2 常識外れ!? 魔神の猛攻!
劉生君は<ファイアースプラッシュ>を出そうと、魔力を練っていました。が、しかし、攻撃を中断してしまいました。予想外のことが起きたのです。
「……あ、あれ? 攻撃がやんだ……?」
赤いムチの連撃がとまったのです。
「い、今がチャンス、かな?」
自分では判断できず、橙花ちゃんに指示を仰ぎます。
「……ひとまず攻撃を仕掛けてみよう。劉生君、お願い!」
「うん! <ふぁ」
魔神が動きました。
「――ッ!」
巨大な二本の手が伸びます。さてはそのまま攻撃してくるかと二人は身構えますが、魔神の腕は二人の頭上を越え、下界に伸びました。
橙花ちゃんは魔神の行く先を目で追います。
「あいつ、一体何をするつも……」
何をするつもりか、すぐに分かってしまいました。
魔神の腕は、妙に騒がしい音を立てながらゆっくりと上がってきます。
その手に持っていたのは、木でした。
「……」
木の枝、なんてものではありません。木です。正確には、トリドリツリーの大樹の一部です。それを下から引っこ抜き、ぶん投げてきたのです。
「う、うわああああ!!」「劉生君、こっち!」
橙花ちゃんが急いで劉生君の身体を引っ張ったおかげで、直撃は免れました。けれど、叩きつけたときの衝撃で、木々に実っていた鈴が喧しく鳴り響きました。
「うぎゃあ! うるさい!」
鼓膜が割れそうです。劉生君は両手で耳を閉じてしゃがみ込み、橙花ちゃんは思わずよろけてしまいました。
当然ながら、これだけで終わりません。
また下界に手を伸ばすと、今度は大量の骨(レプチレス・コーポレーション原産)を投げてきたのです。
「ひ、ひい!?」
爆音のせいで、うまく身体が動きません。それに、逃げられる気もしません。
劉生君はおびえながらも、橙花ちゃんを庇います。
「<ファイアウォール>!!」
これで骨の攻撃からは逃れられそうです。
よかった、とほっとしていた劉生君でしたが、ぱりん、とガラスの割れる音がしたと思うと、<ファイアウォール>が砕けてしまいました。
「えええ!!! ちょ、ちょ!!」
「時よ、<モドレ>!!」
橙花ちゃんの技でどうにか壁を復活できましたので、大量の骨に襲われませんでした。
しかし、骨が数本当たっただけで、<ファイアウォール>は壊れてしまいました。
「どうして、こんなに弱くなってるの!?」
劉生君は混乱してしまっています。
橙花ちゃんは劉生君をなだめつつ、崩れた炎の壁の一部をじっと見つめます。
もしかして先ほどの爆音のせいかと考えた橙花ちゃんですが、すぐにそれを否定しました。
それなら、自分だって力が弱まってしまい、劉生君の技で作った壁も崩れているはずです。
ならば、どうして劉生君の壁があんなに脆く崩れたか。
橙花ちゃんには、心当たりがありました。
そもそも、劉生君が持つ常人場馴れした莫大な魔力は、魔神を内に秘めていたためでした。
ならば、魔神の力が抜けてしまった今、劉生君には等身大の魔力しか残っていないと推測できます。
もし仮説が正しいならば、劉生君は魔神相手に成す術もありません。
「……」
自分の身を守るので精一杯な現在、劉生君を守りながら戦うのは到底不可能です。
ならば、劉生君にはなんとか逃げてもらうしかありません。
「……劉生君。この攻撃がやんだら、下に逃げたいって願って欲しいんだ。逃げ切れたら、時計塔のムラに行って、ムラのみんなを守って欲しい」
提案しましたが、想像通り、劉生君は顔をしかめます。
「絶対嫌だ。僕は橙花ちゃんを置いていかないっ!」
「……劉生君。ボクからの一生のお願いだ。このまま君がいても、魔神にやられてしまう」
「嫌。僕も戦う!」
「……」
目はギラギラと輝いていて、口を真一文字に結んでいます。
橙花ちゃんはリンちゃんの言葉を思い出します。
こんな表情の劉生君をみると、彼女は諦めきったような表情で、こう言うのです。
「ああなったリューリューは絶対に意見を変えないわよ」、と。
我が儘とでも称したいほどの強情さに、橙花ちゃんは二の句を次げません。
しかし、橙花ちゃんだって、劉生君に負けず劣らず頑固な性格です。
自分の願いを使って、嫌がる劉生君を強制的に下へ送ろうと橙花ちゃんは決意しました。
「劉生君、」
ごめん、と口にして、劉生君の肩をつかもうとしました。
そのとき、突然骨の連撃がやみました。
ハッとなり、橙花ちゃんは炎の壁を解除します。
次なる攻撃に備えての行動でしたが、魔神の動きは橙花ちゃんの思うよりも俊敏でした。
突如として、二人の上空がかげりました。ネジや鉄屑が上から降ってきて、地面をぴょんぴょんと跳ねています。
そんな状況なら、誰だって空を見上げることでしょう。
劉生君と橙花ちゃんも例外ではありません。
二人は空を仰ぎ、言葉を失いました。
「なっ……!」「あれって!」
たくさんの丸いゴンドラが円状に並ぶ大きな大きな遊具、観覧車が宙を舞っていたのです。
魔神がフィッシュアイランドからむしりとってきたのでしょう。
観覧車はそのまま劉生君たちを潰そうと急速に落下してきました。
「危ない!!」
どん、と劉生君の肩を橙花ちゃんが突き飛ばしました。
身構えてもなかった劉生君は、押されるがまま飛ばされ、転びました。
途端、後ろの方でとてつもない音が響きました。
あわてて振り向くと、先程まで劉生君と橙花ちゃんがいた場所に、観覧車が落ちていたのです。
「そんな……。橙花ちゃん!!」
最悪の事態が頭をよぎります。
「橙花ちゃん、橙花ちゃん、橙花ちゃん!!」
死に物狂いで叫んでいると、かすかに、うめき声が聞こえてきました。
「橙花ちゃん!?」
声のほうに走ると、瓦礫のなかに、青い角が弱々しく光を放っていました。
そのすぐそばに、橙花ちゃんはいました。
「劉生君、怪我はなかったかい!?」
「僕は大丈夫だけど、と、橙花ちゃんが……!」
下半身がゴンドラに押し潰され、身動きがとれない状況です。
劉生君はゴンドラを持ち上げようとしますが、子供一人だけの力では、微塵たりとも動きません。
「劉生君、無理をしなくてもいいから、君は早く逃げてっ!」
「そんなわけにはいかないよ!!」
劉生君は怒鳴ります。
無駄な抵抗とわかっていても、橙花ちゃんは劉生君をどうにかして変説してもらおうと口を開きます。
「いいかい、劉生君。ボクは時間を操作して観覧車を動かせる。劉生君の助けがなくても自力で逃げられるんだ。だから、」
「だから僕は逃げろっていうの?!」
劉生君は血走った目で睨みます。
「その間に魔神にやられちゃうかもしれないじゃん!逃げるなら二人で逃げるの!」
橙花ちゃんの言葉も正しく、劉生君の言葉も正しいものでした。
橙花ちゃんの技、<モドレ>と<トマレ>があれば、劉生君の手助けなく、脱出することができます。
しかし、そんな隙を与えてくれる相手ではありません。
橙花ちゃんが抜け出そうともがく間に、ご自慢の巨大な手で二人を押し潰してしまうことでしょう。
――その想定は、当たっていました。
魔神な巨大な手を広げ、劉生君たちを叩き潰そうと大きく振りかぶっていたのです。