表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほうかごヒーロー!~五時までの、異世界英雄伝~  作者: カメメ
6章 闘技場、アンプヒビアンズ!―ミラクルランドは、奇跡の世界!―
169/297

16 ミラクルランドの奇跡は、まるで夢のよう!

 リンちゃんは言いました。


「もう足はほぼ使えないんだって」


 リンちゃんは言いました。


「リハビリすれば、もしかしたら少しだけ歩けようになるかもしれないんだって。……もしかしたら、だけどね」


 ……リンちゃんは言いました。


「……だからね。……もう、走れないの」


涙で目を真っ赤にさせたリンちゃんママが入ってきました。劉生君たちを見て、リンちゃんを見て、何を語ったのか悟ったのでしょう。まずは二人を外の待合室まで案内して、リンちゃんママはリンちゃんとお話をしました。


 数分たつと、リンちゃんママは劉生君たちを連れて、それぞれの家に送ってくれました。


 劉生君を家に送るとき、リンちゃんママはぽつりと呟きます。


「……うちの子、あなたたちや私には強がってるけど、きっと本当は苦しんでいると思うの。だから、見守ってくれたら嬉しいわ」

「……うん」


 劉生君は家に帰ります。まだお母さんはいませんでした。二階にあがり、自分の部屋に入ります。


 お母さんに「身だしなみを整えるために」と半ば強引に置いてある姿見に、洋服がたんまりと入った箪笥、箪笥と姿見の辺りには『勇気ヒーロー ドラゴンジャー』のグッズが散らばってます。


 いつもは部屋に戻ると、お気に入りのグッズを箪笥の上に並べて、うっとりと見とれます。けれど、そんな元気もありません。


 バッグを机の横において、劉生君はベッドに寝ころびます。天井を見てはいますが、頭の中はリンちゃんのことで頭がいっぱいです。


 リンちゃんは走るのが好きな子です。


 大大大好きな子です。


 学校の運動クラブでも走っていますし、休日だって家事を全て終わった後に自主練をしていました。


 時には、走るのが大変だ面倒だと口にするときもありました。けれども、毎日のように走っていました。


 昔、劉生君はめんどくさがるリンちゃんに聞いたことがあります。「どうして走るのか、家でアニメみてた方が楽しいよ」、と。


 すると、リンちゃんは少し照れたように、首の横のあたりをかきます。


「そりゃそうかもしれないけど、走るのも楽しいし。それに、あたしが頑張って日本一の選手になって、お金をがっぽがっぽ貰ったら、お母さんも無理して働かなくてすむし、下のガキんちょどもも大学に行けるじゃない?」


 それがあたしの夢だと、リンちゃんは誇らしげに言っていました。


 ……けれど。


 ……もう、リンちゃんは走れません。


「……」


 ミラクルランドでは、強い思いさえあれば、どんな願いでも叶えてくれます。


 劉生君はぎゅっと目を閉じ、リンちゃんの足が治ってほしいと、奇跡が起こってほしいと願いました。


 しかし。


 その願いは、果たされませんでした。


 一か月後にリンちゃんは学校に来れるようになりました。


 ……車いすに乗って。


〇〇〇


 劉生君の学校は改装されたばかりで、既にバリアフリー化していましたので、車いすのリンちゃんも問題なく学校に通うことができました。


 先生やクラスメイトたちも、リンちゃんを配慮して机や椅子の位置を工夫して置いてくれます。


 劉生君や吉人君は、それ以上にリンちゃんに気を配ります。移動授業のときは代わりに教科書を持っていきますし、給食のお盆も持ってあげます。


 今だって、劉生君が昼休み後の教科書をせっせと用意していました。


「はい、リンちゃん!」 

「……ありがとう。……なんか、ごめんね」


 リンちゃんは顔をしかめます。その複雑な心境を読み取ることもなく、劉生君は元気よく「そんなことないよ!」と否定します。


「僕はリンちゃんの大親友だもん! なんでもするよ!!」

「……ありがとう……」


 リンちゃんは唇を噛み締めます。


 何か悟ったのでしょうか、吉人君はリンちゃんの表情を伺いました。けれど、リンちゃんはすぐに表情を明るくします。


「そうだ、ミラクルランドにはいつ行く? 今日にでも行けるわよ!」

「きょ、今日ですか? しかし、道ノ崎さんは……」


 吉人君は驚いて、思わずリンちゃんの足を見ます。


「あー、そりゃあたしは車いすだけど、何とかなるんじゃない? だって、ミラクルランドは願いが叶う場所なんだからさ。なんとかなるわよ! ……こっちの世界じゃないんだし、ね」


 リンちゃんは寂しそうに呟きます。これには、吉人君も言葉が詰まってしまいました。かろうじて口に出せたのも、「道ノ崎さんがよろしいのなら」の一言でした。


「あたしはいいわよ。むしろ、どうなるか気になるからね。もし動けなそうだったら、応援だけにしておくわ」

「……」


 吉人君は黙って頷くと、みつる君と咲音ちゃんに聞いてくると言って、去っていきました。


〇〇〇


 みつる君、咲音ちゃんも、今日は予定を入れていなかったようです。リンちゃんと色々話をしたいと思って、予定を空けてくれていたのです。


 それでも、まさかミラクルランドに行くとは思ってもみなかったようです。ミラクルランドに行くなら、武器になる大切なものを用意しなくてはと、放課後になると急いで家に戻りました。

 

 劉生君も家に戻って『ドラゴンソード』をベルトに差し込み、すぐにリンちゃんの家にお邪魔しました。


「どうもー。リンちゃん、手伝うこと何かあ…。り、リンちゃん!?」

  

 リビングの真ん中に、ティッシュの箱が散乱しています。その真ん中で、リンちゃんは車いすと一緒にひっくり返っていました。


 血の気が一気に引きます。最悪の状況が頭をよぎり、慌ててリンちゃんに駈け寄って抱えます。


「リンちゃん!? どうしたの!? きゅ、救急車!! 救急車呼ぶ!?」


 パニックになる劉生君とは打って変わって、当の本人リンちゃんは少し痛そうに足をさすっているものの、平気そうに苦笑しています。


「大丈夫よ。ティッシュがなくなったから補充しようとしたら、車いすから落ちちゃっただけ。やっぱ慣れないとうまくいかないわねえ。あいたた……」


 棚に手をつかんで起き上がろうとしますが、傷ついた足ではうまく立てません。


「待って、リンちゃん! 僕の肩をつかって!」


 すぐにしゃがみこみ、肩をぽんぽんと叩きます。


 劉生君は純粋に親切心でやっていますが、リンちゃんの表情が曇ります。


「……」

「……? リンちゃん、どうかしたの?」

「……なんでもないわ」


 リンちゃんはゆるく首を振ります。


「………肩、借りるね」

「うん! いいよ!」


 リンちゃんをしっかりと支えて車いすに乗せ、ティッシュを上に戻している間も、リンちゃんは肩を落として、口をつぐんでいました。

 

〇〇〇


 私たちが何気なく歩く道は、意外にも平坦ではなく、凸凹としています。妙な段差もありますし、車いすでは通れないほど細い歩道もあります。


 劉生君が走り回り、時には手助けをして、時には別の道を案内していると、公園に行くまで思ったよりも時間がかかってしまいました。


 エレベーターの前には、既にみんなが待っています。


 リンちゃんは身体を縮めて、申し訳なさそうに謝罪をします。もちろん、みんな気にもとめていません。


 咲音ちゃんはふわふわと笑みをみせます。


「心配しないでください! わたくしたち、ちょうど対戦相手のデータをみていたところなんです!」

「そうそう」


 みつる君は橙花ちゃんからもらった対戦相手のデータを眺めます。


「赤野っちと道ノ崎っちの相手は強くなさそうだけど、鐘沢っちの相手は大変かもしれないね。なんだって、俺たちを倒したあの子、高橋幸路君が相手だからね」

「……えー、あの人?」


 なんと、誰に対しても無邪気に仲良くなろうとする劉生君が、嫌そうにしています。リンちゃんが物珍しそうに劉生君を見上げます。


「リューリューがそこまで言うなんて、珍しいわねえ」

「だって、『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』をあそこまで馬鹿にされたんだもん。ふーんだ」


 劉生君はプンプン怒って、そっぽを剥きます。吉人君はくすりと笑います。


「僕がきっちり倒しますから、安心してください」

「むう……」


 劉生君は不服そうに、けれど渋々頷きました。


 一方、リンちゃんはそわそわとエレベーターに視線を送ります。


「ねえ、もう行こうよ。ほら、ヨッシーには時間もないんだし」


 それもそうかと、みんなは同意してエレベーターに乗ります。矢印ボタンを押すと、いつもの通り、ガタガタと揺れ始めました。


「おっとっと」


 リンちゃんはエレベーターの壁に手を当てました。


「リンちゃん、大丈夫?」


 足元がふらつく中、劉生君は心配そうにリンちゃんの側にいきます。


「僕、支えるよ」

「あー。……いいわよ。だってそろそろミラクルランドに着くし」

 

 ちょうどいいタイミングで、エレベーターが止まり、ドアが開きました。


 相変わらずドアの先は真っ白です。最初にあの白い世界に足を踏み入れるときには、ひどく緊張したものです。


 今では、校門を通るくらいの気軽さで潜り抜けていきます。


 けれど、あんなにノリノリだったリンちゃんは、車いすを前に動かしません。思いつめるように、必死に願いをこめるように、真っ白な空間を見つめています。


「……リンちゃん……?」


「……なんでもないよ。いこっか」


 劉生君の手助けも断り、リンちゃんは真っ白な空間に飛び込みました。劉生君もそのあとに続きます。


 橙花ちゃんがアンプヒビアンズに繋げているおかげで、エレベーターから出ると競技場入口の入る手前に出ました。


 吉人君たちは入口の前で待っていました。リンちゃんを心配してくれていたのです。


 劉生君も不安そうに視線を下の方に、――車いすに乗ったリンちゃんを見ようとしました。


 しかし、リンちゃんは車いすに座っていません。


「……あっ」


 前と同じように、二本の足で立っていました。


 リンちゃんはおそるおそる一歩歩きます。


 痛みは走りません。


 今度は軽く走ってみました。


 今まで通り、走れています。


「……」


 リンちゃんは、ほうっと息を吐きます。


「よかった。あたしの願いが叶ったんだ。よかった、よかった……」


 足を撫でて、リンちゃんははちきれるような笑みを浮かべます。劉生君も嬉しくなって、リンちゃんに抱き着きます。


「やったねリンちゃん!」

 

 咲音ちゃんもほのぼのと微笑みます。


「よかったですね、リンさん! 試合にも問題なく出れますね!」

「うん! 張り切っちゃうわよ!」


 素直に喜ぶ三人とは違って、吉人君とみつる君は気まずそうと目線を合わせます。


 二人は分かっていたのです。


 この世界は、ミラクルランド。願いが叶う、夢のような場所。


 ……けれど、


 彼らの世界には、『奇跡』を持っていけないことを。


 リンちゃんも頭のいい、賢い子です。それくらい痛いほど分かっていることでしょう。それでもリンちゃんは喜び、走り回っています。


 そんな彼女に水を差すことはできません。


 橙花ちゃんが来るまで、リンちゃんは走り続けました。


「今なら、どんな大会でも優勝できる気がするわ」


 彼女は笑います。


 無邪気に、笑いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ