32 それで、李火君っていったい何者?
劉生君が後ろを振り返ると、李火君が怪訝そうに劉生君を見ていました。
「どうかしたの? 蒼、起きてた?」
「あ、えっと、」
ふるふると頭を振って、橙花ちゃんを見下ろします。あどけない表情で、彼女は眠っています。自然と、病室で眠る橙花ちゃんを思い出します。
「……橙花ちゃん……」
もしかして、魔王の呪いが強すぎてもう目覚めなくなってしまっているのでしょうか。それか、実は魔王を倒せなかった?
劉生君はだんだんと怖くなってきました。
けれど、
「ん……」
橙花ちゃんはうっすら目を開きました。何度か目を瞬かせて、劉生君を見上げます。
「……あ、あれ? 劉生君?」
久しぶりに聞いた、橙花ちゃんの声です。
「橙花ちゃん!! 身体、痛いとこない!? 大丈夫なの!?」
「へ……? うん、大丈夫だけど」
「よかった、よかった!!」
劉生君はぎゅっと橙花ちゃんを抱きしめます。気が付くと、ホロホロと涙があふれてきます。
リンちゃんや吉人君、咲音ちゃんにみつる君も駈け寄ります。
「よかった! 呪いが溶けたんだね!」「それじゃあ、本当に魔王を倒したんですね」「よかったです!!」「なにかご飯食べる? つくろっか」
一方、みんなにもみくちゃにされている橙花ちゃんは、何が起きているのかと困惑しています。
「えっと、どういうこと? 呪い? 魔王? そもそも、ここはどこ? ムラじゃないよね」
橙花ちゃんが不思議そうにあたりを見渡していると、李火君はひょっこり劉生君の背中から出てきました。
「ここはレプチレス・コーポレーションだよ」
「り、李火!?」
「やっほー。おひさー」
李火君はひらひらと手を振ります。
「……何がどうなってるの……?」
橙花ちゃんは説明を求めているようです。
今こそ僕の出番とばかりに、劉生君が率先して話します。
「あのねあのね! 李火君が乗っ取られてたんだ!」
「……へ?」
「それでね、おぼれかけたの! だけどね、恐竜がドーン! ダダダ!! ズゴーンって助けてくれたの!」
「……」
橙花ちゃんは吉人君に助けを求めました。
さすが吉人君。丁寧に情報をまとめて、(橙花ちゃんの嘘については、話しませんでしたが)橙花ちゃんに伝えてくれました。
「……そっか。そうだったんだ」
橙花ちゃんは眉を八の字にします。
「……ごめん。ボクが油断していたばかりに……」
「そんなことありませんよ。蒼さんは悪くありませんよ」
李火君はいたずらっぽく笑います。
「いやいや、完全に蒼が悪いねえ。君もリーダーならもう少し注意してよ」
嫌味な言い方です。リンちゃんは思わず眉を顰めます。
「ちょっと。その言い方はなによ」
「事実だし」
「……」
リンちゃんはじいっと李火君の目をのぞき込みます。
「……なに? 俺のプライベート空間浸食しないでくれない?」
ほっぺたを思いっきり摘まみます。
「いふぁいいふぁい……」
抵抗して解放されると、すぐにリンちゃんから距離をとります。
「ちょっと、やめてくれる? 知り合いの弁護士に訴えるよ?」
「あんたこそ、さっさと李火君の体から出ていきなさいよ! 誰が操ってるのかは知らないけど、同じ手には乗らないわよ!」
キッと睨みつけるリンちゃんに、李火君は冷笑をあびせます。
「君の方が取りつかれてるんじゃないの? 暴力女の霊かなにかに」
「は、はあ!?」
「そんなに怒ってたら、十歳くらい年取っちゃうよ?」
「あんたねえ……!!」
さらに激昂するリンちゃんをみつる君が止めます。
「まあまあ。落ち着いて落ち着いて」
李火君はちらりとみつる君を見ます。
「なんか君ってあれだよね。おじさんっぽい見た目だよね」
「……」
言葉にこそ出しませんでしたが、みつる君は人生で初めて殺意を覚えました。じっくりこんがり焼いてしまおうかと思ってしまいました。
優しい咲音ちゃんも、李火君の言動にドン引きして口を閉ざし、吉人君は静かに睨んでいます。なんなら武器まで構えています。
「やはり、この人は乗っ取られているのでは?」
吉人君の疑いに、リンちゃんも「そうだそうだ」と同意します。
「大体、口調も全然子供っぽくないし! 偽者に違いないわ! そうでしょ、蒼ちゃん!!」
地団太を踏み、勢いよく橙花ちゃんに怒鳴ります。
しかし、意外にも橙花ちゃんはなんとも言えない表情をしています。
「あー……。いや、これは正真正銘の李火だよ。そもそも、李火は見た目のわりに年上だし。……それじゃあ、改めて紹介しよっか」
橙花ちゃんは李火君を手で指します。
「彼は山崎李火。今いるミラクルランドの子供たちのなかでは、最年長だよ」
李火君はウインクをします。
「正確に言うと、中学校三年だよ」
「…………ちゅ、」
「「「中学生!?」」」
吉人君とみつる君はぽかんとしています。リンちゃんは信じられないといった目で見ていますし、咲音ちゃんは「あら、わたくしたちより年上さんなんですえ」とのほほんとしています。
劉生君は首を傾げながら指を曲げたり伸ばしたりしています。中学校三年生といったら、自分よりも何歳上なのかと考えているのです。
劉生君たちは小学校四年生です。
小学校は六年まであります。
つまり、中学校三年生は、劉生君たちよりも五つも上の学年です。
「ええ!? 李火君は五歳も上ってこと!?」
劉生君は目をキラキラ輝かせます。
「すごい……! 中学校三年生!! かっこいい!!」
たまにゲームセンターで見かける中学生や高校生は、声も低くて身長も高く、『受験』やら『検定』やらと難しい単語をたくさん使っています。
それに、ゲームが上手な人ばかりです。
劉生君だったら一番簡単なモードでも出来ないのに、中学生や航行船のお兄ちゃんたちはハードでもすいすいクリアしてしまうのです。
是非ともお友達になってほしいなあ、ゲームのこつを教えてほしいなあソワソワしていましたが、知らない人相手に声をかけられず、いつも遠くから眺めるばかりです。
劉生君にとって、中学生や高校生は憧れの存在でした。
キャッキャとはしゃぐ劉生君に、李火君はやっぱり冷めた目を向けます。
「中学三年生ってだけでかっこいいって思ってるの? なら、年を喰えば誰でもかっこいいってことになるよ?」
橙花ちゃんは眉を顰めます。そろそろ釘をさしたほうがいいと口を開きましたが、劉生君は満面の笑みです。
「えへへ、李火君は特別かっこいい! あの笛吹いてる時の李火君はすごくすっごくかっこよかったもん!!」
「……いや、あれは笛を吹いただけで……。そもそも君たちも魔王を退治するならもう少し気をつけて行動しないと」
「そういえば李火君、ずっと乗っ取られてたんだもんね? どこも体に変なとこない?」
「……ない けど」
「そっかあ!! それならよかった!!」
劉生君の優しさ(と、ちょっぴり自分勝手な話し運び)に、さすがの李火君もタジタジになってしまいました。
「……なんだか君と話してると調子狂う……」
李火君はため息まじりで、ガシガシと頭をかきました。