26 流れで決勝戦!? VS魔王ザクロ!
観客席では、客たちは声こそ上げませんが、固唾をのんで魔王と劉生君の姿を見つめます。一方、リンちゃんたちは不安そうにひそひそと話します。
「こんなに早く戦うことになるなんて、思わなかったわ」
「え、ええ」吉人君も戸惑い気味に頷きます。てっきり、一度帰って、作戦を考えてから魔王と戦うと思っていたので、びっくりしているのです。
「みんな、お待たせ」
みつる君が顔をあげて、「蒼っち。お疲れ………様?」と微妙な労いの言葉をかけます。橙花ちゃんが何か答える前に、リンちゃんが歯をむき出しにする勢いで、橙花ちゃんに噛みついてきました。
「ちょっと。あれはどういうことよ。もっと真剣に戦いなさいよ!」
「ごめん。魔王を相手にするだけなら、ボクが代わってあげられたんだけどね。劉生君と戦うとなると、もしかしたら魔神が出てくるかもしれないからさ」
みつる君は怯えたようにぎゅっと腕をつかみます。
「……蒼っちが倒されそうになるくらい強いんだっけ」
「その上、劉生君を人質にして戦ってくるから、……もし再戦することがあったら、ボクでも負けてしまうかもしれない」
トリドリツリーで戦った魔神の、あまりの暴力的な戦闘を思い出し、橙花ちゃんはぎゅっと杖を握ります。
「魔王との対決が待っている今、劉生君を傷つけるわけにはいかなかったし、ボクが倒されてしまうわけにもいかないからね……。劉生君には、申し訳ないことをした。けどね、リンちゃん。安心して」
橙花ちゃんは微笑みます。
「劉生君だけに辛い思いをさせないような作戦を考えているから」
「……作戦?」
疑問を解決する前に、咲音ちゃんがわっと叫びます。
「見てください、劉生さんが!」
〇〇〇
時系列を少し戻し、橙花ちゃんがリンちゃんたちと合流していた、ちょうどそのときの劉生君の様子を見てみましょう。
唐突な勝利と新たな戦いのショックに、劉生君は膝から崩れ落ちていましたが、さすがにこのままではまずいと思い、よろよろと立ち上がっていました。
とはいっても、へっぴり腰で、眼も泳ぎまくり、『ドラゴンソード』の剣先も小刻みにゆれています。
魔王ザクロは、舐めるように劉生君を観察します。
『見れば見るほど、ただの子供のようだな』
「ぼ、僕はただの子供だよ……?」
『ふっ、何を言うか』
目を爛々と輝かせて、笑顔を浮かべて、
……なんなら頬も赤らめて、劉生君の両手を掴みます。
『この無尽蔵な力! 触れたものを全てを平等に消し炭にする、おぞましくも美しい魔力! 普通の子どもにはこんな力持っていない!』
「う、うん」
『だがもったいない!! あと一押しが足りない!!! なぜだ、一体なぜなんだ!!』
「えー……。そんなこと言われても……」
『分かったぞ!』
「そ、そうなんだ」
『つまり、ワタシが君の力を目覚めさせれば良いんだな!!』
「う、うん……?」
そうなのかな? と首を傾げます。劉生君が返事できないでいましたが、魔王ザクロは問答無用で話を進めます。
『古来のことわざで、こういうものがある! 力とは、それすなわち経験! 経験とは、それすなわち決闘!! 血と血で争う真剣勝負!!!!』
「ん?」
嫌な予感がしました。
けれど、劉生君が行動をする前に、
魔王の槍が、劉生君の眼前にせまっていました。
「ぴゃあ!」
倒れるように避けますが、頬が切れ、たらりと血が伝います。傷口の深さを確かめている暇はありません。魔王が槍を持ち直し、追撃してきます。
「わあ!」
何か攻撃をしないと!
劉生君は『ドラゴンソード』に炎を灯して叫びます。
「<ファイア―バーニング>!!」
火力は十分。そこんじょそこらの魔物なら瞬殺です。しかし、
『まずまずの魔力がこもっちゃいるが、これではワタシには勝てないぞ?』
槍で受け止められ、攻撃を横に流されます。
「わっとっと、」
ふらつく劉生君の横腹に、思いきり回し蹴りをいれてきました。
「がっ!」
『さらにもう一度っ』
「ぐっ……! <ファイアーウォール>!!」
炎の壁で防御しますが、
『残念! う・し・ろ!』
「っ!」
背後から槍で薙ぎ払われます。
「……ひ、ひやあ!」
攻撃を受けたくない。怖い。めっちゃ痛そう!
劉生君は後ろに飛んで逃げます。劉生君の背後にはマグマだまりがありましたので、慌てて飛び越えます。
「わあ! 危ないっ! ううっ、本当にこの場所ヤダ!」
劉生君のみっともない悲鳴を聞いていないのでしょうか、魔王ザクロは目を爛々と輝かせて『事前にマグマを避けるとは素晴らしい!』と絶賛しています。
無論、そんな褒められ方をされても、嬉しくありません。
「どうしよう、思ったより魔王の動きが早すぎる!」
魔王リオンのように絶対避けれないわけではありませんが、これでは攻撃を受けないだけで手一杯です。
「な、なら遠くから戦えばいいかもしれない……!」
ダッシュで魔王から距離をとり、剣を構えます。
「<ファイアースプラッシュ>っ!」
火の粉が舞い上がり、魔王に集中砲火します。所詮火の粉ですので、大したダメージにはなりませんが、何度も続けていれば勝てるかもしれません。
「後ろから攻撃なんてヒーローっぽくないけど、でも、こ、これでやってやるぞ!」
しかし。
『いい攻撃だが、甘い甘い』
全ての火の粉を受けてもなお、魔王は身じろぎもせずに立っていました。
『遠距離攻撃をするときには、連続して畳みかけるか、一撃で倒せるような攻撃をせねばならないぞ?』
ニンマリと笑うと、魔王は槍を大きく振りかぶり、投げてきました。
「は、早い……! うわあ!」
劉生君の脇腹を槍の穂先がえぐります。
「うわあああああっ!」
痛い。
焼けるように痛い。
劉生君は地面にのたうち回り、悲鳴をあげます。苦しむ劉生君を、魔王は至極楽しげに目を細めて眺めるばかりです。
『心配するな。急所は外した。腹にぐっと力を込めてれば、まだまだ戦えるぞ? さあさあ、次は何を見せてくれる?』
おもちゃを前にした子供の様に、無邪気な笑顔です。命をかけた戦闘中とは思えない余裕っぷりです。
あまりの戦力差です。
観客席にいるリンちゃんたちは、手に汗握り、ハラハラと劉生君を見守ることしかできません。
咲音ちゃんはぎゅっと図鑑を胸に抱いて、今にも泣き出しそうです。
「このままでは、劉生さんが倒されてしまいますよ!」
橙花ちゃんは唇を噛みます。
「劉生君、ごめん。もう少しだけ、もう少しだけ耐えてくれ……!」
固く握る橙花ちゃんの手は、
青い光がパチパチと爆ぜていました。