6 先生に相談してみよう!
冬至が過ぎると、一気に夜が短くなります。
とはいえ、まだ夏よりは日が落ちるのも早く、劉生君が帰る頃には、夕陽がさしていました。
まだ「うさぎおひし」もまだですので、劉生君の隣を子供たちが楽しそうに走り去っています。
劉生君はちらりと視線を送ると、項垂れたてしまいました。
重い足取りで、家に帰ります。
お母さんは買い物に行っていて、まだ戻ってきていませんでした。
劉生君は無言で自分の部屋に戻ります。
部屋に入ってすぐの大きな姿見に、劉生君の強張った表情が映ります。
そのままベッドに寝転ぼうとしますが、あの悪夢を思い出し、躊躇してしまいました。
「……」
このままでは、悪夢は現実になり、みんなはこの世で永久に会えなくなります。
それは嫌です。
けれど、みんなの友達なら、みんなの思いを大切にしないといけないのではないか?と、劉生君は考えていたのです。
ミラクルランドでたくさんのことを経験し、たくさんのことを学んだ劉生君は、果たして強引に連れ出すことがみんなの幸せに繋がるのか、分からなくなっていたのです。
「……どうすればいいんだろう……」
彼の呟きは、誰にも届くこともなく、消えていきました。
劉生君が悩みもがく間も、事態は着々と最悪な方向へと進みます。
眠り病の子供たちのなかで、容態が悪化し、人工呼吸に踏み切る子が多くなっていきました。
そして。
リンちゃんたちは、翌日から学校に来なくなりました。
◯◯◯
リンちゃんたちは次の日も、その次の日も登校しませんでした。
一日二日の休みでしたら、「風邪か何かかな?」ですみましたが、何日も続くと、クラスメイトたちは異変を察しました。
「今日もリンちゃんとと鐘沢君はおやすみ?インフルエンザなのかな?」
「先生は家の事情っていってたけど、なんか嘘っぽいよね。だって、二人だけならまだしも、他クラスの子まで休んでるんでしょ?」
「俺、道ノ崎んちの前通ったけど、救急車がとまってたぞ。だから病気じゃね?」
みんなの疑念質問は、リンちゃん吉人君、みつる君咲音ちゃんと仲がよかった劉生君に集まりました。
「なあ、劉生は何か聞いてないのか?」
「……」
「……劉生?」
劉生君は、何も答えません。いえ、答えられる精神的余裕がなかったのです。
ぎゅっと両手を握りしめ、爪を立てて皮膚に食い込んでいます。
「お、おい、劉生、大丈夫か……?」
慰めの言葉も、劉生君には聞こえません。
「……な、なんか、ごめんな?」
男の子は不気味そうに離れていきます。ようやく劉生君はちらりと顔をあげますが、すぐにうつむいてしまいます。
劉生君の頭の中は、まるで絵の具をやたら滅多混ぜこんだように、ぐちゃぐちゃとしていました。
リンちゃんたちを助けたい気持ち。
みんなのためには何もしないほうがよいのかと逡巡する思い。
悪夢の通りになることへの恐怖の思い。
――騙していた橙花ちゃんへの、怒り。
そんな劉生君を心配してのことでしょう。学校の先生が声をかけてきました。
「赤野、少しいいか?」
「……はい」
職員会議用の部屋に劉生君を招き、椅子に座るよう促します。
「ちゃんと朝御飯食べてきたか?よく寝たか?」
「……はい」
「……こんなこと聞くのもあれだが、道ノ崎たちのことを何か聞いているか?」
「……うん、知ってる」
「……なら、分かると思うが、道ノ崎たちは今少し体調が悪いみたいでな、お休みしているんだ」
「……」
「赤野の元気がないと、みんなが戻ったとき悲しむだろ?だから、元気出せって」
「……戻ってこないよ」
劉生君は、ポツリと呟きます。
「みんなは、戻ってこない」
「……いや、そうとは限らないぞ。戻ってくるさ」
「来ない。……来ないよ」
「……」
先生は背筋を伸ばすと、笑みを消して、真剣な表情になりました。
「もしかして、何か相談したいことがあるんじゃないのか?先生に話してみなさい。そうしたら、気分も軽くなるぞ」
「……」
劉生君は初めて顔をあげました。
胸がつぶれてしまうほどの苦痛を、先生が解き放ってくれるかもしれません。
劉生君はすがるように、全てのことを話しました。
公園のエレベーターから、ミラクルランドに行けること。
そこにいる子供たちは、眠り病の患者であったことを。
「リンちゃんたちも、ミラクルランドにいっちゃったまま、帰ってこないんです!だから、眠り病にかかっちゃったんです!」
「……そうか」
先生はポンポンと劉生君の頭を撫でます。
「……それは辛かったな」
「先生……!」
先生はわかってくれたんだ。これでみんな助かると喜ぶ劉生君でしたが、
「だから、赤野はお医者さんに任せておいて、みんなが起きるのを待つといい」
その一言で、自分の言葉が受け入れてもらえていないと察してしまいました。
「……どうして」
「ん?」
劉生君は、信じてもらえなかったことが悲しくて悲しくて、怒りが込み上げてきました。
劉生君は怒鳴ります。
「どうして信じてくれないの!!本当なのに、お医者さんじゃどうしようもないのに!!」
鬼気迫る様子の劉生君に、先生はたじたじです。
「お、落ち着け落ち着け。一旦座ろう?な?」
「……でも……っ !」
ちょうどこのタイミングで、授業開始のチャイムがなりました。先生は「あー」と声を漏らし、申し訳なさそうにちらちら劉生君を見ます。
「そのー、すまん。授業の準備をしなきゃならん。赤野は次の授業休んでていいからな。保健室にいてもいいし、ここにいてもいい」
「……」
劉生君はすとんと座り込みます。
無言でうなずくと、先生はバツが悪そうにいそいそと出ていきました。
劉生君は動くのもままならず、ただただうつむいています。
担任の先生は、ミラクルランドと眠り病の関係を信じてくれませんでした。
担任の先生は優しくて頼りがいがあると思っていたので、劉生君はかなりのショックを受けました。
「……」
結局、劉生君はどこかに行く気力もなく、そのまま終業のベルが鳴るまで動けませんでした。