました。
ですので、李火君のように魔物を駒のように扱うことに嫌悪感を覚えてしまうのです。
聖奈ちゃんの言外の訴えは、当然ながら李火君も分かっています。
聖奈ちゃんは、なおも訴えます。
「……もとの世界は、とても辛いことばかり。李火君の言葉を借りるなら、とても退屈なことばかり。……でも、ここにいるよりは、いい。……それに、蒼ちゃんをこれ以上おかしくなってほしくない、から」
聖奈ちゃんは、李火君の胸中を覗きこむように、静かに言います。
「……李火も、そう思ってるでしょ?」
聖奈ちゃんの青く澄んだ瞳は、まるで心に秘めていた焦燥を映し出す水鏡のようでした。
李火君は一瞬息をのみ、――顔を真っ赤にさせて怒鳴ります。
「黙れ、わかったような口を効くな!」
李火君は勢いそのままで笛を口に入れ、息を吹き込みます。
耳をつんざくような高い音が、フィッシュアイランド中に響き渡りました。
つかの間の沈黙の後、四方八方から小さな小さな小魚が大挙して迫ってきたのです。
「……あ、あれ?」
聖奈ちゃんは、後ずさります。
「……操れる魔物さん、いないんじゃなかったの?」
怯える聖奈ちゃんを見て、ようやく気を取り直したのでしょう。李火君は険しい表情を浮かべながらも、余裕ぶったように口元を緩めます。
「使える魔物はいないってこと。こういう小さいのはいくらでも使えるんだ。一匹一匹は弱いけど、集まれば、聖奈くらいなら倒せるよね?」
「……」
聖菜ちゃんは急いで駆け出し、逃げようとします。あまり足が早い方ではありませんので、必死に逃げ回りますが、すぐに追い付かれてしまいます。
小さな魚たちは髪の毛や服のすそに噛みついてきます。
「……いや、やめて!」
振りほどこうと一生懸命になって手を払いますが、魚たちは器用に聖菜ちゃんの手を避けて邪魔をします。
一つ一つの攻撃は非常に弱く、コバエにでも体当たりされた程度でしかありません。けれど、数が多ければ、致命的な傷となりえます。
出来るだけ走って、魚たちから逃げなくては。
聖菜ちゃんは懸命に駆けだします。けれど、走るのに慣れていないからでしょうか。足がもつれ、転んでしまったのです。
「……っ!」
聖菜ちゃんは言葉にならない悲鳴をあげ、李火君は小さく笑います。
「チェックメイトだ。いけ、魚たち!」
小魚たちは塊となり、剣の形をとりました。魚で形づくられた剣は、そのまま真っすぐ下へ、聖菜ちゃんが倒れている方向へと落ちていきました。
聖菜ちゃんは身動きも取れませんでした。固く目を閉じ、痛みを待ちます。
しかし、痛みは襲ってきませんでした。
『させませんよ! えいや!!』
ぴょんと、魚が跳ねました。
『食らえー!』
小魚はピーピーと悲鳴をあげると、ハチの巣をつついたかのように逃げていきました。飛び出してきた魚は、誇らしげに上下します。
『ふふん、例え非戦闘要員でも、あなたたちくらいには勝てますよ!』
「……あなたは……?」
聖菜ちゃんはキョトンとして魚を眺めます。魚は礼儀正しくぺこりと礼をします。
『初めまして。私はトビビと言います。よろしくお願いします!』
トビビ、の名を聞いて、友之助君と戦っていた劉生君が攻撃の手を止めます。
「あっ! トビビ! トビビだ! 久しぶり!」
『お久しぶりです、赤野劉生さん!』
彼女はトビビ。トビウオの女の子です。
劉生君たちがフィッシュアイランドを攻めに来た際、特に望んでもいないのに案内役を勝手出たのが、この子でした。
フィッシュアイランドの王様ギョエイを心から尊敬しつつ、敵であるはずの劉生君たちにも優しく接してくれました。
そんなトビビは、劉生君たちには決して見せなかった、怒りの眼差しで李火君を睨みました。
『案内たる私でも、仲間を無理やり操って傷つけるなんて、許しはしませんよ! 成敗致します!!』
「……成敗ねえ」
最初は驚いていた李火君でしたが、次第に冷静さを取り戻し、鼻を鳴らします。
「君のことは知っている。ギョエイの秘書だろ? 非戦闘要員の魔物ふぜいが、俺に勝てるとでも思っているの?」
李火君は笛を軽く吹きます。
散り散りの魚たちは磁石で無理やり引っ付かれたようにまとまり、大きな魚となりました。
「あのトビウオを食べてしまえ」
小魚は命令に忠実でした。いや、忠実でなくてはなりませんでした。強引に動かされる魚を見つめ、トビビはひれをパタパタ動かします。
『確かに、私の力はそんな強くありません。ですが、甘く見られては困りますよ』
トビビは二コリと笑うと、持っていたサンゴにパクリと食らいつき、思いっきり息を吹き込みました。
途端、耳障りな高音が響きました。
「うわっ……!」
李火君は耳を閉じ、うずくまりました。
それだけではありません。
音に支配されていた小魚は、この騒音で我に返ったのです。
『さあ、小さき魚たちよ。岩の影にお逃げなさい』
トビビの優しい言葉に、魚たちは我先にと散っていきます。
「この、お前たち、勝手に……!」
李火君が慌てて笛を使って呼び戻そうとしますが、トビビは案外抜け目がありませんでした。
『させませんよ!!』
いつの間にか、トビビは李火君の背後にまわっていました。
『ていや!!!』
トビビは渾身の力で跳ねると、李火君の笛をかっぱらいます。
「なっ、返せ!」
『お断り致しますー』
李火君の手をピョンピョン軽やかに飛んで逃げ、聖奈ちゃんのそばに戻りました。
トビビはニコニコ目を細めると、笛を聖奈ちゃんに差し出します。
『どうぞ!』
「で、でも、……私これ、好きじゃない」
『聖奈様なら問題ありませんよ!この笛はですね、本来は私たちの心に呼び掛ける道具なんですよ!』
「……でも、李火は、」
『李火様は使役の願いを込めて笛を吹いたから、ああなってしまったのです!のでのでっ!聖奈様が吹けば、皆様に協力してくださる魚たちが来てくれますよ!』
「……」
なおも悩んでいましたが、トビビの期待するような目におされ、聖奈ちゃんは笛を吹きました。
李火君と同じ笛のはずですが、聖奈ちゃんの奏でる笛は、聞いているだけで心地よい、綺麗な音色でした。
敵であるはずの李火君でさえも、思わず足を止め、わずかな時間耳をすませてしまうほどでした。
さすがに冷静で大人な李火君ですので、すぐに我に帰り、聖奈ちゃんから笛を取り戻そうと駆け出します。
けれど、その一瞬が仇となりました。
笛の音が鳴り終わると共に、魚たちは大挙として迫ってきたのです。
そう、まるで聖奈ちゃんが笛を吹くのを待っていたかのように。
もちろん、李火君は身の危険を察して、逃げようとしました。
しかし、トビビは李火君が行動すると同時に、鋭い声で指示を出します。
『皆様、李火様を囲み、退路を防いでください!!』
魚たちはぐるりと李火君を包囲します。
笛の力を使っても、李火君の力では到底従えないような、大きな魚たちも睨みを効かせています。
李火君は魚の大群を一瞥します。頭脳明晰な李火君は脳をフル回転させて、この窮地からどう逃れようかと思案しました。
しかし、笛をとられ、武器や魔法を扱えない李火君は、今や裸のような状態です。つまりは、なにも思い付きませんでした。
「……はあ……」
しまいには、ため息一つつき、両手をあげました。
「はいはい、降参。負けを認めますー」