18 戦闘開始! 必殺技、披露会!
「きゃあ!?」
「お、落ちる!?」
「いや、この程度なら落ちないし、落とさせない」
橙花ちゃんが杖を上に振り上げると、バスは元の高度に戻ります。それでも時折ガタガタと揺れます。
「蒼さん。これは魔物の襲撃ではないですか!?」
「……そうかもしれない。確認してみるよ」
橙花ちゃんは窓に近づきます。険しい顔が、よりいっそう険しくなります。
「うん、やっぱりそうだ。魔物に襲われているね」
バスのそばには、なん十匹もの赤黒い鳥が飛んでいました。鳥は並行して飛びながらも、つついたりぶつかったりして攻撃を繰り返しています。
「ど、ど、ど、どうするの!? た、戦うしかないんだよね!?」
一人で行く橙花ちゃんを止めていたときの劉生君はどこへやら、今の劉生君はびびっています。
橙花ちゃんは、窓から視線をそらさず、頷きます。
「そうだね。このまま放っておいたらフィッシュランドにつく前に墜落する」
「ええ!? た、倒さないと!」
「うん、……でも、結構数がいるな。……本当は訓練してから実戦に移りたかったけど、仕方ないよね。みんなの力で、魔物を倒そう。いいかな?」
リンちゃんと吉人君は、声を揃えて「もちろん!」と答えました。
あわてて劉生君も頷きます。
三人の返事に、橙花ちゃんは固まった表情がほんの少しだけ緩みます。
「勿論、ボクもフォローするから心配しないで。まずは上に行こうか」
橙花ちゃんは劉生君たちを自分のすぐ近くまで呼び寄せると、杖をふりました。すると、地面から青い光があふれ出てきました。びっくりして三人は目をつぶります。光が収まったとき、瞳を開けると、彼らがいた場所はバスの上だったのです。
「わあ! いつの間に。ワープ魔法ですか?」
吉人君の質問に頷き、橙花ちゃんは鳥の魔物たちを睨みます。ちょうど羽の内側のところに、空に浮く黄色の五角形が描かれていました。魔物である証拠です。
劉生君はびくびくしながら、「あれはカラスの魔物なの?」と尋ねます。橙花ちゃんは小さく首を横にふります
「いや。あの大きさからすると、ハトの魔物だね。さて、奴らが襲ってくる前に準備を進めようか」
橙花ちゃんはまっすぐ劉生君を見つめます。
「まずは劉生君が魔物を弱らせてくれるかな。その間に、リンちゃんと吉人君の魔力を調整する」
「ぼ、僕一人で!?」
「大丈夫。君ならできる。まずは剣を抜いてみて」
「う、うん。頑張る!」
剣を抜くと、炎に包まれた真っ白な剣が姿を現しました。ごうごうと燃え盛る火をみていると、心の奥底から勇気が燃え盛る気がしました。
魔物たちもタダならぬ雰囲気に気づいたのでしょう。ぎょろりとした赤い目で劉生君を観察します。
いつもの劉生君なら恐怖で固まるところですが、このときの劉生君は違いました。
「よ、ようしっ!」
劉生君は剣を構えます。自分がリンちゃんや吉人君を守る。そんな強い意志を瞳に宿します。
「来るならこい!」
震える声で挑発すると、十羽もの魔物が一斉に飛び掛かってきました。
「劉生君、自分が魔物を倒しているのを想像して! そうすれば剣も応えてくれるから!」
橙花ちゃんの助言通り、懸命にイメージをしようとします。ですが、自分がばっさばっさと魔物を倒すイメージがうまくできません。
それなら、と、劉生君は『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の蒼井陽さんが敵のエイリアンを剣で倒すシーンを思い出します。
雑魚戦も大好きですが、必殺技を叫んでボスと戦う場面が一番大好きです。その場面を思い浮かべながら、大きく剣を振りました。
「いけっ! 『ドラゴンソード』! <ファイアーバーニング>!!!」
剣の炎が燃え盛り、ついには劉生君よりも巨大な剣になりました。
魔物たちは劉生君よりも小さなサイズでしたので、この攻撃を避けることはできませんでした。
一瞬で火に包まれ、即座に灰へと変わります。
「この調子でもういっちょ! <ファイアースプラッシュ>!!」
ぶん、と剣を横に振ると、小さな火の粉がものすごい勢いで飛んでいきます。
魔物たちは慌てて避けようとしますが、運悪く激突した魔物は羽を焦がして苦痛の鳴き声を上げます。
劉生君の立ち回りをみて、橙花ちゃんは息をのみます。
「さすが劉生君。強力な魔力をいとも簡単に扱っている……」
技名こそ突っ込みどころがあるものの(スプラッシュは水しぶきのことを指すのであって、火の粉を飛ばすときには使わない)、その力はかなり強力でした。
「劉生君が頑張っている今のうちに、こっちも進めておかなくちゃね」
彼女は自分たちの周りに簡易的なバリアを張った後、リンちゃんと吉人君に視線を映します。
「それじゃあまずはリンちゃんから。君の大切なものを見せてくれる?」
「う、うん。分かった!」
リンちゃんは慌てて自分の大切なものを出します。
「持ってきたのはシューズに金メダルよ。これで何とかなる?」
白のシューズは、リサイクルショップで惹かれて買ってもらったものです。金メダルは去年の持久走大会で優勝したときにもらったものです。
スポーツ選手になって、お金持ちになるのが夢なリンちゃんにとって、とてもとても大切にしていきたいものたちです。
しかし、橙花ちゃんは渋い表情になってしまいました。
「うーん。持ってきてもらって申し訳ないけど、他のものでもいいかな」
「他? その靴じゃ駄目なの?」
「駄目ってわけじゃないんだけど、シューズよりも金メダルよりも、その子の方が君の想いがこもっているから、その子でもいいかな」
橙花ちゃんが指さしたのは、彼女が持っていたぬいぐるみリュックです。
「こ、これって……」
前に、劉生君がリンちゃんにあげたクマのリュックサックです。薄黄色の毛がふわふわとしていて、とても可愛らしいです。
吉人君は思わず笑います。
「大切にされているんですか。赤野君が知ったら喜ぶでしょうね」
「……」
リンちゃんはうつむいてしまっています。どうしたのでしょう。橙花ちゃんは心配そうにリンちゃんをのぞきこみます。
「大丈夫? 体調でも悪くなった?」
「い、いや、ち、違うわよ! ……そ、それじゃあこのリュックでお願い……」
リンちゃんったら、顔が赤面しちゃっています。橙花ちゃんはいまいち理由がよく分かっていないようで首を傾げています。大人っぽく見えて、そういうことには詳しくないようです。微笑ましそうに眺めている吉人君とは対照的です。
「まあ、リンちゃんがそういうなら。それじゃあいくよ。えいっ!」