10 怖い怖い魔物はいなくなり、ミラクルランドは平和になりました!
「……せいくん、劉生君!」
ハッと瞼を開けると、橙花ちゃんが不安そうに覗きこんでいました。
「よかった。気がついたんだね」
「……とうか、ちゃん」
喉がカラカラで、うまく声が出せません。
橙花ちゃんが飲み物を渡してくれました。一気に飲み干そうとして、思わず吐き出します。
「まっず!!なにこれ!?」
「アンプヒビアンのドリンクだよ。ほら、前に吉人君が飲んでた」
「あー……」
元気はでるけど、えらくまずい飲み物だったはずだ。
「ほらほら、飲んで飲んで」
「うっ……」
嫌々ながら、劉生君は胃に飲み物を流し込みます。
「……ぐぅ」
まずい。
すごくまずい。
饒舌に尽くしがたき不味さです。
テンション駄々下がりの劉生君をみて、橙花ちゃんはくすりと笑います。
「はい、口直しだよ」
さすが橙花ちゃん、ひょいと杖を振って、マカロンを出してくれました。
「わー、ありがとう!」
力強い甘みが口の中に広がり、噛めば噛むほど苦味を消してくれます。
ゆっくりかじって、すべて食べ終わる頃には、ドリンクの効果も出て、疲れも怪我も癒えていました。
「えへへ、ありがとう、橙花ちゃん」
「どういたしまして」
元気になったおかげで、周りを見る余裕ができました。
二人がいるのは、今まで見たことのない、変な場所でした。
空もなく、遮蔽物もなく、床もありません。
ただただ、青いです。
まるで絵の具の青で世界を塗りつぶしているように、青く染まっています。
そんな世界に、唯一ある物体は時計くらいでしょう。
上に、下に、右に、左に、いろんな場所に時計が浮かんでいます。
普通の目覚まし時計や、大きな古時計、液体のようなとろりとした時計もあります。
その場所を一言で言い現すとしたら、変な空間。それ以外はありません。
「ここどこ?」
「ムラの時計塔だよ」
「へー!あれ?時計塔の中って入れるの?」
ずいぶん前に聞いたので朧げの記憶しかありませんが、確か橙花ちゃんしか入れないと言っていたような気がします。
「見ての通り、ここは良く分からない場所だからね、他の子が間違えて入ってこないようにロックしてたんだ」
「そうなんだ……」
確かに、うっかり入ったら、混乱して取り乱すこと間違いありません。
「けど、ここは居るだけで不思議と疲れがとれるから、劉生君を招いたんだ。どうかな?」
「んー、わかんないかな」
「そ、そっか……」
「……僕ね、早く出て、みんなと会いたいなあって思うの……」
劉生君はふるりと震えます。疲れこそとれていますが、妙な形の時計を見ていると、あの悪夢が蘇ってくる気がしてならないのです。
夢の中で、劉生君は「誰かの記憶の世界に来ちゃったんだなあ」と思っていました。
けれど、今までリンちゃんとずっと一緒にいましたが、あんな場所に運び込まれるほどの大病は、今までで足の怪我をしたときしかありません。断言できます。
あんな体験は誰も経験していないはずなのですので、あれは夢だったのでしょう。もしくは、魔神最後の嫌がらせかもしれません。
そう思って気を取り直そうとしますが、みんなの姿が見えないと、なんだか不安になってくるのです。
「そっか。うん、そうだね」
橙花ちゃんは優しく微笑みます。
「みんなも、劉生君と会いたがってるよ。外にいこっか」
橙花ちゃんは手を伸ばします。劉生君が掴むと、橙花ちゃんは勝手知ったるように手を引きます。
気がつくと、二人は時計塔のふもとにいました。周りには、ムラ中の子供達がびっくりしたようにこちらを見上げています。
「え、えーっと」
劉生君は照れたように頬をかきます。
「た、ただいま……?」
子供達はワッと歓声を上げ、二人に駆け寄ってきました。
いの一番に飛び込んだのは、リンちゃんです。
「リューリュー!!よかった、無事でよかった!!!」
ぎゅうっと抱き締め、すりすり頬擦りします。リンちゃんに温もりに包まれると、劉生君も涙腺が緩み、ギャンギャンと涙を流しました。
「わーんっ!リンちゃん、リンちゃん!!」
吉人君も、みつる君も、咲音ちゃんも、泣いて笑いながら、劉生君を優しく迎えてくれます。
「無事でよかったです、赤野君」
「すごい心配したんだよ、赤野っち……!」
「劉生さん、とっっってもかっこよかったです!」
友之助君と聖奈ちゃんは優しく微笑みます。
「さすが劉生だな。まさにヒーローって感じだったぞ」
「……うん。ミラクルランドの、救世主」
李火君や幸路君は、ほっと息をつきます。
「あれで死なないのはすごいよね。最早人間じゃないのでは?」
「さすが俺の強敵だな!俺も負けてられねえな。もっともっと強くならないと!」
みおちゃんははち切れんばかりの笑みでジャンプします。
「泣き虫お兄ちゃんが帰ってきたから、お祝いパーティーしようよ!」
子供達は口々に賛成します。
「わーい!」「パーティー、パーティー!」
「蒼お姉ちゃん、いいかな?」
断る理由はありません。橙花ちゃんは笑顔でうなずきます。
「うん、そうしよっか!」