1 仲良し三人組! 遊びに行こ行こ!
キンコンカンコン。
午後三時のチャイムがなりました。
四年生の生徒にとっては、学校が終わる合図です。
学校が終わって嬉しいのでしょう、教室は賑やかな声であふれます。
静かにしている子も、家に帰りたくないわけではありません。楽しい気持ちを声に出していないだけです。
彼、赤野劉生君もその一人でした。
今日もようやく授業が終わったと、ほっとしながらノートをしまいます。
そんな彼のもとに、一人の女の子がやってきました。
「ねえねえリューリュー! これから暇?」
「うん、何も予定ないよ!」
彼女は道ノ崎リンちゃん。明るい性格で、いつもクラスの中心にいる女の子です。
運動が大の得意で、お洋服も男の子のような半そで短パンを着ています。
一方の劉生君は名前こそかっこいいけれども、とっても泣き虫。元気ではありますか、些細なことでしょっちゅう泣いています。
そんな二人ですが、お家が隣同士で、小さなときから一緒に遊んでたので、今でもとても仲良しです。
リンちゃんは、目をキラキラ輝かせています。
「ヨッシーの家の近くにショッピングモールがあるでしょ? そこに駄菓子屋さんができたんだって! お菓子もたくさんあるし、見たことないおもちゃもいっぱい置いているんだって! ヨッシーと一緒に行く約束しているんだけど、リューリューもどう?」
ヨッシーとは、鐘沢吉人君のことです。劉生君と席が近かったので仲良くなり、それからよく三人で遊ぶようになりました。
絵に描いた優等生君ですので、クラスでも一位二位を争うくらい勉強ができます。
中学お受験を目指していて週に何回も塾に通っていますので、あまり彼とは遊べません。
彼と遊べるならば是非とも一緒に行きたいと思いましたが、劉生君はすぐに返事ができません。
劉生君はこわごわとリンちゃんに尋ねます。
「そ、それって、あの大きな犬がいるお家を通らなくちゃいけない、よね……」
吉人君のご近所さんには、とても怖い番犬を飼うお家があります。
その家の前を通ると、犬はウォンウォンと吠えて尻尾をブンブンふってくるのです。その犬には敵意はなく、ただ前を通る人と遊びたいから吠えているだけですが、そんなことを知らない劉生君にとってはとても怖い存在です。
ちなみに、リンちゃんは怖いと思っていませんので、劉生君の異常なこわがり様に呆れてしまいました。
「そんなに怖がらなくてもいいわよ。門から出てこないんだし、ちょっと耳を塞げばいいだけじゃない」
「で、でも……」
「全く、仕方ないわね。ヨッシーに頼んで、そのお家を通らない道を教えてもらいましょう。それなら一緒にいける?」
「……それなら、頑張る」
「よし! 決まりね! お、ちょうど来たわね。ヨッシー!」
教室の扉から一人の男の子が入ってきました。高級なブランドのポロシャツを身にまとい、高級なブランドのズボンを履き、その他もろもろのブランド品を着ています。
彼こそが劉生君やリンちゃんの友人、吉人君です。委員会の仕事が終わって教室に戻ってきたようです。
二人のもとへ来ると、唐突に、吉人君はクイズをだしました。
「では問題です。直角の角度はいったい何度でしょうか」
これぞ、定番の吉人君クイズです。
リンちゃんは元気よく答えます。
「180度!」
劉生君は自身なさげに答えます。
「……80度?」
「おしい、90度です」
クイズも終わりましたので、話に戻ります。
「赤野君も来れそうですか?」
「うん、吉人君も今日は遊べるんだね。塾の日じゃなかったっけ」
「そのはずでしたが、急に休みになったんです。家で宿題をしててもよかったのですが、どうせなら新しくできたお店に行ってみたいと思いましてね。そういえば、赤野君の好きな『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』のシールも売っていましたよ」
「ええ! 本当!?」
『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』とは、毎週日曜日の朝に放送している実写ヒーロー番組です。
五人のヒーローが悪の組織と戦い、世界に平和をもたらすという内容です。劉生君はこのシリーズが大好きで、ノートも筆箱も、鉛筆だってドラゴンファイブのイラストが描いてあるものを使っています。
黒い犬のことも忘れて、劉生君はうきうきして、「なくなっちゃう前に早くいこう!」と二人を急かします。
これにはリンちゃんも苦笑してしまいます。
「本当に好きなのねえ、あの番組。それじゃあさっさと行く支度をしましょ。一度家に帰って、学校前に集合でいいよわよね?」
「うん! そうしよ!」
彼らの小学校は道草厳禁です。それに、駄菓子屋で買い物をするお金も持っていません。
そんなわけで三人はランドセルを背負って、一旦お家に戻ることとしました。
彼らの胸に宿っていたのは、駄菓子屋さんへの単なる好奇心でしょう。
この時の彼等は知らなかったのです。
行く先で出会ってしまった、未知なる世界のことを。そしてその世界で、子どもたちの命をかけた戦いに巻き込まれてしまうことを。
彼らは急いでいましたので、真っすぐ学校から出ていってしまいましたが、職員室の前を通っていたら、もしかしたら予兆を知ることが出来たかもしれません。
彼らが通ることがなかった職員室の中では、先生たちが怖い顔をしていました。
そこに映っているのは、小さなテレビ。
テレビの中でアナウンサーさんは、暗い音楽とともにこう言いました。
『子どもが眠ったように意識を失う病が世界中に流行っています。原因はいまだ不明。各医療機関で原因を究明中です』。