3 劉生君、気合いの反撃!!―橙花ちゃんを守るため!―
大人二人なら余裕で握りつぶせるほどの巨大な手が、小さな小さな劉生君たちを襲おうと迫ります。
橙花ちゃんは劉生君に逃げろと叫んでいます。心の底からの叫びです。従わなくてはならないと思ってしまうほどの気迫です。
それでも、劉生君の耳には入りません。
どんなに力があったとしてと、
例え、魔神の力を借りていたとしても、
この圧倒的な攻撃の前では、跳ね返すこともできません。
けれど、
劉生君は、立ち向かいました。
弱い炎をまとう『ドラゴンソード』を手に、劉生君は魔神の手を睨みます。
来るならこい、と言わんばかりに、劉生君は剣を構え、
「ていやっ!!!」
赤い手に剣が触れました。
その途端、
赤い手が、爆発し霧散しました。
「……へ?」
劉生君は剣を構えた体勢のまま、ポカンと口を開けます。
「ど、どうなってるの?」
劉生君だって、まさか自分の力だけで魔神の攻撃をどうにかできるとは思っていませんでした。
だからといって犠牲になるつもりもありませんでした。どうにかして攻撃を流して、橙花ちゃんと一緒に逃げようと思っていたのです。
それはそれで中々な楽観的な考えでしたが、だからといって、こんなに大打撃を食らわせられるとまで自惚れてはいません。
「……な、何が起こったの?」
救いを求めて、橙花ちゃんを見ます。
劉生君が戸惑っている間に、橙花ちゃんは観覧車から抜け出していました。
橙花ちゃんもポカンとして劉生君を見つめますが、彼と目が合った途端、驚いて声をあげました。
「劉生君、君の目の色、赤くなってるよ!?」
彼の目は真っ赤に輝いています。
劉生君に自覚症状はありません。現に、「目?赤くなってる?」とぺたぺた目元を触っています。
「……そっか。劉生君には話してなかったね。魔神に体が乗っ取られてるとき、君の目は赤く光っていたんだ」
「そうなの?でも僕、ちゃんと僕だよ」
バタバタと手を羽ばたかせ、自分が劉生だと主張します。
橙花ちゃんもそれは了解済みです。小さく頷きます。
けど、それならどうした彼の目は赤い光を帯びているのでしょう?
魔神の攻撃を無効化したことと関係があるのなら……。
もう少し考えていたかったですが、魔神が低くうなり、攻撃を仕掛けてきましたので、思考を中断しました。
「劉生君、<ファイアウォール>をお願いできるかな。壊れたらボクが<モドレ>をかける!」
「う、うん!わかったよ!」
劉生君は剣の先を突き出します。
「<ファイアウォール>!」
劉生君が願った<ファイアウォール>の姿は、自分と橙花ちゃんを守るシールドでした。
しかし、実際に出来上がったのは、 十数人もの子供を守れるくらい巨大な壁でした。
「うぎゃあ!なにこれ!?」
<ファイアウォール>は見た目だけではなく、耐久度も増していました。
さっきの骨攻撃の時はあっけなく壊れてしまいましたが、今回はいくら当たってもひび一つつかず、耐えきりました。
「なんかパワーアップしてる……?でも、どうして……?」
「もしかして、」
橙花ちゃんは未だ目が赤く輝く劉生君を見つめます。
「もしかして、魔神の力を吸収してるのかもしれない」
「きゅ、吸収?」
目が点になる劉生君に、橙花ちゃんは憶測を話してみます。
「劉生君は魔神の力を使って戦っていたよね」
「うーん。使いたい!って思いながら使ったことはないけど、たぶんそうなんだと思う」
「そのせいで、君と魔神の間に繋がりが生まれて、魔神の力を奪い取れるようになったんじゃないかな」
「むむむ?」
首をかしげつつ、橙花ちゃんに聞きます。
「つまり、あの魔神に勝てるかもしれないってこと?」
「そういうことだね」
橙花ちゃんは杖を構えます。今までは絶望的でしたが、大きな希望が見えてきました。
橙花ちゃんの目にも、希望の光がのぞいています。
「劉生君。魔神の攻撃を剣でふさいだ時と同じように戦ってくれないかな。ボクは後ろから援護するっ!」
「うん、わかった!」
劉生君はダッシュで突っ込みます。
魔神の技はまた変わり、今度はマーマル王国の金平糖を放ってきました。
なめると甘いですが、高速で投げつけられると、堪ったものではありません。
思わず躊躇する劉生君でしたが、
「<トマレ>!」
うまく金平糖を止めて、劉生君の道を作ってくれました。
「そのまま走って!」
「う、うん!」
橙花ちゃんの技は的確で、劉生君の走る道を守ってくれました。
「よし、これなら!」
あともう少しで、魔神に剣を刺せます。
「おりゃああああああ!!」
助走して、飛びかかろうとしますが、まるで予期していたかのように赤い鞭のような手が四方八方から襲ってきたのです。
「わわっ!」
こんなにムチだらけですと、橙花ちゃんがいるところから見えないはずです。
一度踏みとどまり、赤いヒモを切って自分で対処するか、それとも……。
劉生君が迷ったのは、ほんの一瞬でした。
橙花ちゃんは、やると決めたら絶対にやる子です。ならば、橙花ちゃんを信じたい。そう思い、劉生君はえいやとムチに体当たりするようにジャンプしました。
すると、ムチの時間が逆流し、または止まり、劉生君がちょうど魔神のところまで飛べるような軌道ができていました。
さすが橙花ちゃんです。
ありがとう、と心の中で呟き、劉生君は魔神を切りつけました。
「……っ!」
みるみるうちに暴力的な力が逆流してきます。吐き気のようなものを覚えますが、グッと堪え、噛み締めて、飲み込みます。
綱渡りのように、赤い光がいったりきたり、幾度も繰り返し、パチリと音をたてて、劉生君の方に赤い光がなだれ込みます。
あまりの流入に、劉生君は弾かれ、飛ばされます。
「うぎゃあ!」
ごろごろと転がり、橙花ちゃんに受け止めてもらいました。
劉生君の肩に触れた途端、橙花ちゃんは思わず眉間にしわを寄せます。
「うっ、……すごく力を奪ったんだね」
劉生君に触れるだけで、静電気のようにピリピリとした衝撃が手に走ります。よく見ると、劉生君のまわりにも、魔物と同様に赤い光が包んでいます。
相変わらず目も赤いので、魔物が目の前にいるようでした。
ついつい橙花ちゃんは「体に違和感はない?」と不安げに尋ねます。
「うーん?ないと思うよ。魔神の力を奪ってたときは気持ち悪かったけど、今はむしろすごく元気!」
嘘はついていません。ひとまず橙花ちゃんは安心し、魔神の様子を伺います。
あんなに大きかった魔神は、大人の大きさくらいにまで縮んでいました。
劉生君も魔神をみて、嬉しそうに破顔します。
「みて、橙花ちゃん!あんなに小さくなった!あれなら僕一人でも勝てるね!」
「劉生君。油断は禁物だよ」
「けどけど、あともう一発僕が魔神の力を手にいれちゃえば、倒せるんじゃない!ちょっと行ってくる!」
「あ、ちょっと待って、」
劉生君ったら、余裕綽々で魔神にとどめを刺しに行こうとしています。
劉生君は意気揚々と足を踏み出します。
そんなときです。
魔神と、目が合いました。
目といっても、本当に目かどうかは分かりません。顔らしき部分に、明るい赤い光が灯っているだけです。
本当に劉生君の方を見ているのかも分かりません。
けれど、劉生君は直感的に理解しました。
自分のことを、見ていると。
そう気づいたのと、胸の痛みを覚えたのは、ほぼ同時でした。