9 最後の一人は、動物好きな女の子
みおちゃんが作った折り紙の金魚たちは、スピーディーに泳ぐと、劉生君をつつきます。
「痛い痛いっ!ちょっと待って、ちょっと待って!」
「待たないよーだっ!」
みおちゃんはベーっと舌を出します。
続けて、友之助君の攻撃です。
みおちゃんのようにお喋りせず、無言でブドウ銃を構え、容赦なく撃ってきました。
「ぎゃあ!わあ!うぎゃあ!」
弾を避けようとすると魚に太ももを齧られ、魚を避けようとすると弾が頬をかすめます。
「うぐぐぐ……!そんな遠くから攻撃してこないでよ!剣で戦おうって!」
李火君はチッチと舌をならして、愉快そうにニンマリとします。
「友之助君は剣ってタイプじゃないからね。遠距離でチマチマ戦う子だよ」
李火君は大きな石に寄りかかり、のんびりと劉生君を眺めます。
「友之助君本人は、『魔王と戦うには、劉生みたいに特効できなきゃダメなのに』って悔しがってたけど、そんな劉生君とは結構有利に戦えそうだね。よかったねえ、友之助君」
誉めているのか嫌みを言っているのかは判断つきませんが、とりあえず李火君は戦わず、高みの見物を決め込んでいます。
「もー、李火!一緒に戦お!」「嫌だよ。俺はここから二人を応援することに決めたんだから」「ずるーい!」
みおちゃんはブーブーと文句を言います。真の指揮者、友之助君はちらりと李火君を一瞥するのみで、すぐに攻撃を再開します。
「痛っ!痛っ!痛いよ!?もう……!」
劉生君は痛みからか涙目になりながらも、みおちゃんに強く訴えかけます。
「みおちゃん、こんなことはやめて、みんなで一緒にもとの世界に帰ろうよ!」
「やーだよ!」
みおちゃんはふんっと鼻をならします。
「だって、あっちの世界にいても楽しくないもん。パパもママも、みおと遊んでくれないもん。だから、みお、ここに残る!泣き虫お兄ちゃんを倒す!」
みおちゃんは折り紙をおり、思いっきり投げてきました。
「いけーみおちゃん号!出発進行ー!!」
小型船が汽笛を上げて襲ってきました。ファイアーウォールでは防ぎきれなさそうでしたので、劉生君は横によけます。
しかし、それがみおちゃんの、――もとい、李火君の策略でした。
李火君は口元を緩めます。
「いまだよ、友之助君」
そうです、船には友之助君が乗っていたのです。
小船は急ブレーキ、逆走します。船のスピードに乗り、友之助君が劉生君の背後に飛び出ます。そのまま、間髪いれずに銃撃を繰り出します。
「ぎゃあ!ふぁ、<ファイアーウォー>」
「させないよー!」
みおちゃんは折り紙の手裏剣を投げます。
「えいえいえい!!!」
「うわっ、<ファイアースプラッシュ>!」
どうにかこうにか、火の粉でダメージを最小限に抑えようとしますが、途中、劉生君はくらりとふらつき、荒い息を吐きます。
さすがの劉生君でも、体力の限界が近づいているのです。
李火君はじっと劉生君の異変を観察します。
「劉生君の力の根源は、魔神の力だったはず。魔神が滅んだ今、劉生君は前のように無尽蔵な魔力はない。つまり、そこをつけば勝てるってことだね」
「李火、すこく偉そうだね!」
「まあね」
「李火は全然動かないのにね!」
「こうして知恵を出しているからセーフさ。あとは、友之助君が決めてくれたら、ゲームセット、だね」
劉生君の様子を間近で見ていた友之助君も、李火君と同じように感じていました。
ですので、ブドウの銃に渾身の魔力をこめます。
「これで、止めだ……!」
グレープ色の銃弾は、劉生君に直撃しました。
「っ……!」
劉生君はふらりと倒れ、膝をついてしまいました。
「やったー勝った!泣き虫お兄ちゃんに勝ったよ!」
みおちゃんはおおはしゃぎです。李火君もにっこり笑顔です。
「さてさて、あとは捕まえて、蒼に渡すだけだね。蒼が来る前に片付いてよかったよかった」
友之助君は相変わらず何も話さず、表情が固いまま、劉生君の方へと歩いていきます。
手には、海藻を幾重にも編んで作ったヒモが握ってあります。
「むむむむっ……!」
劉生君、決死の思いで『ドラゴンソード』、もとい、新聞紙の剣を構えて、ギロリと睨みます。
「僕は絶対に負けない。ぜっっっったいに負けない、みんなと、みんなと一緒に帰るんだから!!!」
李火君は肩をすくめます。
「あんな追い詰められて、まだ諦めないんだね。もうあれは執念だよ、執念」
李火君はバカにするような声色をします。一方で、友之助君は歩を止めて、カチリと固まりました。
ボロボロになっても、こんな袋叩きになっても、なおも自らの願いを訴え続ける劉生君。
そんな彼を、友之助君はじっと見つめます。
「……友之助お兄ちゃん?どうかしたの?」
みおちゃんが不思議そうに声をかけ、ようやく友之助君は正気な戻ったかのようにびくりと体を跳ね、劉生君から目をそらします。
「……悪く思うなよ。これも、みんなのためなんだ」
ようやく友之助君は覚悟を決めて、一歩踏み出しました。
しかし、その隙が、友之助君たちにとっては仇となり、劉生君にとっては、幸いとなりました。
ゆらりと、海藻が揺れました。
李火君が何事かと後ろを振り向くと、眼前に、巨体な魚が飛び出してきました。
つんと、三角の突起が突き出し、口のなかは小さな歯がぎっしりと並んでいます。
みおちゃんは怯えて、李火君にしがみつきます。
「さ、サメ!サメだよ、 李火!!食べられちゃう!!」
「落ち着いて、みお。あれはジンベエサメだから人は食べないよ」
確かにそのサメは、灰色の背中に可愛らしい白の水玉模様がついているサメ、ジンベエサメです。おとなしい性格ですので、B級映画で出てくるような人食いサメとは違って、優しい目をしている気がします。
それでも、大きいことには変わりありません。
みおちゃんは怯えていますし、李火君だって、内心身構えてました。
けれど、ジンベエサメは二人の頭上を通りすぎました。彼の(彼女の?)目的は別にありました。
ジンベエサメの目的。つまりそれは、
「へ?わあ!」
劉生君です。
サメは真っ直ぐ劉生君に向かうと大きな口を開けて、パクリ、と、なんと食べてしまったのです。
「「なんだって!!??」」
李火君と、友之助君は叫んでしまいました。
「た、食べられちゃった……!泣き虫お兄ちゃん、食べられちゃったよ!」
「だ、大丈夫のはずだよ、みお。ジンベエサメは肉食じゃないから。……現実世界では、そのはず、だけど……」
さすがの李火君も自信なさげです。
けれど、劉生君が食べられることはありません。
「……大丈夫だよ、李火」
「……その声は……」
李火君の言葉を遮るように、みおちゃんが大声を上げます。
「聖奈お姉ちゃん!」