34 ねじれた思い、ちょっとだけ解けたかも
劉生君たちはムラに帰ると、友之助君たちに事の詳細を告げた後、急いで帰路につきました。橙花ちゃんを置いて元の世界に帰ることもできず、ぶっ通しでレプチレス・コーポレーションを攻略していたので、かなり遅い時間になっていたのです。
というわけで、現在、橙花ちゃんはムラにいました。李火君は、劉生君たちが消えていった場所をのんびりと眺めます。
「あの子たちは元の世界に帰るんだねえ。珍しい。蒼が仲間を引き連れて魔王対峙するくらい珍しい。あの蒼が仲間を引き連れて魔王対峙するくらい珍しい」
二度言いました。
どこか皮肉っぽい言い方に、橙花ちゃんはイラっとします。しかし、橙花ちゃんが小言を漏らす前に、友之助君がぎろりと睨んで噛みつきます。
「お前、相変わらず蒼の嫌味をぐちぐちぐちぐち! ほんと性格悪いよな!!」
「君も相変わらず片思いしてるの?」
直球の問いかけに、友之助君は真っ赤っ赤になります。
「なっ、か、片思いなんて、し、してねえよ!!」
「まさか両思いになったとか?」
「それもまだ……。って、そもそも!! 片思いしてない!!」
「はいはい」
「はいはいじゃない!! ほんとお前むかつくよな!!!! 魔王に乗っ取られてたくせに!!!!」
友之助君は精一杯の嫌味を吐きますが、李火君はどうでも良さそうに大きく伸びをして、あくびをします。
「……くっ! ほんと、ほんと李火は……!!」
さすがに橙花ちゃんが苦言を呈します。
「李火。友之助君を虐めないで」
「嫌だね」
「「……」」
にらみ合う橙花ちゃん李火君。
バチバチと火花を散らす中、とことこと聖菜ちゃんがやってきて、割って入ります。
「……二人とも。……喧嘩、ダメ。仲良くしないとダメだよ」
「聖菜か」
李火君はふんと鼻を鳴らします。
「今は蒼と話しているんだから、ほっといてほしいね」
「……ううん」
聖菜ちゃんは優しく微笑みます。
「……李火と会うの、久しぶりで嬉しいの。それなのに怒ってたら、私、悲しい。だから、喧嘩はやめよ?」
素直にお願いされ、李火君は思わず口を閉ざしてしまいます。
「聖菜といると調子狂うよ」
と、ここで、みおちゃんがピョンピョンと跳ねてきました。
「あっ!! 李火だ!! りーひー!!」
「わっ!?」
みおちゃんは李火君に飛びつきました。こけそうになりましたが、李火君が頑張って踏ん張ります。
「重いからどいて……」
「えへへー。ねえねえ李火! みおと背比べしよー!」
「はあ?」
李火君の了承なんて取りません。みおちゃんは李火君を強引に立たせると、背中合わせになります。
「聖菜おねえちゃん聖菜おねえちゃん! どうどう? どっちが大きい?」
しげしげと見比べてから、ぽんぽんとみおちゃんの肩を叩きます。
「……みおちゃん」
「やった!! みお、勝った!!」
李火君は渋い表情を浮かべます。
「何度も説明してるけど、俺は元々中学校三年生で、もっと背が高いんだよ。だから今の背を計っても意味はないよ」
「でも勝った!! いえーい!」
みおちゃんは諸手をあげて喜び、聖菜ちゃんは「……おめでとう」とニコニコしながら拍手しています。
「……みおと聖菜といると本当に調子狂うよ」
李火君は顔を手でおおい、ため息をつきます。
「なんか疲れたから、家に帰る。蒼ー。君の魔法で俺の家作っておいて」
「ボクを使わないでくれる?」
「どこがいいかなあ。そうだ、モミジの木の下に作ってよ。それじゃあお願い」
「……全く。今回だけだからね」
ぶつぶつ文句を言いながらも、橙花ちゃんは大きめのモミジの木を魔法で生やし、家を建てはじめます。
なんやかんや言って、橙花ちゃんは優しいのです。
……そういう、無条件に自分を犠牲にして優しくするところが、李火君が橙花ちゃんを嫌う一番の理由ですが。
「……相変わらずだね。断ればいいのに」
「頼んどいてそれはねえだろ」友之助君が睨みます。「ほんと、ひねくれてんな」
「それは否定できないね。それじゃ、蒼のとこに行って来る」
ふらふら歩く李火君でしたが、友之助君が呼び止めました。
「なあ、李火。お前はムラの防衛隊に入る?」
「防衛隊? なにそれ?」
「蒼が魔王を退治してる間は、ムラの守りが手薄になるだろ? だから、俺ら子供だけでここを守ってるんだ」
「……え? 君たちが? ムラを守ってるの?」
李火君は驚きすぎて声がひっくり返ります。
「それって、蒼は了承してるの?」
「まあ、そうだけど」
「……信じられない……。あの蒼が……」
まだ時計塔の防御システムが完全ではないとき、ムラには何度も魔物が襲撃してきました。
その都度、橙花ちゃんは身を挺してムラの子たちを守ろうとしていました。傷だらけになっても、血だらけになっても、橙花ちゃんはたった一人で戦いました。
このままだと橙花ちゃんの身体が壊れてしまうと、李火君が心配して様々な策を提案しましたが、橙花ちゃんはあいまいに微笑むだけで、無茶なことばかり続けました。
あまりにもボロボロな彼女に激怒して、李火君はムラから離れてレプチレス・コーポレーションに住み着くことになったのです。
それなのに……。
ぽかんとする李火君に、友之助君は笑います。
「劉生たちのおかげでな、俺らを信じてくれるようになったんだよ」
彼は懐からブドウの銃を取り出します。
「これ、俺の銃! どうだ、いいだろ!」
「……武器まで持たせてるんだ」
ムラの時計塔があるとはいえ、いざというときのための部隊を作り、武器まで持たせるなんて、今までの橙花ちゃんでは考えられません。絶対ありません。
劉生君ら子供たちと魔王退治をしていると聞いた時も耳を疑いましたが、他の子にまで魔物と戦うのを許可しているとは……。
「どうだ? 李火も入る? ま、俺が隊長だから、俺の部下になるってことだけどな!!」
「……」
本当は、戦いに参加する気はさらさらありませんでした。
多少頭は使えますが、魔法の力は他の子より弱い上に、そもそもやる気がありません。
……けど。
橙花ちゃんが子供たちを信じてくれるなら。
「そうだね。うん、いいよ」
……少し頑張ってみよう。
そう、彼は思いました。