15 リンちゃんのお見舞いをしよう!
劉生君はお家に帰り、リンちゃんの怪我の話を告げます。お母さんはしばらく絶句していましたが、優しく劉生君の頭をなでて、ぎゅっと抱きしめてくれました。
劉生君の目から、ぽろぽろと涙があふれてきました。
声も我慢せず、赤ん坊みたいに泣きます。
「お母さん、お母さん、リンちゃん、すごく痛そうだったの。でも僕、何も出来なくて」
「そっか」
「お母さん、リンちゃんがいなくなったらどうしよう……! リンちゃん、元気になるよね? また一緒に遊べるよね!!」
「大丈夫、大丈夫。リンちゃんはきっとよくなるわよ。だから劉生も、ドンと大人になって、リンちゃんをお迎えしてあげなさい」
背中をなで、ティッシュで涙をぬぐってくれます。
涙ながら、鼻をすすりながら、劉生君はお母さんにしがみつきます。
「……お母さん。僕、大人になる。たくさんご飯食べて、大人になって、リンちゃんを助ける!」
「よしよし! いい心がけね! ご飯を食べる前に、お母さん、リンちゃんの弟ちゃん妹ちゃんの様子を見てくるわ。お母さんが返ってくるまで、じゃがいもの皮を剥いてくれる?」
「うん!!」
劉生君はさっそくピーラー片手にジャガイモをむきます。
たくさん綺麗にむけば、リンちゃんも元気になるはず!
そんな根拠のない願いをこめて、劉生君はいつもよりも必死になってお手伝いに励むことにしました。
〇〇〇
次の日、劉生君は、生物委員会の仕事で一緒だった咲音ちゃんと下校していました。
「リンさんの具合はどうですか」
咲音ちゃんは心配そうに尋ねます。劉生君も俯いて答えます。
「僕のお母さんが聞いてくれたんだけど、命に別状はないって。でも、まだ目が覚めてないんだ……」
「……そうですか……」
「……」
さすがの咲音ちゃんでも、リンちゃんのことを思うと、いつもの笑顔も浮かびません。劉生君はいわずもなが、ふさぎ込んでいます。
二人で黙って歩いていると、一人の女性が向かいから歩いてきました。何気なく顔を見て、劉生君は「あっ」と息をのみました。
「リンちゃんママ!」
リンちゃんママは、顔こそリンちゃんそっくりですが、リンちゃんのあっけらかんとした雰囲気はありません。
猫背っぽいですし、服はところどころほつれています。顔に刻まれたしわは、年々の疲れと苦労が如実に表れています。
加えて、今日は目にクマが出来ていて、一層辛そうに見えます。疲れ切った表情ながら、劉生君を見ると、ほんのりと笑顔を見せてくれました。
挨拶もそこそこに、劉生君は必死の形相でリンちゃんの容体を聞きます。
「リンちゃんママ! リンちゃんは、リンちゃんは目を覚ましたんですか!」
「ああ」リンちゃんママは破顔します。「今日の早朝に意識をとりもどしたわ」
「本当ですか!!」
劉生君は飛び上がるほどよろこびました。
もしかしたら、二度と遊べなくなると胸が締め付けられる思いでいましたので、もう嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
「よかった、よかった! リンちゃんママ! リンちゃんのところにお見舞い行きたいです! お願いします!」
「ええ、もちろん」
咲音ちゃんも焦ってぴょんぴょんと手をあげます。
「すみません、あの、わたくしも一緒にお見舞いに行かせてください! リンさんとは友達なんです!」
「あら、そうだったの? リンと仲良くしてくれてありがとうね。よければ、リンに会ってくれると嬉しいわ」
リンちゃんママは、劉生君と咲音ちゃんを病院に連れて行ってくれました。
病院までの運賃も払ってくれました。恐縮する咲音ちゃんに、リンちゃんママは優しく微笑みます。
「これくらいなら出せるから、心配しないで」
そう言ってから、涙を流す劉生君をあやします。
「劉生君も、涙を止めて、元気出して」
「ぐすん……。けど、嬉しくて……」
何度も涙を拭っても、次から次へと頬が塗れます。まだお昼とはいえ電車の中ですので、座っている人はぎょっとしたように劉生君を眺めています。
けれど、意外とリンちゃんママは周りの目が気にならないようで、のんびりとあやしてくれますし、咲音ちゃんも言わずもがな、優しく劉生君を宥めます。
「劉生さんが治ってほしいとお祈りしていたおかげで、リンちゃんも元気になったんですよ!」
「そうかな」
確かに、リンちゃんが治ってほしいと願い、懸命にじゃがいもを剥いていましたし、なんなら人参も剥きました。
その思いが、神様に伝わったのでしょう。
劉生君は誇らしい気持ちになります。
五駅ほど電車に乗って、病院に来ました。さすが病院なだけあって、これぞ清潔の権化といった雰囲気でした。
リンちゃんママは受付の人に一言二言話してから、すぐに奥へ行こうとしますが、受付の人は慌てて止めます。
囁くように話していましたので、劉生君たちは何を話しているか分かりませんでした。しかし、リンちゃんママの表情が一変し、険しくなりました。
「……分かりました。ありがとうございます」
リンちゃんママは劉生君たちと目線を合わせ、ぎこちなく微笑みます。
「ごめんね、少しだけ待っててくれる?」
駆け足でリンちゃんママは去ってしまいました。
残された二人は、することもありませんので椅子に座ります。
「どうしたんだろうね」
劉生君はふわふわの椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせます。
早くリンちゃんと会いたいな、と暢気に思っています。
「……もしかして」咲音ちゃんが怯えるように言います。「リンさんに何かあった……かもしれませんよね」
「え!? そうなの!? 本当なの!!??」
劉生君は大声で叫びます。
「い、いえ、ただ、リンさんのお母さんの様子が気になってしまいまして……」
「……で、でも、リンちゃんは目が覚めたんだよね? なのに、悪くなることもあるのかな……?」
「……それは……」
咲音ちゃんは困惑して口を閉ざします。
あんな不安にさせることを言わなければよかった、と咲音ちゃんは後悔しました。
実際に、劉生君は先ほどまでの笑顔が一変し、ふさぎ込んでしまいました。ざわざわと、落ち着かない気持ちがわいてきます。
リンちゃんにもしものことがあったら……。そう考えるだけで、胸が苦しくなります。居ても立っても居られません。
「……僕、リンちゃんの病室を探してくる!」
「え? お、お待ちください!」
咲音ちゃんの静止も聞かず、劉生君は受付の人に話しかけます。
「すみません! あの、リンちゃん……。道ノ崎リンちゃんはどこにいますか!?」
迷子と思われたのでしょう。受付の人は、あっさりと教えてくれました。
「ありがとうございます!」
お礼もそこそこに、劉生君は飛び出しました。
「劉生さん!」
咲音ちゃんも、慌てて劉生君の後を追いました。
〇〇〇
リンちゃんの病室は、案外分かりやすい場所にありました。
ネームプレートを確認してすぐ、劉生君はノックもせずに病室のドアを勢いよく開けました。
「リンちゃん!!」
ベッドの上のリンちゃんが、キョトンとして劉生君を見上げます。
「あら、リューリューじゃないの? どうしたの?」
「……へ?」
不思議そうにリンちゃんは劉生君と、それから咲音ちゃんにも視線を送ります。
「あら……。サッちゃんじゃない? 二人そろってお見合いにきてくれたんだ!」
リンちゃんはいつもと変わらない、嬉しそうな笑みを浮かべます。
「つい一時間前まで、お母さんが来てくれてたの。それでね……。って」
リンちゃんはビックリして目を見開きます。
「どうしたの、リューリュー。……泣いてるの?」
「だって、だって……! うわああん!!」
劉生君はリンちゃんにすがりつき、わんわんと泣きます。
「よかった、リンちゃん元気でよかった! ねえねえ、いつ学校行けるの? 一緒に遊ぼうよ! そうだ、追いかけっこしてもいいよ!!」
劉生君はあまり追いかけっこが好きではありません。けれど、元気になったリンちゃんのためなら、追いかけっこでも、色オニでも、ドロケイでも付き合ってあげよう、と思いました。
……けれど。
リンちゃんは、小さく首を横に振ります。
「あのね、リューリュー。追いかけっこはできない。色オニも、ドロケイもできないの」
「……え?」
よく見ると、リンちゃんの目元は赤くなっていました。疲れたように、言葉を絞りだすかのように、彼女は言いました。
「だってあたし、もう歩けもしないから」