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ほうかごヒーロー!~五時までの、異世界英雄伝~  作者: カメメ
6章 闘技場、アンプヒビアンズ!―ミラクルランドは、奇跡の世界!―
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18 夢は覚めるのが、お決まりです!

 今日の試合はこれで終わりです。がやがやと魔物や子供たちが待機室に向かう途中、橙花ちゃんはせっせと吉人君を励まします。


「吉人君が悪いわけじゃないよ。パワータイプの幸路君相手に相性が悪かっただけだからさ」

「うー、ですが、また僕、役に立てませんでした……。僕の都合で、ミラクルランドにいる時間を短くしてもらっているのに……」

「そんなことないよ。吉人君がいてくれるからこそ、みんな安心して戦えるんだから」

「……」


 橙花ちゃんの慰めも空しく、吉人君は肩を落としてしまっています。橙花ちゃんが思っている以上に、吉人君は責任を感じてしまっているようです。


「う……」


 自分の言葉ではうまく吉人君を元気にしてくれないと悟ったのでしょう、橙花ちゃんは助けを求めて、リンちゃんに視線を送ります。


 しかし、リンちゃんはリンちゃんで、思いつめたように俯いていました。


「……? どうかしたの、リンちゃん」

「……もう、帰る時間なんだよね」

「そうだけど」

「……そっか」

「……」


 橙花ちゃんはリンちゃんにしか聞こえない声で囁きます。


「……悩みがあるなら、聞くよ」

「……いい。大丈夫」


 どうみても大丈夫ではなさそうな顔で、リンちゃんは言います。


「……リンちゃん……」

「あたしのことはいいから、あっちの世界の門を開けてほしいな! ヨッシーが親から怒られちゃうし!」

「……」


 これ以上粘るのも、吉人君にとってよくないと思い、橙花ちゃんは渋々エレベーターの門を開けました。


「橙花ちゃん、またねー!」


 劉生君はぶんぶんと手を振って、エレベーターに乗り込みました。階数ボタンを押すと、エレベーター内がぐらぐらと揺れます。


 ミラクルランドに来た当初こそ、みんな怯えてエレベーターの隅っこに縮こまっていましたが、馴れた今では、それぞれ会話に花を咲かせています。


 咲音ちゃんはみつる君とクラスのことを話していますし、劉生君は吉人君と次の対戦相手の話をしています。


「次は、僕が幸路君と戦うんだよね! 僕、絶対勝つよ! そして! 『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』の名誉を取り戻す!」

「はあ、そうですか」


 吉人君は気のない返事をしますが、いつものごとく劉生君は気づきません。


「リンちゃんが次に戦うのは誰だったっけ?」


 気軽に尋ねてみて、ようやくリンちゃんが暗くふさぎ込んでいるのに気が付きました。


「リンちゃん、どうしたの?」


 劉生君が不安そうに尋ねます。リンちゃんはぎこちなく笑い、「なんでもない」と返事をしようとしました。


 けれど、それはできませんでした。


 突如、今までよりも強くエレベーターが揺れ、電気が激しく点灯しました。経験のない揺れと明滅に、みんなは悲鳴をあげ、しゃがみます。


 異変はすぐに収まりました。


 それでも、みんなは怯えてすぐには顔をあげませんでした。


 チン、と、エレベーターが到着する音が響き、ようやく劉生君は目を開きました。


 まずは自分の身体を見てみます。どうやら怪我はしていないようです。しゃがむときに床に当たったのか、膝がひりひりと痛みますが、そのくらいです。


 劉生君はほっとして顔をあげます。他のみんなは大丈夫かと、見渡してみます。


 吉人君やみつる君、咲音ちゃんは何も変わったところはなさそうです。よくよく見れば、吉人君の杖が元のキャンディに戻っていますし、劉生君みたいにちょっとした打ち身はありましたが、そんなことは気になりませんでした。


 それよりも、劉生君は彼女のことを、――エレベーターの冷たい床に倒れたリンちゃんのことを、凝視していました。


「り、リンちゃん……! 大丈夫!?」

「うっ……。違う、と思うけど……」


 壁に手をついて、なんとか立ち上がろうとしますが、


「……っ!!」


 悲鳴のような声を漏らし、リンちゃんは前からこけそうになります。咄嗟に吉人君が支えます。


「み、道ノ崎さん! ほら、車いすに乗ってください」


 今の今で気づきましたが、リンちゃんのすぐそばに車いすが置いてありました。吉人君はみつる君に手伝ってもらいながら、リンちゃんを車いすに座らせます。


 みつる君は不安そうにリンちゃんと、リンちゃんの足を見比べます。


「まだ痛いの続いてる? 病院に行こうか?」

 

 リンちゃんは力なく首を横に振ります。 


 リンちゃんはだらだらと汗を流し、歯を食いしばって苦悶の表情を浮かべています。みつる君に返事をしようと口を開きますが、呻くような声しか出せないようです。


「……やっぱり救急車呼んだ方がいいよ……」


 みつる君は不安そうに提案しますが、再度リンちゃんは否定します。


「本当に大丈夫。それよりも、早く外に出た方がいいんじゃないの?」


 ちらりとエレベーターの入口に視線を向けます。


 エレベーターのドアは開いていて、ベビーカーをひいた女性が迷惑そうに劉生君たちを見ていました。


 どうやら劉生君たちがすったもんだしている間に、エレベーターは一度閉まり、女性がボタンを押したためにエレベーターがまた開いたようです。


 劉生君たちは「ごめんなさい」とペコペコ頭を下げて。外に出ます。


 一旦、近くのベンチまで行き、リンちゃんの様子を不安そうに伺います。さっきよりは呼吸も乱れていませんし、汗も引いていました。


 しかし、表情は暗いままです。


 真一文字に口を結び、身体もこわばっています。


「……リンちゃん?」


 劉生君の声を聞いた途端、リンちゃんの肩が震えて、


 ぽろりと、涙が頬をつたいました。


「リンちゃん! やっぱりどこか痛いの!?」

「そうじゃない。……そうじゃないわよ」


 次から次へと涙があふれていきます。


「あたし、諦めてたの。もう走れない、もう歩けないって。それも仕方ないって。……でも、……でも……っ!」


 リンちゃんは、叫びました。


「やっぱり走りたいよ! 頑張って、走って、世界一になって、お母さんたちに美味しいご飯食べさせてあげたかったのに……! 夢だったのに!! そのために頑張ってたのに!!」


 頬を伝う涙は、膝の上に落ちます。


 どれだけ念じても、動くことのない、膝の上に。


 もだえ苦しむリンちゃんに、劉生君は何も言葉をかけられません。

 

 ただ、胸が苦しくて苦しくて、仕方ありませんでした。気持ちを抑えきれず、劉生君はリンちゃんをぎゅっと抱きしめます。


「……リンちゃん、リンちゃん……!」

「……リューリュー……!」


 気づけば、二人とも涙を流していました。


 お互いぎゅっと抱き合い、子供の様に泣きます。


 どれだけ泣いても、事実は変わりませんし、どれだけ泣いても、リンちゃんの足は戻りません。


 だけど。


 ……だけど。


 二人は、泣いて、泣いて、泣いて。


 涙が枯れるまで、声が枯れるまで、泣き続けました。


〇〇〇


 その後は吉人君の勉強のこともあったため、解散になりました。劉生君はリンちゃんから離れがたく、家までついていきました。


 リンちゃん家はいつもより散乱しています。今まで通りにリンちゃんが掃除をできていない証拠なのでしょう。


 何やら美味しそうな匂いも漂ってきました。


 どこのお家のものだろうかと二人は顔を見合わせていると、ドタバタと奥の部屋からリンちゃんの弟と妹たちが飛び出してきました。


 赤く目が腫れたリンちゃんを見て、どうしたのかと心配そうにします。妹弟たちを安心させようと、リンちゃんはお姉ちゃんらしく、優しく微笑みます。


「泣ける映画を見に行っただけよ。リューリューとね。よかったわよね」

「……う、うん」


 調子をあわせて、劉生君は頷きます。


 まだ小さな弟妹たちは嘘だと気づかず、すっかり安心して、リンちゃんに「おかえり」「劉生お兄ちゃんこんにちは」と挨拶してくれます。


「あのね、お姉ちゃん! 今日は夜ごはん作んなくていいよ!」

「私たちで作ったから!」「からー!」


 一番年長の弟君は、恥ずかしそうにこそっと囁きます。


「本当はオムライスを作りたかったんだけど、チャーハンになっちゃったんだよね……」


 そういえば、リンちゃんの家に入った時、美味しそうな匂いがしていました。あれは、リンちゃんの妹や弟が作ったチャーハンの匂いだったのです。


 リンちゃんは目をぱちくりさせて驚きます。


「あんたたちだけで作ったの?」


 妹弟たちは嬉しそうに頷きます。


「そうだよ! お母さんに教えてもらったの!」「うん! だから出来たよ!」「ちゃんと赤ちゃんが怪我しないように気を付けながら料理したよ!」

「……そっか」


 リンちゃんはふっと笑みを見せます。


「ありがとうね。みんな」


 頭を撫でようと、手を伸ばします。ですが、座ったままのリンちゃんの手は、子供たちの頭まで届きません。


 だけど、


 妹ちゃんや弟君は、リンちゃんの手が届くところまで近づいてくれました。


 ニコニコ笑顔で、リンちゃんを見つめます。


「……ほんとうに、ありがとうね」


 苦しそうに、けれど嬉しそうに、リンちゃんは頭を撫でてあげます。


「僕も! 僕も!」


 劉生君も混ざってきました。


「えー劉生おにちゃんも?」「仕方ないなあ」「なー」


 年下に譲ってもらって、劉生君も頭を撫でてもらいます。


「えへへー。リンちゃんに撫でてもらったー」

「リューリューってたまにあたしと同い年とは思えないよね」

「でしょ! 僕はかっこいいからね!」

「はいはい」


 笑って流します。


 目元はまだ赤いですが、家に入ったときのような、不器用な笑顔ではなく、自然な笑顔です。


 劉生君は安心して、ほっと息をはきました。


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