15 二度目の! ミラクルランド訪問!
学校が終わるチャイムが鳴ると同時に、三人はランドセルを背負いました。
「あのエレベーターの前で待ち合わせね!」
ピンクのランドセルを背負ったリンちゃんは、はしゃぎながら二人に言います。
「忘れ物がないように! 解散!」
リンちゃんはバタバタと廊下を走っていきます。『廊下は走らないでくださいっ!』と先生に怒られていましたが、きっとまだ走っているのでしょう。彼女はそういう子です。
吉人君と劉生君は怒られたくありませんので、早足で帰ります。
「ミラクルランドに行くのは楽しみだけど、魔物はちょっと怖いよね」
「ですねえ。けど、赤野君なら、魔物なんて一撃ですからね。魔王も倒せますって」
「えへへ、そうかな?」
吉人君のお世辞を、劉生君は素直に受け取ります。そういう純粋なところが、彼の良いところだと吉人君は思いました。
「それにしても、魔王しかり、時計塔しかり、あの異世界はおかしなところですよね。何よりも不思議なのは、蒼さんですよね。一体、何者なのでしょうか」
吉人君は首を傾げます。
「僕たちと一緒で、こちらの世界から来た子でしょうが」
「え? そうなの? 僕、てっきりあっちの世界にいた人かと思ってた」
「そうではないと言っていましたよ」
「そっかあ……。こっちでも蒼ちゃんと遊べたらいいなあ。あっ、一緒の教室だったら出席番号が僕のすぐ近くかな? どうだろ?」
「だと思いますよ。あおいとうかって名前ですからね。蒼さんってあの漢字でとうか、って読むんですね。赤野君の名前も珍しいですけど、蒼さんも中々珍しいですねえ」
「へえ、そうなんだ! あれ? 蒼ちゃんの名前ってどういう漢字だっけ」
「えっと、」
吉人君はランドセルからノートを取り出すと、蒼井橙花と記しました。
「ほんとだ! 全然分からない! 花って字はわかるけど、その隣はどんな字なの?」
「橙色の字です」
「だいだいいろ……。オレンジ色?」
「ええ。オレンジ色のお花、ですね」
「へえ、綺麗な名前!」
そんな話をしていたら、ちょうど校門にたどり着きました。校門の前で一旦吉人君とお別れをして、お家に急いで戻ります。
小学校の前を通る大きな道から外れて歩くこと、十分。古いお家が立ち並ぶ中の一軒が劉生君のお家です。
お家の扉をぐっと引っ張りますが、固い手ごたえが帰ってきます。まだ劉生君のママは仕事から帰っていないようです。夕方までフルのパート仕事をしていますので、それも仕方のないことです。いつもは一人ぼっちで寂しいな、と思いますが、今日は違います。急く気持ちでランドセルからカギを取り出して、中に入ります。
「ただいま!」
しっかりお家に挨拶をして、バタバタ階段を上って、劉生君の部屋に向かいます。
「よし、ミラクルランドに何持っていこうかな! まずは『ドラゴンソード』でしょ? あとは。これも持っていこう!」
『勇気ヒーロー ドラゴンファイブ』のレッドが着けている変身ベルトです。
「持っていったら、僕も変身できるのかな?」
劉生君は変身ベルトをリュックサックの中に入れました。
「よーし、行くぞ、ミラクルランドへ!」
劉生君は意気揚々とお家を飛び出し、公園へと向かいました。
〇〇〇
待ち合わせ場所の公園に着くと、なんと、一番乗りでした。
吉人君は学校から遠いですのでまだわかります。ですが、リンちゃんがまだ来ていないとは思ってもみなかったので、劉生君は目をぱちくりします。
「あっ……。声をかけておけばよかった」
リンちゃんのお家は劉生君のお隣です。行く前にちらっとみましたが、電気が消えていたのでもう公園に行ったのかと思ったのです。
後悔しながら近くの石に腰掛けて、のんびりと上の方を見ます。
暦の上では秋ですが、公園の葉っぱはまだ先っぽの方しか色づいていません。むしろまだ夏ではないかと、劉生君は本気で思っています。
木の葉を見るのも飽きたので、今度は空を眺めることとしました。
まだまだ三時くらいですので、空が青く白い雲がのんびりと移動しています。なんとなく眺めていると、ふと、吉人君が教えてくれた、蒼ちゃんの名前を思い出しました。
「蒼井橙花、蒼井橙花ちゃん。……橙花ちゃん、かあ」
本人は『蒼と呼んでほしい』と言っていましたが、それよりも『橙花』の方が可愛くてきれいな響きです。
「よし、決めた!」
劉生君は決めました。これからは蒼ちゃんではなく、橙花ちゃんと呼ぶことにしよう、と。
そんなちょっとした決意を胸に秘めていると、タイミングを見計らったように吉人君とリンちゃんが現れました。
「やっぱり、先にきていましたね」吉人君は含み笑いをします。一方のリンちゃんは不機嫌そうです。どうしたのでしょう。リンちゃんがムッとしたままで答えます。
「……廊下走ったらダメでしょ! って、先生に長く怒られてたの。家帰ってすぐに公園に直行したから、ろくなもん持ってこれなかったわ」
吉人君は呆れた笑みを浮かべます。
「それはそうですよ。廊下は走ってはいけません」
「ぶーぶー」
むくれていたリンちゃんですが、即座に気持ちを切り替えました。
「さてさてっ! それじゃあミラクルランドに行きましょっか! レッツゴーゴー!」
三人でエレベーターに乗り込むと、階数ボタンを押して、続けて閉めるボタンも押します。エレベーターはギギギッと音を立てて閉まり、ゆったりと上がっていきます。
「それで、祈ればいいのよね? ミラクルランドにつけーつけー!」
リンちゃんは劉生君の『ドラゴンソード』を借りると、祈祷師のように振り回しはじめました。「いてっ!」当たってしまった劉生君は悲鳴を上げました。
普通に心の中で祈るのではないかと吉人君は思いましたが、彼も彼でよく分からないのは同じなので、手を合わせてミラクルランドに行きたいと唱えます。
すると、がたんっ、とエレベーターが揺れて、電灯がちかちか輝きはじめました。
リンちゃんは歓声を上げます。
「来たわね!」
しゃがんで耐えること数秒。チープな到着音が鳴ると扉が開きました。最初にこの世界へ来た時のように、外の世界は真っ白になっています。
「行こ行こ!」
二度目ともなると、三人とも気楽なものです。劉生君でさえ特に怯えることもなく、白い世界に一歩足を踏み出しました。
つかの間の白い世界の後、視界が開けました。
「……え?」
リンちゃんが、声をもらしました。
「こ、これは……っ!」
吉人君は血相を変えました。
どうして二人はこんなに驚いているのでしょうか。
ミラクルランドに着けなかったから? いいえ、違います。空には五角形の黄色い図形が浮かび、三時を指し続けている時計塔がありあしたので、そこは紛れもなくミラクルランドです。
着いた場所が見知らぬ場所だったからでしょうか? それも違います。彼らがここに着くだろうと想定していた暖炉付きの部屋ではありませんでしたが、その場所は彼らが来たことのある場所、テントが立ち並ぶムラの中心でした。
それなら、どうして彼らは驚いたのでしょう。
それは、彼らの視界に広がるおぞましい惨状のせいでした。
テントは破け、木々は倒れ、花は踏み倒されています。歓迎会用に置いてあったテーブルも無残に引き裂かれてしまい、料理が地面にひっくり返っていました。
地面には何人もの子供たちが気を失って倒れてしまっています。
ムラ全体には、異常を知らせるアラームだけが、やかましく鳴り響き続けていました。