16 魔王ギョエイの襲来! 一緒に戦おう!!
「みんなっ!」
劉生君は子供たちに駆け寄ります。
「どうしたの? 何があったの!」
子供たちを起こそうと肩を叩きます。ですが、びくともしません。眠りについているようです。ぐっすり気持ちよく寝ているわけではありません。苦痛に顔を歪ませて、うめき声を上げながら目をつぶっています。どんなに揺さぶっても起きてくれません。
「一体どうして、こんなことに」
そのとき、橙花ちゃんが時計台の方から走ってきました。
「君たち! ああ、このタイミングで戻ってきてくれてよかった」
リンちゃんと吉人君が橙花ちゃんに駆け寄ります。
「何があったんですかっ」「まさか、魔物がきたの!?」
橙花ちゃんは険しい表情を浮かべます。
「魔物よりもまずいのが来た。……遊園地フィッシュアイランドを住処とする魔王ギョエイがね……」
魔王ギョエイの襲撃は、劉生君が帰ってすぐのことでした。突如として魔王軍団がムラに乗り込んできたのです。もしも他の子が起きていたら、魔神でさえ入れない時計台の中に避難できたのですが、ほとんどの子が寝てしまっていて逃げることはできませんでした。
子供たちの大半は魔物に誘拐されてしまいまい、残った子も睡眠の呪いが強化され、悪夢をさまよい続けています。
橙花ちゃんは落ち込んでしまっています。
「目を覚ましてくれた子たちと一緒に戦ったんだけど、負けてしまって連れてかれたんだ。……友之助君も、一生懸命みんなを守ってくれたのに」
「友之助君も誘拐されちゃったの!?」
リンちゃんは驚きの声を上げます。
友之助君はリンちゃんと吉人君に魔法の何たるかを教えてくれた男の子です。しっかりした子で、多忙な橙花ちゃんを思いやる優しい子です。
リンちゃんはぎゅっと手を握りしめ、怒りでわなわなと震えます。
「こんなことって、許せない……! 蒼ちゃん! 魔王ってのはどこにいるの! あたしが倒しにいってやる!」
吉人君も、気合いをいれるように、メガネをくいとあげます。
「許しがたいですね。……ここまでされたら、僕も腹をくくるしかありません。戦いにいきましょう。子供達を助けるために。なんだって、こちらには赤野君がいるんですからね」
劉生君も迷いなく頷きます。
しかし、橙花ちゃんは眉間にシワを寄せて、全力で否定してきます。
「いや、そんなことはさせられない。危険すぎる。ボク一人で助けに行くよ」
「ですが、一人で行く方が危ないですよ」
吉人君の言葉に、リンちゃんが追随します。
「そうそう! あたしたちも、たくさん思い入れのあるものを持ってきたんだからね! リューリューみたいに、ばっさばさと魔物を倒しちゃうわよ!」
二人はやる気十分、今にも魔王を狩りにいこうと張り切っています。
しかし、橙花ちゃんはむべなく却下します。
「魔王は、劉生君が倒した魔物なんかよりもずっと強い。それに、頭もいいんだ。劉生君の魔力は凄まじいけど、正直、魔王に勝てるかといわれると、……難しい。それくらい、魔王は強い」
橙花ちゃんは覚悟を秘めた目で三人を見つめます。
「だから、ボクが一人で行く。こう見えても、ボクは強いんだ。魔王なんてすぐに倒して、子供達を助けるよ」
三人を安心させようと、にっこりと橙花ちゃんは笑顔を見せます。
「君たちは一旦もとの世界に戻って、しばらくしたら遊びにおいで。そしたら、みんなで遊ぼうよ」
彼女の思いに答えるよう、頭に生えた片角が青々と輝きます。
橙花ちゃんの力がどの程度のものか、劉生君たちにはよくわかりません。妙な青い角もはえていますから、結構強そうな気もします。多数の子供達を連れ去った魔王相手でも、彼女なら、倒せるのかもしれません。
「……そうね。本当ならついていきたいけど、蒼ちゃんがそういうなら」
「……あまり邪魔になってはいけませんからね」
橙花ちゃんの強い口調、それから魔王の恐ろしい描写に、リンちゃんも吉人君も、ついしり込みをしてしまいます。
劉生君も、さっきまでは乗り気でしたが、魔王への恐怖からか、意気消沈してしまいます。
できれば橙花ちゃんと一緒に戦いにいきたかったですが、橙花ちゃんの言うとおり、彼女に任せるほうがいいのかもしれません。
そう思ってしまった劉生君は、黙ったまま、口を閉ざしました。
みんなが納得してくれたと考え、橙花ちゃんはほっとしたように笑顔になります。
「じゃあ、いってくる。魔王を倒してくるね」
橙花ちゃんは杖を振ると、劉生君たちの背後にエレベーターが現れました。これを使って、帰るよう促しているのでしょう。
軽く手を振り、橙花ちゃんはどこかへ歩いていきます。
雲ひとつない青空をバックに、橙花ちゃんが歩いていきます。
その後ろ姿に、
劉生君は、既視感を覚えました。
「……っ」
頭にガンガンとした痛みが響き、心臓がぎゅっと掴まれたかのように息苦しくなります。
橙花ちゃんは、強いのかもしれません。
けれど、みんなのために、橙花ちゃんは自らを犠牲にしようとする事実は変わりません。
止めなくては。
止めなくては。
そうでないと――。
「――橙花ちゃん!」
本能のまま、心の思うままに、劉生君は叫びます。
橙花ちゃんは足を止めて振り返ります。ビックリしているようです。
ひるんでいる間に、すかさず、劉生君は橙花ちゃんの目の前に立ちふさがります。
「ダメ。ぜーったい、ダメなんだから!」
「だ、だめって……。そんなこと言われても、ボクは魔王を倒して、戦わないと……」
「戦うのはいいの! でも、僕も行く!」
「劉生君、魔王退治は遊びではないんだ。擦り傷どころの話ではない。もしかしから、死んでしまうかもしれないんだ。絶対に、君たちを連れていけない」
子供を諭すように、橙花ちゃんは優しい口調で語りかけます。
が、しかし。
「橙花ちゃんが一緒に行ってくれないなら、僕は勝手についていくもん。そう決めたんだもん」
劉生君はプイッとそっぽを向きます。
橙花ちゃんは戸惑い、救いを求めるようにリンちゃんたちをみます。
けれど、二人は苦笑いして肩をすくめます。
「あたし、リューリューの幼馴染みだからよく知ってるけど、こうなったリューリューは絶対に意見を変えないわよ」
「赤野君は意外と頑固なんですよ。まあ、平たく言えば、諦めてください」
「……」
橙花ちゃんはおろおろと三人を代わる代わる見ます。
誰かが「やっぱりやめよう」というのを待っているようですが、残念ながら誰も言いません。
むしろ、及び腰だったリンちゃんや吉人君も、劉生君の言葉に背中を押され、ぜひとも戦いたい、一緒に行くと覚悟を決めています。
「……ううっ、どうしよう……」
しばらく悩みましたが、どうやら、諦めたようです。深くため息をつきます。
「わかった。連れていく」
「やったあ!」
「ただし、ボクの言うことをちゃんと聞くんだよ!」
「うん、わかった!」
魔王退治に参加させてもらいました。
劉生君の心は弾みます。
気づけば、頭の痛みも、胸を塞ぐような痛みも、不思議な既視感さえも、最初から存在していなかったかのようにすっかり消えていました。