3 足を滑らせると、大変だから!
その日は始業式というのもあり、いつもより早く授業が終わりました。吉人君もギリギリ時間があいていましたので、ほんの少しだけミラクルランドに行くことにしました。
いつも通り、山の斜面にそった裏道を歩きます。
まだ二月ほどではありませんが、それでも空気が冷たく、凍えてしまいそうです。特に今日はとびきり風も強かったので、劉生君はぶるぶると震えています。
「うう、寒い。風邪ひいちゃいそう」
あんまり寒いからか、身体を縮めてポケットに手を入れて歩いていました。
さて、ここで皆様にご忠告を一つ。
冬の寒い日、ついついポケットに手を入れて歩く人もいらっしゃることでしょう。
ですが、これは案外危ない行動です。
その理由は、今から劉生君が見せてくれます。
ペンギンのようにてこてこと歩いていた劉生君。
前もあまり見ていません。
足元には、今日の強風で飛んできた空き缶があります。
前もしっかり見ず、なんなら真下も見ていない劉生君は、
「うぎゃあ!」
思いっきり空き缶を踏み、足を滑らせました。
もしうっかり斜面から落ちてしまったら、骨折どころではすみません。最悪、命の危険です。
「あああ!!!」
皆さんはこうならないように、ポケットに手を入れたまま歩くのはやめましょう。
誰もが無傷で済むとは限りませんし、ましてや、たまたま後ろにいた幼馴染の女の子が支えてくれるなんてことはありません。
劉生君はたまたま後ろにいたリンちゃんに支えられて無傷でしたが、みんながみんなそうなるとは限りません。
「全く、ポケットに手を入れちゃダメでしょ」
リンちゃんが言う通り、皆さんも気を付けましょう。
さてさて、本編に戻りましょう。
リンちゃんは「手が冷たいなら、手袋つけてきなさい。あたしのを貸すからさ」と言って、貸してくれました。とても優しいです。
「うう、ごめん……。ありがとう……」
「リューリューは毎年冬になると風邪ひくんだから、マフラーもつけておいたほうがいいかもね」
「赤野っち、冬の風邪にはジンジャーエルがいいよ。今度、うちの店で頼んでみてよ! 喉にもいいし、あったまるし、おすすめだよ」
みつる君はさらりと宣伝します。
「ミッツンったら、商売上手ね」
リンちゃんは苦笑します。
「でも、今度ミッツンのお店いきないなあ。今度みんなでいこ! ヨッシーも、友達と一緒に勉強会してるーって言っておけば、親御さんも納得するんじゃない?」
「……そうなってくれれば、いいんですけどね」
吉人君は肩をすくねます。やはり、そううまくはいかないようです。咲音ちゃんは何とも言えないような視線を向けてきます。
「今年度は厳しそうなんですね」
「……いや、これからもっと大変になっていくと思います。中学受験が終わればマシになるかもしれませんね」
「……そうですか……」
あと数か月で五年生になるとはいえ、なかなか早くから準備をしているようです。もしかしたら本気で受験を目指す人はこれくらい普通なのかもしれませんが……。
どうにも言葉が出てこず、五人は無言で歩を進めます。
公園のエレベーターに乗り込むときも、言葉を発しません。
いつも通りエレベーターはひどく揺れ、ドアの窓からは目がくらむような真っ白な光が差し込んできます。
あともう少しでミラクルランドに到着するといったところで、みつる君が口を開きました。
「そういえばさ、赤野っち。このエレベーターの姿見に魔神が映ってたんだよね」
みつる君は鏡をまじまじと眺めます。
鏡は相変わらず汚れていて、すぐ前に立つみつる君の姿でさえ歪んで映っています。ところどころに黒いしみがあります。油汚れか、マジックでいたずら書きしたかはわかりませんが、簡単には取れなさそうです。
ですが、汚いだけで、魔神やら何やらが映り込む奇妙な鏡には見えません。
吉人君がちらりと鏡を見ます。
「魔神はどういう姿をしていたんですか? 動物? 人型?」
「うーん、人型かな? 影みたいに真っ黒だったよ。声は低めだったかな。あっ、背は高かった! 僕たちよりもずっと大きかった!」
「へえ、魔神は人間なんですね。てっきり動物かと思っていました。本当に、ミラクルランドは不思議ですね」
吉人君は楽しそうに微笑みます。いつもの吉人君らしい、好奇心満々の笑みです。
劉生君はほっとして、笑顔を浮かべます。
「うん! 不思議不思議! 面白いよね!」
「ですねえ。いつか研究してみたいです」
雑談に花を咲かせていると、エレベーターがガタンと揺れて、止まりました。ミラクルランドに着いたのです。