1 強いぞ魔神! でかいぞ魔神! やばいぞ魔神!!!
競技場アンプヒビアンズに残っていた魔物たちは、天に浮く赤い光が青に変わった途端、クモの子を散らすようにいなくなってしまいました。
アンプヒビアンズの子供たちはポカンとして辺りをキョロキョロと見渡しています。幸路君もその一人です。
「急に魔物たちがいなくなったが、どうなってんだ?」
そんな彼に、リンちゃんが焦った様子で話しかけていました。
「リューリューと蒼ちゃんはどこに行っちゃったの!? それに、どうして魔王がやられてるの!?」
「……魔王が倒されてる? どういうことだ?」
「ほら! あれ! あの五角形が全部青になったんだから、アンプヒビアンズの魔王が倒れたってことなの! それよりも、リューリューたちは!?」
「あー……」
そういえば、前に橙花ちゃんからそんなことを教えてもらったな、と幸路君は思い出します。
魔王が倒れているのなら、あの二人の心配も必要ないでしょう。
幸路君はほっと肩を下ろします。
「あの二人は多分上だぞ」
「上……?」
リンちゃんは空を見上げ、ぎょっとしました。
「な、なにあれ!?」
アンプヒビアンズに不慣れな子が驚くのも無理はありません。
ここアンプヒビアンズには、掟を破ったものは上空のお仕置き空間に転送されるルールがあります。
うっかり破った程度なら、お説教プラス魔王の特別訓練でボコボコボロボロになるくらいで済みますが、意図的に破ったなら、……どんな目にあうか、想像すらできません。
ですので、幸路君は二人を心配して、戻ってきたら医療室に連れて行こうと構えていました。
けれど、魔王ザクロはミラクルランドから消滅したようです。きっと、劉生君や橙花ちゃんが倒したのでしょう。
ならば、空の上で二人は無事にいるに違いありません。
幸路君は「二人が空の上から手を振っているんだろうなあ」と見上げてみます、……が……。
「な、な、な、」
幸路君は、叫びました。
「なにあれ!!??」
空の上には、真っ赤な巨人がいたのです。
「ユッキー!! あそこにどうやって行くの!?!? 教えなさい!!」
リンちゃんは幸路君の両肩をつかみ、何度も揺さぶります。
「ちょ、やめ、一旦落ち着け! あそこには行けない! そりゃ、願いが強ければいけるかもしれねえが、それよりも、今は逃げた方がいい!」
「逃げるなんて、そんなことできるわけがないでしょ!」
劉生君を助けたい一身で怒鳴りますが、幸路君はもう一度「落ち着け、落ち着け」と懸命に諫めます。
「いいか、上には蒼もいる。劉生の実力を考えると、すぐやられることはないはずだ。それよりも、子供たちを安全な場所に逃がさないと」
数は少ないですが、アンプヒビアンズにもリンちゃんたちよりも小さな子が何人かいます。その子たちは途方に暮れ、泣き出す子たちもいました。
さすがに、あんな上空から攻撃することはないでしょう。幸路君もそれは分かっていましたが、こんな訳の分からない状況で、こんなだだっ広い場所に残されているよりは、安全なところでまとまる方が良いに違いありません。
リンちゃんも子供たちに気づいたようで、バツが悪そうに身体を縮めます。
「……ごめん。ありがとう。それで、どこに連れて行くの?」
「あそこがいいだろうな」
幸路君は顔をあげて、ある場所を見つめます。
視線の先にあったのは、ミラクルランド中どこでも見られる塔、――ムラの時計塔でした。
〇〇〇
幸路君やリンちゃんたちが時計塔に子供たちを避難させているその時、劉生君と橙花ちゃんは巨人と対峙していました。
二人ともボロボロの中での、まさかのラスボス戦です。劉生君は完全に腰が引けていますし、若干涙目です。
劉生君が特別怯えているわけではありません。普通の子供なら誰だって怖がります。一方で、橙花ちゃんは劉生君以上に傷つきながらも気力を失っていません。
「……この状況なら、仕方ないかな。ごめんね、劉生君」
橙花ちゃんは劉生君の肩を軽く杖で叩きます。
「ひいっ! 何するの!? 痛いよ!」
「痛い?」
「……あれ!? 痛くない!」
肩の痛みもなく、腕を軽く回しても痛くありません。それどころか、ちょっとした打ち身や切り傷もなくなっています。
「治ってる!? どういうこと?」
「君の身体を怪我を受ける前に戻したんだ」
「ええ!? そんなことできたの!」
「本来は無機物にしか使えないけど、トリドリツリーの魔王を倒したあたりから、生きている人にも使えるようになったんだ」
「すごいじゃん!」
けれど、橙花ちゃんは苦い表情です。
「……ただ時を戻すだけで、治すわけじゃないんだ。術が切れたら痛みが戻ってきちゃう。だから自分以外の人には使いたくなかったけど……」
魔神のまがまがしい魔力に、橙花ちゃんはたらりと額に汗を流します。
「……この状況じゃ背に腹は変えられない」
「……」
劉生君はごくりと唾を飲んで、魔神を見上げます。
巨大な人型の魔神は、攻撃もせず話しかけもせずに、ただただ立ち尽くしています。
けれど、攻めあぐねているわけではありません。嵐の前の静けさ、とでも称す方が正しいでしょう。
橙花ちゃんはジリジリと後ろに下がります。
先に仕掛けるか、それとも劉生君だけを逃がすために下へ行く道を見つけるか。
橙花ちゃんは魔神の出方を探りながら、頭をフル回転させます。
通常の魔物や魔王だったら、警戒しつつ策略を練るのがベストだったのでしょう。だがしかし、魔神は他の魔物たちとは別物でした。
魔神はわずかに身体を動かします。
橙花ちゃんが警戒して杖を構えます。ですが、何か対処を施す前に、
『――――ッ!』
魔神が叫び、赤い手がムチのように伸びてきました。
「わっ!!」「……っ!!」
やたらめったらな攻撃が次々と襲ってきたのです。
「わ、わ、わ、わわっ!」
一撃一撃は重く、当たってしまったら骨は砕けて潰れてしまいかねません。劉生君は恐怖に怯え、喚きながら走り回ります。
「劉生君、落ち着いて!」
ムチを<トマレ>で静止しながら、橙花ちゃんは叫びます。
「意外とあいつの技は単純だ! よく見ればかわせるよ!」
「ふぇええ、わ、分かった」
そんなの橙花ちゃんにしかできないよ……。と思う劉生君ですが、目を凝らして魔神の動きを追っていると、意外や意外、橙花ちゃんのいう通り分かりやすい攻撃しか仕掛けてきません。
ほぼ同じ場所にしかムチを振るってきませんし、劉生君や橙花ちゃんがいくら逃げても、攻撃のパターンは一切変わりません。
ならば、と、さっきと同じ通りに走ってみると、攻撃に当たりません。
「本当だ……! 橙花ちゃんすごい!」
「ただ、このままだと反撃できそうにない。この数のムチだと、劉生君が普通に<ファイアースプラッシュ>を使っても弾かれてしまう」
「うっ、確かに……。ど、どうするの?」
「ボクの魔法で、<ファイアースプラッシュ>の速度を調整してみる。劉生君、お願いできる?」
「うん分かった! <ファイアー……」
ですが、
魔神との闘いは、そう簡単にはいきませんでした。