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ほうかごヒーロー!~五時までの、異世界英雄伝~  作者: カメメ
6章 闘技場、アンプヒビアンズ!―ミラクルランドは、奇跡の世界!―
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23 残るための、たった一つの条件!

 リンちゃんは足を踏み出し、水の中に沈みます。


 作戦通りにいきました。橙花ちゃんはほっと息をつきます。


 橙花ちゃんの作戦はこうです。


 まずは、リンちゃんの攻撃をかわしながら、彼女の魔力を削っていきます。ギリギリまで削ったところで、リンちゃんを何らかの方法で追い詰め、水に落とします。


 その後は、魔法で水を早めて、溺れない程度にリンちゃんを流し、体力をも削ります。ヘトヘトになったところで、リンちゃんを引き上げて、ギブアップを持ちかける、という作戦です。


 作戦通りに、橙花ちゃんは水を早めようと杖を振るいます。ですが、その前にある異変に気づきます。


「あれ、リンちゃん……?」


 リンちゃんは水の上で浮いていました。泳ぐ気配もありませんし、なんなら指一本も動いていません。


「まさか、溺れた!? リンちゃん!!」


 慌てて駈け寄り、抱きかかえます。もはや試合のことなんて、頭の片隅にも残っていません。


「リンちゃん、リンちゃん!!」


 息はしています。心臓もしっかり動いています。身体も傷ついていません。おぼれているわけではなさそうですし、大けがもしているわけではありません。にもかかわらず、リンちゃんは気を失っています。


 観客たちは歓声を上げ、実況は橙花ちゃんの勝利を告げていますが、そんな言葉なぞ耳に届いていません。


 橙花ちゃんはリンちゃんを抱きかかえ、すぐにその場を去りました。


〇〇〇


 橙花ちゃんが向かったのは、医療室です。アンプヒビアンズの魔物たちは「怪我なんて食って寝れば治る! 治療なんていらないね!」みたいな連中ばかりですので、医療室の中には誰もいませんし、いくつかあるベッドも清潔でしわ一つ入っていません。


 橙花ちゃんはリンちゃんをベッドに寝かせて、これまた未使用の包帯や塗り薬を引っ張り出します。


「打撲……だよね。だったらこの薬を使って……」


 薬をせっせと用意していると、ベッドの上のリンちゃんが微かに動きました。すぐに橙花ちゃんはベッドに駈け寄ります。


「リンちゃん! どこが痛い? すぐに治すからね!」

「ん……」


 橙花ちゃんが矢継ぎ早に質問しますが、リンちゃんは痛がるそぶりも見せず、不思議そうに辺りを見渡しています。


「あれ、ここ、どこ? 蒼ちゃんと戦ってたはずなのに……」

「ここは医療室だよ。リンちゃんはボクと戦っているときに、気絶しちゃったんだ」

「気絶? そりゃまたどうして?」

「……そのー、……ボクがリンちゃんを川まで追い詰めて、……君を落としたんだ。ごめん、本当にごめん。ボク、卑怯だったよね!」


 橙花ちゃんはペコペコと頭を下げていますが、リンちゃんは思いつめたような表情で首を振るいます。


「……違う。思い出したわ。……蒼ちゃんは悪くないよ。あたしのせい」

「……リンちゃんの、せい?」

「……」


 リンちゃんは、しっかりと筋肉のついた自分の足を、


 偽りの奇跡で動く足を、撫でます。


「あたしね、……足、動かなくなっちゃったの。……向こうの世界で、崖から落ちて、そのせいで動けなくなったの」

「……治療中ってこと?」

「ううん。もう動かないの。ずっと、動かない。……多分、そのときのトラウマのせいで、気絶しちゃったんだと思う。だから、蒼ちゃんは悪くない。悪くないから、自分を責めなくても」


 リンちゃんが話す途中で、橙花ちゃんはぎゅっとリンちゃんを抱きしめました。


「蒼ちゃん? どうしたの?」

「……辛かったよね、リンちゃん。苦しかったよね。知らなかったとはいえ、あんな追い詰め方をしてごめんね。本当にごめん」

「……っ」


 橙花ちゃんの身体は温かくて、


 橙花ちゃんの心は優しくて、


 リンちゃんの瞳からは、温い水がほろほろと流れ落ちます。


「蒼ちゃんっ、蒼ちゃんっ!」

「……うん」

「あたし、走りたい! 走りたかったの!」

「……うん」

 

 リンちゃんは、ポロリと本心を口にします。


「……ここにいたい」

「え?」

「ここに、いたい。ミラクルランドにいたい。ずっといたいよ」

「……」


 橙花ちゃんは、リンちゃんから体を離します。


「ボクも、リンちゃんと一緒にいたい。ここにいてほしいと思う。だけど、」


 橙花ちゃんは、真っすぐリンちゃんを見つめます。


「ここにいるには、たった一つだけ、飲まなくちゃいけない条件があるんだ」


 そして橙花ちゃんは、


 劉生君さえも、吉人君さえも知らない、あることを告げました。


〇〇〇


 劉生君たちは闘技場内をキョロキョロ探し回ります。橙花ちゃんとリンちゃんがどこへ行ったか探しているのです。


「赤野っち。一旦、席に戻った方がいいんじゃないの?」

「そうですよ。下手にうろついても、迷子になってしまいますよ」


 みつる君と吉人君の提案を、劉生君は受け入れることができませんでした。


 劉生君にとっては、試合よりも二人のことを、――正確にいうと、気を失っていたリンちゃんのことが、不安で不安で仕方なかったのです。


 劉生君の脳裏によぎるのは、地面にのたうち回り、痛い、痛い、と口にするリンちゃんの姿でした。


「……っ」


 劉生君は足を早めます。すれ違う魔物や子供たちにリンちゃんたちを見ていなかったかと聞き込んでみますが、誰も知らないようでした。


「……リンちゃん……!」


 そんなときです。


「おい、お前ら。どこに行くんだ?」


 槍を手にした男の子が近づいてきました。


 劉生君の対戦相手、高橋幸路君です。



「幸路君! リンちゃん見なかった!?」


 涙目で迫ります。


「り、リンちゃん? あーっと、お前らの友達だっけ? そいつかどうかは分からないが、蒼なら見たぞ」

「橙花ちゃんいたの!? どこにいるの!」

「えっと、あっちの部屋だったかな」

「ありがとう!」


 お礼もそこそこに、劉生君は教えてもらった咆哮に飛び出していきました。


 橙花ちゃんとリンちゃんは、赤い十字マークがついた部屋にいました。


 ドアの上についているプレートには、『医療室』と描いてあります。


 部屋の中は、保健室のようなつくりになっていました。棚には薬の入った小瓶が並び、清潔な白いベッドがいくつか置いています。


 橙花ちゃんは窓際のベッドのそばにいました。劉生君たちが入ってくると、橙花ちゃんは「あれ、みんな?」と驚いています。


「よくここが分かったね」

「幸路君に教えてもらったんだ。それより、リンちゃんは?」


 すると、橙花ちゃんのそばのベッドから、声が聞こえてきました。


「ここよ、ここ」


 リンちゃんが上体を起こします。


「リンちゃん! 怪我はない? 痛いところはない?」

「大丈夫よ、大丈夫!」


 リンちゃんはぽんぽん、と劉生君の頭を撫でます。


「蒼ちゃんが薬くれたし、そもそもあまり怪我はしてなかったからね」

「けど、リンちゃん、気失ってたよ。怪我のせいじゃないの?」

「あー……」


 リンちゃんはがしがしと頭をかきます。


「……あれは、怪我じゃないわよ」

「そうなの? なら、病気とか……?」

「……病気でもないわよ」


 では、一体どうしてでしょうか。


 劉生雲は小首をかしげますが、リンちゃんは答えず、ベッドのシーツを握り締めるだけです。


「……とにかく、蒼ちゃんからもらった薬も飲んだし、心配しないでいいわよ」


 ひょいとベッドから飛び起き、ぐるぐると腕を回します。


「ほら、元気元気!」

「でも……」

「いいからいいから! それよりも、さっさともとの世界に帰りましょ!」


 無理やり劉生君を引っ張って、橙花ちゃんたちも手で招きます。


「ほらほら、蒼ちゃん。エレベーター作って作って」

「……うん。分かった」


 橙花ちゃんはリンちゃんを気遣いつつも、エレベーターを呼び出してくれました。


「じゃあじゃあ、帰りましょ!」


 リンちゃんの勢いにのせられ、劉生君たちは渋々エレベーターに乗りこみます。


 エレベーターは閉まり、現実世界へと向かいます。


 奇跡なんてない、現実世界へ。


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