28 魔王の反撃! 掟を破るものは、成敗を
光が収まり、劉生君が目を開くと、びっくりして叫びました。
「こ、ここ、どこ……!?」
眼前に広がるのは、青い空に白い雲。
真正面に広がるのも、青い空に白い雲。それと不思議に輝く四つの青い光と、赤い光。
地面をみると、
「地面ない!?」
地面はなかったです。劉生君と橙花ちゃんは宙に浮いているのです。遠く真下には、小さな観覧車、小さなお城、小さな木々に、小さな谷、小さな闘技場、そしてそこそこ大きな時計塔がありました。
ミラクルランドのジオラマのようですが、造りものではなさそうです。
「……ま、まさか、僕たち、ミラクルランドの空の上にいる……!?」
『その通りだ。あの競技場の力で、二人をここに招いたわけだ』
魔王の声がしました。
橙花ちゃんがハッとなって振り返りますが、
「っ!」
橙花ちゃんの真横に槍が飛んできました。
『ここは制裁の場。掟違反の者を制裁する場所』
橙花ちゃんは角を輝かせ、魔王に杖を向けます。
「時よ、<トマレ>!」
魔王は一瞬足を止めます。しかし、
『……ふざけるな』
魔王の周りに漂っていた赤いもやが、爆発的に勢いをましました。
『ふざけるな!! 蒼!!』
魔王は叫び、橙花ちゃんの魔法を払いのけました。
あまりの怒気に、劉生君はたじろぎます。さすが橙花ちゃんはひるまず重ねて魔法をかけようとしますが、何度かけても全て効いていません。
『我らアンプヒビアンズの掟を破るとは、許しがたい。誠に許しがたい。……なあ、蒼。君は知っているだろ?』
魔王は低く唸りました。
『掟を破るものに待つのは、死あるのみ』
魔王の持つ槍が赤く輝くと、どんどんと巨大化します。
『<独断専行、千差万別>!』
魔王の二つ目の技、槍を巨大化する魔法です。巨大な槍を大きく振りかぶり、橙花ちゃんに投げてきました。
「時よ、<トマレ>!」
若干遅くなりましたが、止まってはくれません。
「くっ、全然効かないっ! 劉生君、逃げて!」
「でも、橙花ちゃんは!?」
「ボクはもう少し速度を落としてから逃げるから、」
『逃がすわけないだろう?』
魔王が冷たく言うや否や、槍の速度がぐんと上がりました。
これでは、橙花ちゃんの魔法を使っても攻撃を止められません。
「と、橙花ちゃん!」
劉生君が叫びます。
橙花ちゃんもさすがに魔法でどうこうできるとは思わなかったのでしょう。橙花ちゃんは横に飛び避けます。
しかし、地面に槍が接する寸前、槍の動きが変わりました。
ちょうど、橙花ちゃんが逃げた方向に。
「なっ!」
槍は橙花ちゃんの身体に直撃しました。橙花ちゃんはボールのように地面に何度も叩きつけられます。
「橙花ちゃん!!」
急いで劉生君が駈け寄ります。
「橙花ちゃん、橙花ちゃん!!」
「……りゅうせい……くん……」
話そうとしますが、橙花ちゃんは血反吐を吐いてしまいました。
「橙花ちゃん!」
「……っ……!」
肩が激しく上下し、痛みで体が震えてしまっています。
たった一撃なのに、相当なダメージです。
『まだだ』
魔王は一歩、また一歩と近づいてきます。
『お仕置きはまだこれからだ』
こんなに橙花ちゃんはボロボロなのに、魔王はまだ武器を構えています。
「……っ! もういいでしょ、魔王さん! 僕らの負けでいいから、元の場所に戻してよ!」
橙花ちゃんを抱え、懸命にリタイアを宣言します。劉生君たちの負けにはなりますが、なりふり構っていられません。
しかし、魔王は首を横に振ります。
『これは試合ではない。罰だ。リタイアはできない』
「そんなっ! じゃ、じゃあ、橙花ちゃんを許してあげて! お願いだから!」
『不可能だ』
きっぱりと言い放ちます。橙花ちゃんに向ける目は冷酷そのものですが、劉生君には優しく語り掛けます。
『安心しろ。蒼を殺したら、次はお前と試合してやる。それまで端っこで待っていてくれ』
もちろん、劉生君は魔王の言葉に「はいそうですか」と返すことはしません。橙花ちゃんを守るように前に出ると、『ドラゴンソード』を構えます。
「と、と、橙花ちゃんは僕が守る!」
「……劉生君……」
魔王は口元を緩めます。
『君は仲間思いのいいやつだな。しかし、罪は償わねばならない』
畏れず怯えず、魔王は剣を構える劉生君に近づいてきます。劉生君はびくりと身体を震わせて、懸命に『ドラゴンソード』を握りしめます。
「こ、これ以上近づくな! 切るぞ!」
『まあまあ』
振りかぶる劉生君。
しかし、魔王は悠々と剣をはじき、劉生君の背後にまわりました。予想外の行動に劉生君は反応できません。
魔王は劉生君の肩をつかむと、あらぬ方向に曲げました
「っ、があ!!」
想像を絶する痛みが襲い掛かります。
「劉生君、劉生君っ!」
橙花ちゃんの呼びかけにも答えられず、劉生君は痛みでのたうち回ります。藻掻き涙を流す劉生君の一方で、魔王は満面の笑みです。
『安心しろ、少し肩を外しただけだ。蒼を粛清したら戻してやる』
橙花ちゃんのもとへ、魔王が向かっていきます。
「だ、駄目っ、駄目……っ!」
止めようと手を伸ばします。けれど、魔王に優しく諫められてしまいました。橙花ちゃんは唇を噛み締めて立ち上がりますが、もう立つだけでやっと、杖を持つだけでやっとです。
「……っ」
劉生君は『ドラゴンソード』を握ります。ミラクルランドでは、願いこそ力です。劉生君は固く目をつぶり、必死に願います。
お願い、橙花ちゃんを助ける力が欲しい。
僕の友達を助けたい。
魔神とやらの力が僕の中にあるなら、力を貸してほしい、と。
……けれど。
いくら願っても、祈っても、力はわいてきません。まるで橙花ちゃんが傷つくのを祝福しているようです。
「そんなっ……! どうして……っ!」
魔王は槍を天に向けます。
『おわりだ、蒼』
天空に赤い光が表れました。二十、三十、いや、百はあります。光は全て槍の形をしています。
『<風林火山、唯我独尊>!』
魔王の号令とともに、赤い槍が橙花ちゃんに飛んでいきました。
「橙花ちゃん!!」
叫ぶ劉生君。『ドラゴンソード』を持ち橙花ちゃんのもとへ走ろうとしますが、足が動かずに転んでしまいます。
「橙花ちゃん、橙花ちゃん、橙花ちゃん!!!」
橙花ちゃんは劉生君を見ます。
そのときの橙花ちゃんは、
――小さく、微笑んでいました。
「ザクロ。君は、もう少し頭がよくなった方がいい」
やけになった笑みではありません。勝利の、笑みです。