5 子供たちも、成長しているのです!
空の上にいる魔神は、赤い霧を辺りに充満させます。身構える橙花ちゃんに、魔神は優しく語ります。
『安心しろ。この霧は映像を写すためのものだ。今からムラを襲うから、それを見てもらおうと思ってな』
「なっ、」
魔神は、口元を緩める。
『では、始めようか』
霧には、ムラのリアルタイムの映像が流れていた。
最初は、時計塔が青いシールドを作って魔神の攻撃を阻んでくれていました。
しかし、何十、何百もの攻撃に耐えられず、シールドは壊れてしまいました。
ムラの子供達はパニックになり、散り散りに走り出し、悲鳴をあげます。
ムラの外に逃げようとする子もいましたが、魔神は先手を打ち、ムラ全体を網で囲んで子供達を封じました。
『そのまま子供達を穴だらけにしてもいいが、それでは簡単すぎてつまらないからな』
魔神の二本の角が輝きました。
それと呼応するように、映像の中の魔神の手も赤く輝くと、ぽとりと、手が地面に落ちました。
次から次へと、水滴のように落ちていく魔神の手。
その手は、丸く固まると、鳥やほ乳類、は虫類や両生類、魚類の動物に姿を変えました。
すべての動物は、赤いオーラをまとい、目も赤く輝いています。身体のどこかには黄色の五角形の印がついていました。
誰かの声が聞こえました。「ま、魔物だ!」
話せるような魔物ではありません。彼らの真っ赤な目に宿るのは、破壊衝動だけです。
かなりの数がいます。百、千はいるかもしれません。橙花ちゃんでさえ苦戦しそうな数がムラに散らばっています。
到底、子供達だけでどうにかできる数ではありません。
橙花ちゃんは思わず叫びます。
「やめて……。お願いだから、あの子達は傷つけないで!」
足の痛みも忘れて、彼女は懸命に訴えます。
『ふふっ、もっと媚びてくれたら、やめるかもしれないなあ』
当然ながら、魔神は攻撃をやめる気はありません。
映像のなかでは、たくさんの魔物が子供を襲っています。それを見つめる橙花ちゃんの表情は、中々素晴らしい絶望っぷりでした。
こんな見ごたえのある顔を、みすみす逃すつもりなど、魔神にはなかったのです。
魔神は満足げに息をはき、映像に視線をやります。
もっと、もっと絶望してほしい。
耐え難い痛みを、苦しみを、後悔を味わってしまえばいい。
自我さえも、記憶さえも壊れてしまうほどに、傷つけばいい、
――魔神が過去、そうなってしまったように、彼女も苦しんでほしい。
その願いを、この世界は叶えてくれたに違いないと、魔神は愉快な気持ちになりました。
ですが、
「バカ魔神!あんたの思い通りにはならないんだからね!」
少女の元気な声が、映像から聞こえてきました。
◯◯◯
「とりゃー!!<リンちゃんの ビリビリサンダーキック>!」
リンちゃん渾身のドロップキックに、雑魚魔物が次から次へと消えていきます。
「ふん、どんなもんじゃい!」
「道ノ崎さんったら、そんな飛ばしていると、後半持ちませんよ」
吉人君は呑気にたしなめながら、飴の棒を振ります。
「魔物の皆さん、倒されやすいように固まっていてくださいー。<マッ=チャー>!」
痺れ薬をこれでもかとまき、<マッ=チャー>の葉っぱでチマチマ魔物にダメージをいれます。
魔物ガブガブと噛みついているのは、咲音ちゃんが呼び出した召喚獣、ウーパールーパーです。
体が桃色、顔の横が紅色と、可愛らしい両生類です。
歯はあまり生えていませんので、ペットショップで買えるような子は噛まれても痛くはありませんが、人間大のサイズですので、まあ、痛いですよね。
戦いで傷ついた子たちには、みつる君の<レッツ=クッキング>で癒してくれています。
「みんな、疲れたら俺に言ってね!治してあげるから!」
「はーいはい!」
みおちゃんが目をキラキラさせています。
「みおはね、みおはね、ハンバーグ食べたい!」
「うん、わかった。」
みつる君は気前よくハンバーグを出します。
「わあ!ありがとう!ハンバーグ、ハンバーグ!」
ウキウキで受け取ろうとしたみおちゃんでしたが、
『キェーー!!!』
鳥型の魔物が奪いとってしまいました。
「み、みおのハンバーグ……」
みおちゃんはわなわなと震えました。
「みおの、みおの、みおのー!!!」
みおちゃんは折り紙のボールを投げます。これが相当固いボールで、さらにものに触れると爆発する仕組みになっていました。
みおちゃんの駄々こねボールにあたり、ハンバーグを奪った鳥の魔物も、周りにいた無関係な魔物もやられていきました。
幸路君は有頂天で、「いいぞみお!」とはしゃぎながら槍を振り回します。
さすがアンプヒビアンで鍛えただけあります。そこそこ強そうな魔物たちもあっけなく倒れます。
李火君は高いところから子供達を眺めます。
「いやー、みんな頑張ってるねえ。友之助君も頑張らないと、隊長の座がとられちゃうんじゃない? 」
「うっせえ働け!」
友之助君はフルーツのピストル片手に叫びます。
一部何もしていない人もいましたが、ほとんどの子供達は自分で出来る方法で懸命に魔物と戦っています。
魔物一匹一匹の力こそ強いですが、リーダーがいない魔物たちは烏合の衆です。
対する子供達は、一人一人の力こそ弱いですが、お互い協力して戦っています。
ですので、魔神が思い描くような蹂躙はありませんでした。
霧の映像を見て、橙花ちゃんは涙ながらに微笑みます。
「よかった。本当によかった……」
『……』
魔神は近くに散らばる骨を橙花ちゃんに刺します。橙花ちゃんは小さく悲鳴をあげますが、魔神の気はおさまりません。
『所詮、魔物などその程度か。本当は前と同じやり方はとりたくなかったが、手段を選ぶ余裕はない』
魔神はジロリと劉生君を睨みます。すると、ピクリとも動かなかった劉生君が、人形がヒモに吊られるように立ち上がったのです。
その瞳は赤く輝き、口元は意地が悪そうに歪んでいます。
またもや、劉生君の身体を乗っ取ったのです。
「こいつの体でお前を痛め付けてやる。どうだ、苦しかろう?」
「……お前……!」
憎悪の視線を受け、ようやく、魔神は笑みを見せます。
「蒼。覚悟しろ」
うっとりとした目で、魔神は『ドラゴンソード』を握ります。
そのときです。
『っ!』
魔神の目の奥で、眩しい光が点滅します。
『……あいつか』
魔神が気づくと共に、彼の精神は暗い世界に引きずりこまれました。
魔神の目の前には、この身体本来の持ち主、赤野劉生君がいます。
彼は目をつり上げ、きゃんきゃんと吠えます。
「僕の身体を返せ!」
劉生君の一喝で、魔神の体がふわりと浮かび、吹き飛ばされました。
魔神が目を開くと、劉生君の体から追い出され、もとに戻っていました。
魔神は腸が煮えたくります。
『お前は本当に余計なことばかりする……!!』
劉生君は崩れ落ちそうになりますが、なんとか耐えて魔神を睨みます。
「ふんっだ!いい人だと思ってたのに、騙された気分だよ!みんなに酷いことして、橙花ちゃんを傷つけて!僕、許さないんだからね!」
『お前に許しを求めてはない。道具になる気がないなら、黙っておねんねしてろ』
「いーやーだ!絶対に!嫌だ!僕は橙花ちゃんを守るんだ!」
『ドラゴンソード』をぶんぶん振り回し、ぷくっと頬を膨らませます。
その子供っぽい動作が、魔神の地雷を踏んでしまったようです。獣が毛を逆立てるかのように赤いオーラが膨れ上がり、赤い霧をかき消します。
『黙れガキ!いいだろう。蒼を殺す前に、お前を殺しやる!!』
「や、や、やれるものならやってみろ!!」
魔神と劉生君。
赤い目を持つものと、赤い目を持つもの。
彼らの戦いの火蓋が切って落とされました。