4 便利ね! ミラクルランドの時間感覚!
時計塔のふもとにあるムラは、いつも通り子供たちが楽しそうに遊んでいます。追いかけっこをしている子もいます。のんびりとお茶をしている子もいます。
そんな中、高性能なラジコンでレース大会をしている子たちや、ロボットの犬に芸を教える子もいました。
あまりミラクルランドでは見かけない玩具です。
ついつい見入っていると、ロボット犬と遊んでいた女の子、聖菜ちゃんが顔をあげました。
「……こんにちは、みんな」
「やっほー、聖愛ちゃん!」「元気にしていましたか?」
聖菜ちゃんはこくりと頷きます。
「……元気にしてた。……楽しかったよ。ロボットと、たくさん遊べたから。……このロボットは、レプチレス・コーポレーションにいた子が作ってくれたから、とってもお利口さん」
「へえ、レプチレス・コーポレーションから帰ってきた子が作ったんだ」
道理で見覚えがなかったわけです。
了承を得て細部まで見せてもらいました。お店に並んでいるおもちゃと同じぐらい、いや、それよりも繊細に組み立てられています。
すごいねえと誉めていると、聖奈ちゃんは嬉しそうに頷きます。
「……うん。この子たちが作ったの」
二人の子を呼んできて、みんなに紹介してくれました。
一人は男の子、もう一人は女の子です。
二人ともひょろりとしていて、活発なタイプではないようですが、とても真面目そうです。
聖奈ちゃんは二人の肩をぽんぽんと叩きます。
「……二人とも、私よりも年下。二年生さんと三年生さん」
吉人君はビックリします。
「そうなんですか! すごいですね。将来はロボット博士になれますよ」
制作者の女の子と男の子は照れ臭そうに頬を赤らめます。
「ありがとう、お兄ちゃん」「私たち、みんなが喜ぶロボット、もっと作るよ!」
聖奈ちゃんは二人を優しく眺めます。
この二人はあまり知らない人とかかわり合いたがらないタイプで、レプチレス・コーポレーションから解放された後も、「知らない人ばかりのムラにはいたくない」といい、レプチレス・コーポレーションから離れたがりませんでした。
けれど、レプチレス・コーポレーションで磨いた技術力に、他の子供たちが興味を示し、素直な称賛をすると、徐々にこの子たちもムラに慣れ、楽しそうに遊び始めてくれました。
聖奈ちゃんはそれが嬉しいなあと感じていました。
みんながわいわいとロボットに触って、楽しく操作をしていると、ひょっこりと橙花ちゃんがやって来ました。
「あれ? みんな、来てたんだ。いらっしゃい」
「お邪魔してまーす」
「そのロボット、すごくよく作られてるよね」
橙花ちゃんはニコニコ微笑みます。
「ボクはこういう細かいものを作れないからなあ……」
すると、どこからかやってきた李火君は満面の笑みで橙花ちゃんをからかいます。
「そりゃそうだろうねえ。君は意外と大雑把だからね。直した方がいいよー」
「……そういう皮肉っぽいとこ、直したほうがいいよ、李火」
橙花ちゃんらしくない、冷たい視線で睨みます。
それでも李火君は動じず、むしろ上機嫌そうです。
「俺はもう治らないからね。さてさて、守備隊の演習にでも参加しよっかな」
「……友之助君に迷惑かけたら怒るからね」
「はいはい」
「返事は一回」
「はーい。はい」
李火君はひらひらと手をふります。
リンちゃんは唇を尖らせて、李火君が行った方を睨みます。
「なによ、あの態度。ほんと腹立つわね」
けれど、劉生君はニコニコ笑顔です。
「でも、李火君は嬉しそうだったよ! ムラを一緒に守れるのが楽しいんじゃないかな」
「えー? そんな感じしないけど」
橙花ちゃんは肩をすくめて苦笑します。
「どうだかはわからないけど、あのめんどくさがりやが、時間を見つけては守備隊の練習をずっとやってるから、楽しいとは思ってるみたいだね」
相変わらず、李火君には辛辣な橙花ちゃんです。
けどまあ、李火君のあの態度では仕方ないよなあと、劉生君と咲音ちゃん以外は思いました。
ちなみに劉生君は「嬉しいならいいことだね!」とるんるんで、咲音ちゃんも「いいことです!」と、のほほんとしています。
「……まあ、李火の話はひとまず置いておいて、最後の魔王について話をしようか。それじゃあみんな、ボクのお家においで」
「あ、少し待ってください」
吉人君は橙花ちゃんを呼び止めます。
「どうかしたの?」
「そのー……。あの、本当に申し訳ありませんが、今回は魔王退治に来たわけではなくて……」
普段は言いたいことをバシッと発言するような男の子ですが、今の吉人君は非常に言いづらそうにしています。
橙花ちゃんは彼の異変に気づきました。
それでも、急かすことはせず、優しい眼差しを向けて、吉人君の言葉の続きを待ってくれました。
そのおかげでしょう。吉人君は勇気をふりしぼり、口を開きます。
「……実は、個人的な話で申し訳ないのですが、受験勉強に追われていて、あまりこちらに来れなさそうなんです」
「ええ? 吉人君は小学校四年生だよね? 今から準備するの?」
「まあ、……ええ」
吉人君はあいまいに頷きます。
橙花ちゃんは吉人君や、複雑そうな表情を浮かべる劉生君たちを見て、何か察したのでしょう。橙花ちゃんはそれ以上追及はしません。
「そっか。それで、ミラクルランドに来れなさそうなんだね」
「……はい」
吉人君が言葉を続ける前に、咲音ちゃんが懸命に訴えかけます。
「吉人さんは忙しい身ですので、今までと同じようにはいかないかもしれません。ですが、わたくしたちは、吉人さんと一緒に魔王を倒したいんです。蒼さん、なにか方法はありませんか……?」
「……そうだね……」
しばし橙花ちゃんは考えて、吉人君に訊ねます。
「少しだけなら、こっちに来れそう?」
「まあ、三十分くらいなら……」
「三十分か。それなら何とかなるかもしれない」
橙花ちゃんはふんわりと微笑みます。
「次に向かう場所、アンプヒビアンズは敵と一対一で戦って、最後に魔王と戦う仕組みになっているんだ。」
「へえ! ゲームみたい!」
劉生君は目をキラキラさせます。
そういえば前に橙花ちゃんが、「アンプヒビアンズはコロシアムになっている」と話していました。
魔王への挑戦権も、コロシアムのように戦って勝ちとる方法のようです。
「別の人が戦っている間は何してもいい決まりになってるんだ。その隙に君たちの世界に帰れば、そこまで時間が流れてないはずだよ」
吉人君は慎重に尋ねます。
「具体的にどれくらい時間が経っていますかね」
「正確には分からないけど、それこそ三十分を越すことはないと考えてもらっていいよ。そもそもの試合時間も十分くらいだから、君たちの世界の時間に照らしたら数分、いや、数秒だろうからね」
リンちゃんはよく分からないと言いたげに首を傾けます。
「つまり大丈夫ってこと? 駄目ってこと?」
「……三十分以内で終わるなら、親に言い訳ができますので、魔王退治に参加できそうです」
「あら! ほんと! よかったよかった!!」
リンちゃんは嬉しそうに顔をほころばせます。劉生君もみつる君も、咲音ちゃんだってキャッキャと喜びます。
「吉人君と一緒に戦えて嬉しい!」「鐘沢っちがいると安心感あるよね」「吉人さんは頭がとてもいいですからね!」
橙花ちゃんもニコニコ微笑みながら頷きます。彼女も吉人君を信頼しているのです。
みんなの好意を一身にうけて、吉人君は少し照れくさそうにしています。
「……ありがとうございます。前回はあまり力になれませんでしたから、精いっぱい頑張ります」
彼の笑みは、晴れやかなものでした。