5 みんなの願い! 劉生君の悩み
草の影から、ごそごそとリンちゃんたちが出てきました。
「あちゃ。ばれてたのね。さすが蒼ちゃん」
劉生君は驚きます。
「リンちゃん、みんな……!い、いつの間に……」
みつる君は申し訳なさそうに目をそらします。
「うっ、赤野っち、ごめんね。何話してるのか気になっちゃって……」
咲音ちゃんはのほほんと笑います。
「実はですね、リンさんがとっっても心配しておられたんです!ですから、覗き見してたんです!」
「ちょっ、ちょっとサッちゃん!?普通それ言わないでしょ!?」
あの恐ろしい真実を聞いたとは思えない、なんとも和やかな空気です。
「……リンちゃん、吉人君、みつる君、咲音ちゃん……」
劉生君は懸命に叫びます。
「みんな、ここにいるとみんな死んじゃうよ!!だから、」
「ああ、そうみたいね」
リンちゃんはくすりと笑います。
「最初聞いたときはビックリしたわよ」
リンちゃんは明日の天気が雨だと初めて聞いたかのような、そんな気軽な返事をします。
「それで?」
「……そ、それで?」
「リューリューはここに残るんでしょ?」
当然のようにリンちゃんは言います。
「残らない。残らないよ。残るわけないじゃん!みんなで帰ろうよ!」
「帰るわけないじゃない」
ピシャリと、リンちゃんはいい放ちます。
「だって、こっちで消える訳じゃないんでしょ?なら、別にいいわよ」
「別にいいって……。リンちゃんのお母さん、弟ちゃんや妹ちゃんとも会えなくなるんだよ!それでもいいの!!」
リンちゃんは苦い表情を浮かべます。
「お母さんに会えなくなるのは、……辛いわよ。けど、足が不自由なあたしが残っても、お母さんに苦労かけちゃうだけだもん」
それに、といって、リンちゃんは言葉を継ぎます。
「弟妹たちには、ミラクルランドに来るように誘ってるとこなの。無理やり連れてくるのはよくないから、あたしが向こうに行けるまで誘うつもりよ」
「そんな……」
救いを求めるように、他の子達を見ます。
しかし、みんな反論もしなければ、躊躇する様子もありません。
吉人君は疲れた笑みを浮かべます。
「ここにいれば、将来のことも考えなくてもいいですし、勉強しなくても誰も説教しませんからね」
みつる君も晴れやかな笑みをこぼします。
「ミラクルランドなら、料理もしほうだい!それに、一人じゃないから」
咲音ちゃんは嬉しそうに手のひらを広げます。
「見てください!ピーちゃんですよ!わたくしがピーちゃんに会いたいなってお願いしたら、生まれてくれたんです!たくさんお歌聞かせてるんですよ!」
みんな、受け入れていました。
ミラクルランドで生きることを。
現実世界での死を。
「……ダメだよ」
劉生君は受け入れられません。
「絶対に、ダメ」
劉生君は目に涙をためて、全身で拒絶します。
「ダメったらダメ!帰るの!みんなで!帰るの!!」
「こらリューリュー。駄々こねちゃダメでしょ」
「いや!」
リンちゃんが嗜めようが、何をしようが、劉生君には関係ありません。
みんなを連れて帰る。
あの悪夢のようにはさせない。
その一心です。
「……そっか」
橙花ちゃんは、呟きます。
「君は、ここに残らないんだね」
橙花ちゃんは、悲しそうに微笑みます。
「なら、君はあちらにお帰り」
杖をふると、劉生君の背後にぽっこりとエレベーターが現れました。
もちろん、劉生君は戻る気などありません。
振り返り、エレベーターを視認するや否や、劉生君は火がついたように暴れます。
「僕一人じゃ帰らないよ!絶対に!!」
噛みつかんばかりの劉生君でしたが、橙花ちゃんは聞き分けのない子供を諭すように言います。
「君がここにいたくないなら、ボクは劉生君の気持ちを尊重する。だから、君もボクらの気持ちを尊重してほしい」
「嫌だよ!!絶対、絶対嫌だ!だって、そんなことしたら……!」
「もう、なにいってるのよ、リューリュー」
リンちゃんは呆れたようにため息をつきます。
「アンプヒビアンズであんた、言ってたじゃない。こうと決めたことは大切にしたいって」
「だから、僕はみんなと」
「リューリュー。あたしたちも結構考えてミラクルランドに残るって決めたんだから、あたしたちの決めたことを大切にしてほしいの」
「け、けど……!」
吉人君は続けて言います。
「レプチレス・コーポレーションで、こんな話をしてましたね。信じることは重要だと。できればですが、僕らの決断を信じて、見守ってくれませんか」
「……そんなのって……」
咲音ちゃんはふわふわ優しく笑います。
「そうですよ!トリドリツリーで、わたくし、劉生さんに教えてもらった通り、嫌な思い出を忘れないように、大切にして行くって決めたんです!だから、ここに残って、ピーちゃんと一緒に過ごします!」
みつる君も複雑そうに劉生君を見ます。
「赤野っちの気持ちもわかるけど、やっぱりさ、俺たちの気持ちもわかってくれたら嬉しいな。ほら、マーマル王国でも、しっかりお互いのことを分かってあげた方がいいって話してたからさ。俺らのことも分かってくれたら嬉しいな」
「……」
黙ってしまった劉生君に、橙花ちゃんが畳み掛けます。
「フィッシュアイランドでは、一人で何もかも決めるよりも、みんなで力をあわせて戦うことの大切さを、劉生君から教えてもらった。だから、できれば劉生君も一緒にミラクルランドにいてほしいんだ」
橙花ちゃんは、一歩、また一歩と、劉生君に近づきます。
逃げなくては。
逃げなくては、向こうの世界に送り返されてしまう。
わかっていました。
けれど、劉生君は動くことができません。
「劉生君」
橙花ちゃんは、リンちゃんは、吉人君は、みつる君は、咲音ちゃんは、笑っています。
「気がかわったら、おいで。もし気が変わらないなら、……さようなら、だね」
トンっと。
劉生君の肩を押します。
彼はなすすべもなくエレベーターの中へと転がり、扉がしまりました。
「あっ……。待って、待って!!」
エレベーターの開けるボタンに手を伸ばしますが、エレベーターは無情にも動きだします。
「お願い、戻って……わあ!」
エレベーターはガタンと揺れ、劉生君はこけてしまいました。
「っ……!」
もう一度立ち上がり、ボタンを連打しますが、いつものごとくエレベーターは戻りません。
下へ下へと下がっていき、
劉生君たちの世界に戻ってしまいました。
たった、一人で。
「戻らないとっ!」
劉生君は何度もエレベーターを起動させて、ミラクルランドに向かおうとしました。
しかし、うまくいかず、ただただ上に下にと連れていくばかりでした。
「なんで、なんで!?どうして!!」
エレベーターを叩き、喚きます。
「ちょっと君!」
公園の管理人が飛んできて、劉生君を引き離します。
「なにしてるんだ!壊れるだろう!」
「離して、離して!みんなを、みんなを連れてこないと」
ふっと、劉生君の頭に、橙花ちゃんの冷たい表情が浮かびます。
彼女は言いました。
ボクたちの気持ちを分かってほしい、と。君のやっていることは、自分よがりだ、と。
途端に、劉生君は動きを止めました。
今までの劉生君は、自分の思うままに、自分のやりたいことだけをしてきました。
けれど、橙花ちゃんたちは、それは自分達のためにはならないと否定しました。
……橙花ちゃんの言うとおり、自分はわがままで、自分勝手なのでしょうか。
みんなをミラクルランドから連れ出すことは、本当に正しいことなのでしょうか。
「……」
劉生君は、分からなくなってしまいました。