17 フルーツバスに乗って、いざフィッシュアイランドへ!
「ようし、それならいくわよ! フィッシュアイランドへ!!」
ノリノリで一歩足を踏み出しますが、すぐに足を止めて橙花ちゃんの方を振り返ります。
「……で? どこにあるの?」
「方向としてはこっちだよ」
逆方向を指さします。
「……そ、それなら先に言いなさいよ」
「ごめん。徒歩ではかなり距離があるから、別の方法にしよう。その前に、子どもたちを時計塔のそばに移動させよう」
劉生君たちも協力し、残った子供たち全員を時計台近くに移すことができました。
「あとは時計台の力を解放させれば、魔物が襲ってきても守ってくれるんだ」
リンちゃんは目を瞬かせます。
「なによ、そんな力があるなら最初から使ってなさいよ」
ですが、橙花ちゃんは小さく首を横に振りました。
「魔物を寄せ付けない力はね、時計台から五歩歩いた範囲しか効果がないんだ」
説明しつつ、橙花ちゃんは杖で時計塔を軽く叩きました。すると、橙花ちゃんの鹿の角が青く光り、同時に時計塔も青い光を帯びました。
「わあ、すごい! きれい」
劉生君は思わず近づこうとしますが、橙花ちゃんに慌てて止められます。
「ごめん、劉生君。また時計塔が君を魔物扱いするといけないから、近寄らないほうがいいよ」
「うっ……。そうだね」
劉生君は若干しょんぼりしながら後ずさりました。
リンちゃんと吉人君は魔物感知センサーに引っかからないので、堂々と前進をして、物珍しそうに時計塔を眺めます。
「ねえねえ蒼ちゃん。この時計塔って一体何なの? 普通の時計じゃないよね?」
「膨大な魔力が秘められた時計塔だよ。中に入ったらそのすごさも分かるけど、残念ながらボクしかこの中に入れないんだ。魔物も、魔王も、おそらく魔神さえも入れない。……子どもたちだけでも入れるようになれば、この中にムラを作れるんだけどね……」
橙花ちゃんは元気がなさそうに項垂れます。
「……橙花ちゃん。大丈夫だよ」
劉生君はぎゅっと橙花ちゃんの手を握ります。
「僕らも頑張って魔王を倒して、子どもたちを取り戻せるように頑張るんだから。ね! みんな!」
吉人君とリンちゃんは迷いなく頷きます。
「ええ勿論。僕に出来ることならなんでもしますよ」「この道ノ崎リンにお任せあれ!」
「……ありがとう。でも、無理は禁物だよ」
橙花ちゃんはふんわりと微笑みます。
「フィッシュアイランドに行こうか。そうだな……。とりあえず、ムラにいったん戻ってもいいかな」
橙花ちゃんはムラに戻ると、何かを探しはじめます。何かなくしものでしょうか。劉生君たちが手伝いを買って出ようとしますが、その前に「あったあった」といって果物を拾いました。
「蒼ちゃん。もしかして、その果物食べるつもりなの? 駄目よ駄目! 衛生的に良くないわ! せめて洗って食べなさい!」
リンちゃんがお姉ちゃんっぽい叱り方をします。ですが、橙花ちゃんは「食べないよ」と否定しました。
否定したのはいいのですが、次に出てきた言葉はより一層リンちゃんを呆気にとらせます。
「乗り物にするから」
「……へ? 乗り物?」
彼女はりんごとオレンジ、ブドウ、それからスイカを拾い、ひょいっと杖を振りました。すると、果物がみるみる大きく膨らみだして、リンゴ・オレンジ、ブドウの順番で横長に連なります。
三人が目を丸くさせて見つめる中で、果物たちは少しだけ宙に浮きあがります。そこで登場してきたのがスイカです。むくむくと大きくなると輪切りになって、果物たちを支えるように下にくっつきました。まるで車輪のような位置です。
「よし、完成。フルーツバスだよ」
リンちゃんと劉生君は思わずつぶやきます。
「フルーツバス……」「……ケット……」
吉人君はうんうんと頷きます。
「三人とも入って大丈夫だよ」
橙花ちゃんが杖を振ると、バスのドアが開きます。橙花ちゃんに促され、三人は恐る恐る中に入りました。
甘いリンゴの香りに、すっぱいオレンジの香り、みずみずしいブドウの香りが漂ってきました。匂いにつられて車内を見渡すと、リンちゃんが感激の声を上げます。
「わあ、本当にフルーツバスって感じねえ」
車内はフルーツによって彩られていました。つり革の代わりに紫のブドウが天井から垂れていますし、手すりは細長いリンゴの果実で出来ています。窓側にソファタイプの座席が用意されていましたが、表面にはオレンジの断面が描かれていて、爽やかな見た目でした。
一つ違うことといったら、ドアブザーの代わりにカラフルな蛇口がついているところでしょう。蛇口は赤・橙・紫の三種類があります。
その正体は、橙花ちゃんが教えてくれました。
「ジュースが出てくる蛇口だよ。赤色の蛇口はリンゴジュース、橙色はオレンジ、紫はブドウジュースのはず。傍にコップがあるから、それで飲んでみてね」
試しに吉人君がコップをそえつつ橙色の蛇口をひねってみると、爽やかな香りがするオレンジジュースが出てきました。一口飲んで、吉人君は驚きます。
「本当ですね。オレンジジュースだ。しかもおいしいです!」
リンちゃんも劉生君もジュースを飲んでみました。控えめな甘さに、さっぱりとした後味です。
「わあ、本当だ、美味しいわ! この蛇口、うちに持って帰りたいわあ」
「うん、うんっ! 学校につけてくれないかな」
リンちゃんと劉生君は嬉しそうにジュースをごくごく飲みます。橙花ちゃんもにっこり笑顔です。
「歓迎会と比べるとさすがに見劣りするけど、喜んでくれてよかったよ。それじゃあ出発しようか。遊園地フィッシュアイランドへ」
橙花ちゃんが杖を振ると、スイカの車輪が回り始め、後ろについていたブドウのヘタもぐるぐると回転しはじめました。
フルーツバスは宙を浮き、ぐんぐんと高度を上げていきます。
「途中停車駅はなし、フィッシュアイランドへの直通バスだよ。あと数分で着くから、その前にリンちゃんと吉人君の魔力の調整をしようか」
リンちゃんはリンゴジュースをすすりながら首を傾げます。
「調整? 何するの?」
「そんなに難しいことはしないよ。君たちが持ってきた大切なものを魔力の仲介物にするってこと」
「ちゅうかいぶつ? ちゅうかいぶつ……。中華……遺物……?」
四千年前のラーメンのことでしょうか。それとも三千年前の餃子のことでしょうか。
「なんか古臭そうね。塩こうじを付ければ美味しくなるかしら」
「……ごめん。ボクが悪かった。えーっとね、」
橙花ちゃんはこほんと一つせきをする。
「この世界では魔法を使うこと自体は簡単だけど、強く願わないと使えないんだ。だから魔物と戦うには不便でね。そこで、魔法の使い手が大切にしているものを変化させて、武器にするんだ。そうすると強く願わなくても魔法が使えるようになるってこと」
そう言うと、橙花ちゃんは杖を劉生君たちに見せる。
「ボクにとってはこの杖が武器だね。劉生君にとっては『ドラゴンソード』が武器ってこと」
橙花ちゃんはちらりと『ドラゴンソード』に視線を送ります。つられてみた劉生君は、驚きの声を上げます。いつの間にか、新聞紙の剣だった『ドラゴンソード』が、白を基調にした美しい剣に変わっていたのです。
「あれ!? 僕の『ドラゴンソード』が変わってる!」
「異世界に来たときに変わっているはずだよ」
ちなみに、といって橙花ちゃんは三人の顔を見渡します。
「先に言っておくけど、『ドラゴンソード』が折れてしまったとしても、現実世界に戻ったら元通りになってくれるよ。だから君たちの大切なものが壊れたりなくなったりすることはないから、安心してね」
「あら、そうなのね」「へえ……」「さすが異世界、不思議なルールですね」
三人は分かったような気になって頷きます。
「……あっ! そうだ!」劉生君はポンッと手を叩くと、リュックから何かを出しました。彼がお家から持ってきていた変身ベルトです。
「これも『ドラゴンソード』みたいにかっこよくできるのかな?」
「あー……」青ちゃんは複雑そうな表情を浮かべます。「現実世界から持ってきたものは一つだけしか武器に出来ないんだよ。だから難しいかな』
「がーんっ!」
劉生君、ショックで崩れ落ちます。
橙花ちゃんはおろおろしてくれますが、リンちゃんが「いいから話し続けていいよ」と促したので、そうすることにしました。
「そ、それじゃあさっそくはじめようか。まずはリンちゃんから。お願いできる?」
「分かったわ。あたしが持ってきたのはね!」
リンちゃんがクマのぬいぐるみリュックから何か取り出そうとしました、が。
ガタンッとバスが大きく揺れ、一気に高度を下げました。