20 準備万端! いざ、フィッシュアイランドへ!
魔物がものすごいスピードで迫ってくる中、橙花ちゃんは魔物に杖を向けます。
「と、橙花ちゃん! 危ないよ!」
劉生君たちの表情が青ざめます。このままでは橙花ちゃんが危ない、でも自分たちに出来ることは何もありません。
もう見て居られないと劉生君が目をつぶってしまった、そのときです。
橙花ちゃんが、優しい声で囁きました。
「時よ、<トマレ>」
瞬間、音が止みました。
魔物の鳴き声も、羽ばたく音も、魔物が動いて生じた風の音さえもありません。
「……?」
劉生君が不安になって目を開けました。そして、びっくりして声を上げます。
「え、……ええ!?」
魔物は橙花ちゃんに嘴を突き刺そうとしています。
ですが、どういうわけか、そこから少しも動きません。羽も動いていませんし、足も動いていません。
リンちゃんが震える声を出します。
「あ、蒼ちゃん。もしかして魔物を凍らせたの?」
「いや、魔物の時間を止めたんだよ」
彼女は杖を下げます。それでも魔物は動かずに固まったままです。
「ボクは時間操作の魔法が得意なんだ。敵の時間を止めたり、味方の時間を早くさせたりできる」
「つまり……。倒したわけじゃないってことね」
「そういうこと。ボクが魔力を弱めれば動き出すね。だからその前に、さっさと先に進もう」
橙花ちゃんは杖の先っぽでフルーツバスの天井を叩きます。すると、バスはブザー音を鳴らし、猛スピードではしりだしました。
バスの天井にいた劉生君たちは、振り落とされそうになりました。
「わっー!」「早い早い!」「落ちますよ!?」
「そうだ! ごめん、中に戻ろう!」
橙花ちゃんが慌てて杖を一振りすると、劉生君たちはまばゆい光に包まれました。
気が付くと、バスの中に戻っていました。窓の風景は飛ぶように流れていきます。後ろをみると、固まったハトの大群が遠くの方に見えました。
劉生君たちはほっと一安心します。
「よかった、何とかなったね。さすが橙花ちゃん!」
「そういえばムラの子供たちも、蒼ちゃんはリューリューくらい強い魔力を持っているって言ってたわね。いや、すごいわ。正直言ってリューリューよりも上じゃない?」
「うん、僕もそう思う」
劉生君とリンちゃんの褒め言葉を投げかけます。ですがさすが大人な橙花ちゃん、ニッコリと笑ってゆっくりと首を横に振ります。
「そうでもないよ。結局ボクは魔物の一羽も倒していないからね。ボクの力は攻撃に向いていないから。……だから、魔王の襲撃にどうすることもできなかった……」
橙花ちゃんは落ち込んでしまいます。そんな橙花ちゃんの姿を見て、勝利の余韻に浸っていた劉生君たちも我に返りました。
あんなに大きな魔物を無害化できる橙花ちゃんですが、魔王には手も足も出なかったのです。自分たちに魔王が倒せるのか。そんな不安が頭をよぎります。
「……」
不安から逃れようとしてか、吉人君が窓に視線を移し、「あれ?」と声を上げました。
「フルーツバスの高度が下がっていませんか?」
吉人君の言う通り、空しか映っていなかった窓は、段々と山や建物を映しはじめました。それどころか、木々や低い草地さえも見えてきました。
「……ん?」
リンちゃんが違和感を感じたようです。
「……なんか、下がりすぎじゃない?」
気づくと地面の石ころまで見えてきました。
「待って!? 今あたしたちってどこにいるの!?」
慌てて窓にかけより、ぽかんと口を開きます。
「どうしたの?」
劉生君も窓を見て、絶句しました。
「な、何これ!? 水の中!?」
フルーツバスの外は、水中でした。太陽の光がきらきらと差し込み、海藻がゆらゆらと揺れています。
「橙花ちゃん!? 墜落しちゃってるよ!?」
「大丈夫だよ。これが正しいルートだね。なんだって、フィッシュアイランドは海の中にある遊園地だから」
吉人君もびっくりします。
「そうなんですか!? アイランドだから、てっきり島かと思ったんですが」
「まあ、そこらへんは結構適当だから……。 さあ、もうそろそろだよ」
フルーツバスはゆっくりと海底に到着すると、自動で扉が開いてしまいました。
「わっー! み、水が入ってきちゃうよ!」
劉生君は泳げないのでダッシュで入り口から遠いところに逃げます。
ですが、劉生君が危惧していたように、水がどっと入ってくることはありません。
「あれ? どうして……」
「理屈はよく分からないけど、水中もミラクルランドの一部だからね、現実では説明がつかないこともあるんだ。それと、ここで降りても普通に息はできるから、心配しないで」
橙花ちゃんは率先して降ります。息が出来なくて苦しむ様子もなく、ごくごく普通に立っています。
「ほらね。さあ、みんなも降りてきて」
「「「……」」」
三人は顔を合わせます。
まずはリンちゃんから、えいやっと外に出ます。
「あっ、普通に息できる! へえ、すごい……!」
やっぱり普通の様です。続けて吉人君もバスから降ります。
「本当ですね。気泡もでません。さすが、奇跡の国と呼ばれているだけありますね」
最後は劉生君です。おそるおそるバスの出入口付近に行きます。ですが、やっぱり一歩が踏み出せません。ちらちらとみんなを見ているだけです。
ついにこらえきれなくなったリンちゃんが、劉生君を引っ張りました。
「早くでてきなさいって。何ともないんだから」
「わあ!? お、溺れる!??!?」
劉生君は息を止めました。
極限まで我慢しているらしく、顔が真っ赤になっています。
「……何してんのよリューリュー」
「息が出来るっていっているじゃないですか」
リンちゃんと吉人君は呆れた顔で劉生君を見つめ、橙花ちゃんは苦笑します。
結局、劉生君も水中で息が出来ることをしっかり実感できました。
「本当だ、息できる……!」
劉生君は感動しています。
「それで遊園地っていうのはどこにあるの?」
リンちゃんはキョロキョロあたりを見渡します。ですが、観覧車もジェットコースターも見えません。大きな岩はありますが、遊園地が隠れるようなものではありません
吉人君も首を傾げます。
「空の上からだったら普通に見えましたよね? 場所を間違えた……とかではありませんよね」
「間違えてはいないよ。そこの岩に穴があるよね? 穴をくぐるとフィッシュアイランドにつくよ」
「あの穴から、ですか?」
確かに橙花ちゃんが言う通り、岩には人一人入れるくらいの穴があいています。
あそこをくぐれば、遊園地に行けるのでしょう。つまり、魔王が占拠する陣地がすぐそこにあるわけです。
「「「……」」」
覚悟は、もう決めています。
「ボクの後ろをついてきてね」
橙花ちゃんが先導してくれます。三人は各々の武器を手で感じながら、橙花ちゃんのあとをついていきました。
はりつめた緊張の中、岩に出来た洞窟をくぐります。
しばらく歩くと、奥の方に光が見えてきました。
その先に魔王が待ち受けているかもしれない。そうではなくても、魔物がいるかもしれない。三人に緊張が走ります。
彼らの頭に思い浮かんだのは、劉生君たちが最初に出会った狼型の魔物でした。あの恐ろしい姿は今でもちょっとしたトラウマになってしまっているのです。
それでも彼らは勇気を抱いて、トンネルの先へと飛び出しました。