33 疑い、晴らされました!
それから、反抗してくる爬虫類を軽く一掃しながら、レプチレス・コーポレーションに閉じ込められた子供たちを解放していきます。
全てを終え、劉生君たちはムラに帰ることとしました。道すがら、咲音君は気持ちよさそうに伸びをします。
「んー! やっぱり、太陽の下は気持ちいいですねえ。ですけど、あの暗いレプチレス・コーポレーションの方が居心地が良い方もいらっしゃるんですね」
子供たちを開放する際、借金地獄から救われて喜ぶ子もたくさんいましたが、ムラに帰るのを拒む子もいました。
強引に子供を閉じ込めない、レプチレス・コーポレーションの方針のためでしょう。
それでも、ここに残ってはいけないと橙花ちゃんが懸命に説得して、どうにかムラに付いてきてくれました。
劉生君は嬉しそうにニコニコします。
「ともかく、魔王が倒せてよかったよかった! これで万事解決だね! ムラに行ったら、友之助君たちに会いにいこー!」
楽観的な劉生君に、吉人君は待ったをかけます。
「待ってください。その前に、蒼さんに聞かなくては言えないことがあったはずですよ」
「ふぇ? ……そうだっけ……?」
「そうですよ」
吉人君は立ち止まり、真剣なまなざしで橙花ちゃんを見つめます。
「いくつか、お聞きしたいことがあります」
橙花ちゃんも、彼の真面目な空気に何かを察したのか、ぴたりと足を止めます。
「……どうかしたの?」
「まず一つ。あの時計のことです」
ここからでも見える、ムラの時計塔を指さします。
「あの時計は、レプチレス・コーポレーションの時計で間違いないですか」
「あー、うん、そうだね。昔、レプチレスに貸してもらたんだ」
「……え? 貸してもらった? 奪ったのではなく?」
「あんなに大きくなっちゃったから、どう頑張っても返せなくて、借りっぱなしになってるんだ。……あまり褒めた行動じゃないけどね」
橙花ちゃんは後ろめたそうにため息をつきます。
「……そ、それなら、あの時計塔が時間を止めてる件について、どうして僕たちに言ってくれなかったんですか」
「あの時計塔が? 時間を止めてる?」
橙花ちゃんは小首を傾げます。
「今でこそ大きいけど、あれはもともと普通の時計だよ。そんな力はないよ。魔神が止めたに違いないよ」
「いや、ですがその……。レプチレスの魔王がそう言っていたんです」
「そんなことを言っていたの?」
橙花ちゃんは眉間にしわを寄せて腕組みをします。
「レプチレスは比較的嘘つきだけど、それだけは信ぴょう性がありそうだね。そっか。あの時計にそんな力が……」
「……」
吉人君はみんなと顔を見合わせます。橙花ちゃんがウソをついているようには見えません。それならばと、吉人君は最後の疑惑に切り込みます。
「それでは、トリドリツリーの魔王をどう倒したのかをお聞きしてもよろしいですか」
「……」
橙花ちゃんは言葉を詰めらせます。
「……レプチレスから聞いたんだね。……ごめん、劉生君」
「う、ううん。僕は、その、橙花ちゃんを信じてるから! 橙花ちゃんも、しょうがなくやったんだもんね」
「……だけど、君の体を傷つけてしまった。いくら劉生君が魔神に乗っ取られていたからって、していいことと駄目なことは」
「……えっ?」
「……えっ?」
橙花ちゃんと劉生君はお互いぽかんとしています。
劉生君は、恐る恐る尋ねます。
「えーっと……。僕が魔神に乗っ取られてたの?」
「そうだけど、レプチレス魔王からそう聞いたんだよね?」
「ううん。違うこといってたよ」
レプチレスは、魔神のまの字も出しませんでした。
どっちが本当のことを言っているのか、どちらを信じるかの勝負では、橙花ちゃんの方に軍配が上がります。
それに加え、劉生君はある心当たりがありました。
「そういえば、僕がトリドリツリーの最上階で気絶しちゃってたとき、変な夢を見たんだ」
赤黒い姿の男の人が、劉生君に「片付けをしろ」と強要する夢です。
「その赤黒い人ね、一度見たことがあるんだ。最初にミラクルランドに来るとき、エレベーターの姿見に映ってたの」
吉人君は「そんなもの見たっけ?」と首をかしげます。
「リンちゃんと吉人君は見てなかったけど、僕は見たんだ。すごく怖かったの。鏡のなかから手が出てきてね、僕を捕まえようとしたの」
その時の怖い思い出が蘇ったのか、劉生君はふるりと身震いします。
「片付けしてるときはいい人そうだったけど、あのときは怖かったの。もしかして、その人が魔神さんなのかな」
橙花ちゃんは慎重に頷きます。
「たぶん、そうだと思う。劉生君がミラクルランドに行くときに、とり憑いたんだと思う」
と、ここでリンちゃんが焦りを滲ませて尋ねます。
「そ、それなら、リューリューのなかにはまだ魔神がいるってこと!?」
返事を待たず、リンちゃんはペタペタと劉生君の体を触ります。
「リンちゃんやめてよ。くすぐったいよ。僕はなんともないからさ」
劉生君は無邪気に体をくねらせます。乗っ取られてる悲壮感は一切感じられません。 けれど、リンちゃんは心配でしかたありません。
「ねえ、蒼ちゃん。リューリューから魔神を取り出す方法はないの?」
「……今のところ、方法は思い付かないんだ。ごめん」
「蒼ちゃんは悪くないわよ。魔神が悪い!さっさと引っ張り出して、目にもの見せたいわ」
リンちゃんの目は、怒りでメラメラと燃え盛っています。
橙花ちゃんも深く頷きます。
「ボクも、劉生君から魔神を解放する方法を探してみるよ。それまでは、劉生君が乗っ取られないように見張ってくれるかな」
リンちゃんは「もちろん!」と即答します。
みつる君だって、咲音ちゃんだって、大きく頷きます。
「うん、わかった。もし赤野っちじゃないなあって思ったら、激辛スープを飲ませることにするね」
「わたくしは、スカンクさんの力を借りて臭い匂いをお見舞いします!」
「……」
劉生君は、絶対に魔神に乗っ取られてはいけないなと、強く決意しました。
「……あの、蒼さん」
吉人君が身体を縮めています。
「……疑ってすみません。僕、魔王の策略に乗ってしまって、あなたを疑ってしまいました」
「ううん、吉人君は悪くないよ。悪いのはちゃんと説明できなかったボクだから」
橙花ちゃんは気にしてはいません。けれど、吉人君はひどく落ち込んでしまっています。李火君はちらりと吉人君を見ると、大げさに肩をすくねます。
「そうそう。彼は悪くないよ。悪いのはそこの自己犠牲秘密主義ウーマンのせいだからね」
「……否定できないのがむかつく」
橙花ちゃんは拳を握り締め、肩を震わせます。橙花ちゃんらしくない姿に、ついついみんな笑ってしまいます。
李火君も小さく笑います。けれど、その表情はどこか冷え切っていました。