29 勝利と解放! 五角形の正体、そして――
天には、百もの槍。
当の本人は、ボロボロの身体。
けれど、橙花ちゃんは魔王に皮肉をつく余裕がありました。
魔王は橙花ちゃんの様子に気づくこともなく、怒声をあげます。
『やれ、槍よ。蒼をねじ伏せてしまえ!』
槍は雨あられと降り注ぎます。
「よし、今だ」
橙花ちゃんは青い角を光らせて、鋭く言います。
「時よ、<モドレ>!」
『ふん、そんなものでワタシの技を操れるとでも?』
その通りで、槍は橙花ちゃんの指示に従ってくれません。赤い槍が容赦なく橙花ちゃんに襲い掛かります。
その衝撃は恐ろしく、橙花ちゃんの姿が真っ赤な槍の光で見えなくなるほどでした。
「そんなっ! 橙花ちゃん!!」
『戦士たるもの、油断は禁物だが、この技を受けて立ち上がったものはそうおらん。これで、蒼も終わりだな。さて、と』
呆然と固まる劉生君に視線をやります。
『競技場に戻って、決勝戦の続きをしよう。ワタシもそれなりに魔力を使ってしまったが、これくらいならハンデにもならんから、安心してくれたまえ』
「……」
何も言葉が出てきません。
頭が真っ白で、『ドラゴンソード』でさえ持てず脱力してしまっています。
ミラクルランドで命を失ったら、どこへ行くのでしょうか。
天国でしょうか。それとも、また別の場所?
どちらにせよ、橙花ちゃんとはもう二度と会えなくなってしまうことでしょう。
「……とうか、ちゃん。橙花ちゃん……!」
『さあ、赤野劉生よ。元の場所に戻るぞ』
魔王が劉生君の腕を引いて、彼を連れて行こうとしました。
「い、嫌だ!」
劉生君は渾身の力を振り絞って、魔王を振り払おうとします。渾身の力、なんていっても、力も使い果たしてしまいましたので、わずかに魔王の腕を引っ張るとしかできません。
『ふふっ、無駄な抵抗はやめろ。どうせ抵抗するなら、闘技場でしてほしいな』
笑顔で劉生君を抱えて、ワープしようと呪文を唱えました。
ですが、
最後まで言い終わることはできませんでした。
『っ!』
魔王の表情はこわばり、劉生君を掴む手を緩めました。その隙にと、劉生君は這って魔王から離れます。
もしかしてすぐに追いかけてくるかも、と怯えていましたが、なぜか魔王は追って来ません。何が起こったのでしょう? 劉生君はおそるおそる魔王を見上げました。
「なっ、……え!?」
固まる魔王の背中には、何十もの赤い槍が突き刺さっていました。
自分の技がうっかり刺さってしまった……? いや、そうは考えられません。魔王の技は全て橙花ちゃんに命中していました。槍が流れて突き刺さるなんて、あり得ません。
ならば、あの槍は……。
「あの槍は、闘技場で君を貫こうとしていた技だよ」
「っ! と、橙花ちゃん!?」
倒れる劉生君を抱えていたのは、片角の女の子、蒼井橙花ちゃんです。傷だらけでしたが、ひどい怪我はありません。
「ぶ、無事だったの!?」
「時を操る術をうまく使って、どうにかこうにか逃げ切ったんだ。数こそ多いけど、単純な攻撃ばかりだったから、避けやすかったよ。まあ、何発かはかすってしまったし、魔力も大分使ってしまったけどね……」
橙花ちゃんは小さくため息をつきます。よくよく見てみると、身体のいたるところにかすり傷や切り傷がついていて、声も疲弊しきっていました。
それでも、彼女の角はまだ爛々と輝き、目も闘志に燃え、魔王を睨んでいます。
「劉生君はそこにいて。ボクは魔王に止めをさ」
『蒼っ!』
魔王が突っ込んでくると、橙花ちゃんに槍を振るいます。背中に槍は刺さったままですが、攻撃の切れは全く鈍っていません。
橙花ちゃんは寸前で躱し、大きく舌打ちします。
「やっぱり、あれだけじゃ仕留め切れなかったか。しぶとい奴め」
魔王はぞっとすような目で、橙花ちゃんを凝視します。
『ワタシをよくもこけにしたな。許さない。許さない。絶対に許さない……!!』
「別に君に許されたいとは思ってないから」
橙花ちゃんは鋭く呪文を唱えます。
「時よ、<モドレ>」
『二度も同じ技は食らわんぞ!』
吠える魔王であったが、橙花ちゃんは口角を上げます。
「ボクだって、同じ技で戦えるとは思ってないよ。だから、違う技の時を戻させてもらった」
魔王の周りに現れたのは、いくつもの炎の魔法でした。
「あの技って……!」
劉生君が橙花ちゃんを守ろうとがむしゃらに放った技です。
「ありがとうね劉生君。ボクのためにたくさん魔法を使ってくれて。おかげで、魔王を八つ裂きにできる」
橙花ちゃんがぶん、と杖を振るうと、劉生君の技、<ファイア―バーニング>や<ファイアースプラッシュ>を魔王に浴びせかけました。
『ぐっ……。があっ!』
魔王は防ごうと懸命に槍を振るいますが、隙間のない攻撃に魔王は反撃できません。避ける暇も与えず、的確に技を与えます。
『……っ』
魔王の身体はところどころ焦げていて、尻尾だって動きません。手足の先から徐々に赤いチリとなっていっています。
しかし、魔王は倒れません。
震えながらも、立ち続けています。
「……まだ立てるか……」
ほぼ気力だけで立っているようなものです。橙花ちゃんもひるんでいます。
しかし、すぐに気を取り直し、態勢を整えます。
「どれだけあがこうが、君には負けない」
橙花ちゃんは上空に浮かぶ、正五角形を見上げます。
橙花ちゃんや劉生君たちが魔王を倒していくたびに、一つ、また一つと角の光が赤から青へと変わり、今では赤い点が一つと、青の点が四つになっていました。
残り一つの赤い光を一瞥し、魔王に杖を向けます。
「最後の点を青く染め上げ、子供たちを君たちの魔の手から解放してみせる。絶対にだ」
『……子供たちを、解放?』
閉じていた目を開き、橙花ちゃんを凝視します。そして、
『ふふふっ、はっはっはっはっはっはっはっはっは、ははははっ!!』
突然、魔王は笑い始めました。身体をくねらせ、高笑いしています。傷口から血が飛び散っていますが、それに構わず、笑い続けます。
『そっか、そっか、そうか。蒼よ。君は何も理解していないんだな。この五角形の印は、子供程度を封じる魔法ではない』
「……お前こそ何を言っている」
橙花ちゃんは目を吊り上げて怒っていますが、動揺しています。
「あの五角形がミラクルランドの上空に出てきてから、子供たちが次々と眠りの病にかかっていったんだ。あれには、そういう魔法がかかっているんだろう?」
『それはあくまでオマケだ。本来の目的はな、赤ノ君を、――お前らの言葉で言うと、魔神を封じるためのものだ』
「……魔神を封じる? だが、魔神はお前らのボスだろう? それなのにどうして、」
橙花ちゃんの疑問に魔王はふっと笑うと、両手で槍を握りしめます。さては攻撃してくるかと二人が身構えましたが、
魔王ザクロは、自分自身を刺し始めたのです。
「なっ!?「へ!?」
呆然とする劉生君と橙花ちゃんの前で、魔王ザクロは何度も何度も槍を刺します。
『赤ノ君はな、秩序を乱したお前を排斥することしか考えていなかった。憎しみと破壊しか頭にはなかった。そのまま放っておいたら、お前ごとミラクルランドを破壊してしまいかねないほどにな』
血反吐を吐きながらも、魔王は至極愉快そうに笑っています。
『これでは、お前を殺す前に世界が滅亡してしまう。だからワタシたちは恐れ多くも赤ノ君をワタシたちの身体に封印することにした。あの五角形はな、もしもうっかり誰かがやられてしまったとき、すぐに分かるように描いておいたんだ』
魔王は血まみれの槍を放り投げます。肩を激しく上下させ、目が血走っています。
『赤ノ君の力を取り込んだおかげで、ある程度大きい魔法が使えるようになったから、ついでに子供に眠りの呪いをかけただけだ。確かに、ワタシたちを倒せば呪いは解除される。だが、そんなものが何になる?』
どくん、と。
劉生君の心臓が揺さぶられました。
「……え?」
身体の奥底から、得体のしれないものが湧き上がってきます。
「な、なにこれ」
戸惑う劉生君に、魔王はニンマリと笑いかけます。
『ああ、我らが神が蘇る……! お前らも、お前らの仲間も、この世界も、すべてをチリと化す我らが破壊神が……!!!』
魔王は赤い光の粒となり、消えました。五角形の赤は消え、青となり、
「う、がああ!!」
劉生君の身体から、赤い光が飛び出しました。
「劉生君!?」
橙花ちゃんが支えてくれ、転ばずにすみました。けれど、劉生君はお礼の言葉を言う余裕はありません。ミラクルランド中の赤い光を吸い込み、拡大し続ける光を呆然と見つめていました。
光は劉生君たちよりも大きく、巨大になりました。
まさに巨人です。頭部には闘牛のような二本の角が生え、二つの目だけは毒々しく赤く輝いています。
「……あれは……」
あれこそが、魔神。
劉生君に力を与えた者。魔王に封じられたもの。
そして、
橙花ちゃんを憎み、
――ミラクルランドを、滅ぼすもの。