8 次は誰に相談しよう?
カーテンから夕日がさし、劉生君は目が覚めました。
「ここは、僕の部屋……?」
お母さんがベッドに運んでくれたのでしょうか。だとしたら、相当重い思いをしてしまったに違いありません。
それだけではありません。
お母さんは今日、バイトのシフトに入っていたはずです。それなのに、自分を学校に迎えるために、仕事を早退してくれたのでしょう。
「……謝らないと……」
劉生君は目をこすって、ベッドから降ります。
もしかしたらお買い物にいっているかも、と思いましたが、階段を下がっているとお母さんの声が聞こえてきました。耳を済ませても他の人の声は聞こえませんので、誰かと電話しているようです。
邪魔をしてはいけませんので、劉生君はゆっくり忍び足でおります。
もしかして、先生と話しているかな? と思いましたが、話を聞いているとお父さんと電話をしているようです。
「劉生は上で寝てるわよ。一応熱は計ったけど、平熱だったみたい。けど、心配ねえ。実は、私にも話してたわよ。あのミラクルランドと眠り病って話」
お母さんは疲れたように笑います。
「そうそう、あのおかしな話」
劉生君の足はぴたりと止まります。劉生君がすぐそこにいることにも気づかず、お母さんは放し続けます。
「けど、劉生を責められないわ。リンちゃんたちが眠り病にかかっちゃって、きっと気も動転しているのよ。明日にでも心療内科に連れて行ってみるわ」
劉生君はたまらず上の階に逃げ出しました。ベッドに潜り込み、劉生君は震える身体を抱きしめます。
「……そんな……」
体の温もりが、途端に冷えていきました。
あんなに優しく抱き締めてくれていたのに。
あんなに優しく頭を撫でてくれたのに。
お母さんも、信じてくれなかったのです。
読者の皆様は、劉生君のお母さんや先生に憤りを覚えてしまうことでしょう。
しかし、冷静になって考えてみてください。
いままで普通に学校に行って、普通にご飯を食べていた子が、友達の入院を境に、いきなり「異世界」だの「ミラクルランド」だの訴え始めたのです。
普通の大人なら、「友達の入院がショックで、現実と妄想の区切りがついてないのかな」と考えても仕方ありません。
もし大人もミラクルランドに行くことができれば話が違ってきますが、残念ながらミラクルランドは子供しか行くことができません。
ですので、いくら優しいお母さんでも、頼りがいのある担任の先生でも、信じることは到底できないのです。
しかし、劉生君はそういう大人の事情は分かりません。裏切られた事実だけが重くのし掛かります。
先生に信じてもらえず。
お母さんにも信じてもらえず。
劉生君は、絶望の闇に落ちていました。
お父さんだって、きっとお母さんのように信じてくれないことでしょう。
そうなると、もう誰もすがれる人はいません。
「……」
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
誰か助けてほしいと願う劉生君に、誰も手をさし伸ばしてはくれません。
涙が頬を伝います。
救いを求めようと、劉生君は大好きな『勇気ヒーロードラゴンファイブ』の変身ベルトに手を伸ばします。
「……助けて」
劉生君はベルトをぎゅっと握りしめます。
どれだけ願いを込めてベルトを握っても、劉生君の大好きな蒼井陽さんは答えてはくれません。
ただただ、冷たい感触だけが返ってくるだけです。
『……なさけないな』
どこからか声がします。
バカにするような、懐かしむような、悲しそうな声色です。
声は、淡々と劉生君に語りかけます。
『そんなものが、お前の友人を助けられるわけがないだろう』
「……でも、」
『言い訳は聞きたくない』
ピシャリと劉生君の言葉を遮ります。
『劉生。お前は、お前の友達のことが好きか?』
「……うん」
劉生君は頷きます。
『劉生。お前は、友達と会えなくなるのは嫌か?』
「……うん」
『お前は、友達が眠りから覚めてほしいと思うか?』
「……うん」
『……お前は、友達を救いたいか?』
「……うん。……でも、」
『言い訳は聞かない』
「だって、僕が助けるのは、みんなのためにならないんだよ……?だから、助けちゃいけないんだよ」
『なら、どうしてお前は悩んでいる?見捨てればいいだろう?』
「そんなのできっこないよ!」
『なら、やることは決まってるはずだ』
思わず劉生君は顔をあげ、声がする方を、姿見の方を見ます。
鏡には、赤黒い影がうつっていました。影は真っ赤な目で劉生君を睨みます。
『助けに行け』
「……でも、みんな、そんなの望んでないよっ!」
『お前自身が、みんなの願いに納得していないんだろ?』
「……うん。納得してない」
『だったら助けに行け。お前の思いとみんなの思い、どちらが強いか試してくればいい』
「……試す……」
『ミラクルランドなら、それができる』
「……けど、リンちゃんたちと戦うことになっちゃうよ」
『戦えばいい。もしもお前が負ければ、お前の願いがその程度だっただけ。勝てれば、お前は友達を救える』
「……みんなのためには、ならないよ」
『ならなくて結構。だって、そうだろ?誰になんと言われようとも、お前は、……友達を救いたい。そうだろ?』
「……」
姿見に写る影は、リンちゃんたちのことを本当の意味で考えてはいません。
自分勝手なことばかり話しています。
……だけど。
それでも。
「……」
劉生君は、ベルトから手を離します。
自分勝手でもいい。
もしそのせいで、みんなから嫌われても、構わない。
劉生君は、『ドラゴンソード』を手にします。
嫌われたとしても、望まれていなかったとしても、みんなには生きてほしいのです。
劉生君は、ドタドタと下に降ります。
物音にビックリしたのか、お母さんが目を真ん丸にして飛び出してきました。
劉生君は元気よく言います。
「お母さん!僕、いってくる!」
「え?ど、どこに?待ちなさい、劉生!」
「大丈夫!五時までに帰るから!」
劉生君は、駆け出しました。
思いっきり、走って、走って、走って。
こけてしまって、泥だらけになっても、傷だらけになっても立ち上がって、走って、走ります。
公園には、あっという間にたどり着きます。
まるで劉生君を待っていたかのように、エレベーターが開きます。
「ようし!」
劉生君は飛び込み、ボタンを押しました。
エレベーターは、劉生君の願いを叶えようと上へ、上へ、ぐんぐん上っていきまます。
それはそうでしょう。
今の劉生君には、迷いの影も欠片もありせんでしたから。
ほんの数秒で、エレベーターは扉を開けてくれました。
扉から見える光景は、真っ白な空間。
その先には、きっと魔王や魔神よりも強いみんながいます。
彼らと戦うことは、魔王たちとの戦いとはけた違いの苦しみや悲しみを受けてしまうことでしょう。
それでも、
劉生君は、真っ白な世界に飛び出しました。